24 言葉とミサイルの弾幕

 建御名方は駆ける。

 今もレーダー画面に増え続ける敵の狙撃を避けるために地表スレスレを。

 スラスターを全開にして、ガレージまで持てば良いとばかりに足で大地を蹴り上げながら。


「なんだ……? 敵はミーティアだけじゃないのか?」

「依頼を受けたはいいけど、あの白いミーティアの部隊に任せるつもりだった人たちまで出てきたという事でしょうか?」

「けっ! こりゃ2個中隊どころか、1個大隊並みの機数じゃねぇかよ!!」


 幸い、総理たち3機は傭兵団地に立ち並ぶ巨大なカマボコ型ガレージを遮蔽物として戦うつもりか、クロムネのプリーヴィドを庇うようにしながら少しずつ後退している。


 クロムネと戦っていた2機のミーティアは総理たちと戦うよりも勝負は味方が合流してからと消極的な遅滞戦闘に務めているようだ。


 辿り着けさえすれば……。


 ガレージに辿り着いて、愛機ミラージュに乗り込めさえすれば多勢に無勢だろうが関係無い。

 そのために作り上げた機体がミラージュなのだ。


 ヨーコというハイエナは幾つもの武装犯罪者集団を束ねる身でありながらもその実、敵と戦うのは自分1人でいいと思っている節があった。

 事実、これまでヨーコが中立都市のジャッカルたちと交戦した際に部下が戦闘に参加したのは拠点を強襲されたなど限られた状況のみ。


 これは彼女の生い立ちがそうさせているのであろうが、ミラージュを駆るヨーコは迫る傭兵のことごとくを退けてきた実績と自負がある。


 だが、逸る心で総理のガレージへと急ぐヨーコの建御名方の進行方向、高速で移動する彼女にとってはすぐ目と鼻の先といってもいいような場所が、閃光とともに地面が爆ぜる。


「クソっ!! 上空のスナイパーか!?」


 砕かれたコンクリートの礫が装甲を叩く音にもひるまず機体を前進させるが、数秒後にまた矢のような超音速の火球が上空から降り注いでいた。


「はんッ!! ザマぁねぇな!! “射手座”ってのはテメェだろ!? 大層な二つ名は返上したほうが良いんじゃねぇか!?」

「な、なにおぅ!?」


 今は1秒でも早く総理のガレージに辿り着かなればならない時。

 上空のスナイパーは雲の中でステルス装備に身を固めているのだろうかその姿はカメラでもレーダーでも捉える事はできない。


 ならばとヨーコは反撃もせずに前進を続けながらオープンチャンネルで狙撃手へと呼び掛ける。


「ターゲットがどの機体に乗っているか分かれば……!」

「はいはい! 冴えない言い訳だな、おい! 次はなんだ? 『空を飛んでいるせいで照準がブレた』とでも言い出すつもりか!?」


 上空の狙撃手の腕前が常人離れしたものである事はヨーコも理解していた。


 長時間に渡って滞空し続けている以上、オプションでフローターでも装備した機体に乗っているのであろうが雲の中の気流に揉まれながらほとんど正確に近い射撃を繰り返している様はまさに超一流としか言いようがない。


 たとえミーティアの高性能スタビライザーに次世代FCS、高精度照準危機をもってしてもこれほどの精度の狙撃のみを続けるなど、ヨーコも素直に舌を巻くほどだ。


 しかも狙撃手の口ぶりはヨーコたちの機体のどれにアグが乗っているから直撃させれないというもの。


 恐らく、クロムネのプリーヴィドが片足を失うだけの損傷で済んだのも狙撃手がわざとそう狙ったものであったのだろう。


 思えば射撃訓練場の駐機場での戦闘でも、空を飛び回るミーティアは牽制射撃に徹し、地上のミーティアはビーム・サブマシンガンを持ちながらも要所要所でビームソードで仕掛けてきていた。

 ミーティア部隊の技量を考えればビームソードで機体を無力化して、どの機体に乗っているか分からないアグを生け捕りにするつもりであったという事か?


 それほどの恐るべき技量の狙撃手に反撃する事もできない、というわけではない。


 敵がオープンチャンネルを含めた全ての通信チャンネルを使っている事は総理からも確認済み。

 そして先ほど敵同士の通信で聞こえてきた“射手座”と呼ばれていた少年。


 それはある種の賭けであった。


 いかに優れた技量の狙撃手であっても精神面まで発達しているとは限らない。

 それに賭けたヨーコは通信で少年狙撃手を煽る事で、彼の狙撃の腕を幾らかでも落とせないか試みていたのだ。


 たとえそう上手くいかなくとも、自分に注意を向けさせておけば狙撃手の砲口が総理たちに向く事はない。


「悔しかったら降りてこいや!」

「ヨーコさん……」

「女の後ろに隠れて稼いだクレジットで食うメシは美味いか!?」

「ヨーコさんったら!!」

「あんだよ……、あっ……」


 罵倒の連続に半泣きになったのか、くぐもった声になった少年が「でも」だの「だって……」だの言い出す度にその言葉を遮ってその10倍の言葉で返している内に興に乗ってきたヨーコが幾らか注意力が散漫になっていた事は否めないだろう。


 そして後ろからアグに現実に引き戻された彼女の目に映ったのは上空の狙撃手のものではない方角から飛んでくる数多のミサイルの数々であった。


 いつの間に敵は砲兵陣地でも築いていたのか? と錯覚するような圧倒的ミサイルの弾幕。


「どうしますの……?」

「……決まってんだろ、突っ込むまでよ!!」


 恐怖で引き攣った声のアグにヨーコは己の失態を大声で吹き飛ばすようにして強く操縦桿を握りしめ直す。


 既にCIWSは作動させ、バックパックから展開した機銃搭が猛烈な射撃を開始して幾つかのミサイルはすでに破壊済み。


 だが足りない。

 火線も、時間も。


「だ、大丈夫だろ……? 敵はアグを生かして捕まえるつもりなんだ……。多分、あの数のミサイルは面制圧のつもりなんだ。全部が全部、直撃はしないさ!」

「ほ、本当ですの!?」

「……たぶん」

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