23 ヨーコの奥の手

 先ほどまでと打って変わって、今度は空中のミーティアが逃げ回る番だった。


「ヨーコちゃん、合わせろッ!」

「分かってるよ!!」


 総理の竜波の肩部装甲上に設置された小型ロケットランチャーの連射を掻い潜った先にはヨーコの建御名方のライフルの火線が待ち受けている。


「チィ……! これはちょっとマズいかも……」


 ミーティアのパイロットもさすがの技量の持ち主という事か。

 被弾が避けられないと判断するや、ミーティアはむしろ加速してヨーコの火線の中へと飛び込んでいった。


「あのアマ、自分から……!?」

「もたもたしてると蜂の巣にされるんじゃ、それなら多少の損害は覚悟の上でとっとと切り抜けるしかあるまい……。ふん、奴らがやりそうな事じゃな」

「“奴ら”……? 知り合いか!?」

「まあの」


 結果としてミーティアは2発の被弾と引き換えに総理とヨーコの十字砲火を切り抜け、さらに墜落さながらの急降下で高度を落としていく。


 当然、総理たちも追撃の弾幕を張るが、敵は被弾し機体機能を一部喪失したことでパイロットですら制御不能の不可思議な機動を見せて遠くのガレージの陰へと姿を消してしまっていた。


 きっと、あのカマボコ屋根の向こうでは着地なのか墜落なのか分からない光景になっているのだろうなと想像してしまうような轟音。

 だが、パイロットは無事であった事はオープンチャンネルで聞こえてきたその声から窺い知る事ができた。


「これはうかうかしていられないわ! 第2中隊の残り全てと、戦力予備の第3中隊も出しなさい!」

「ハッ……!? 僅か4機相手に第3中隊もでありますか!?」

「敵がそれなりにやれると分かったのなら戦力の逐次投入は慎むべきよ!! とにかく防衛隊のホワイトナイトを抑えてる第1中隊以外の全てのHuMoを出して!!」


 総理とヨーコ、それから虎Dは今も独りで戦うクロムネのプリーヴィドの元へと向かいながら垂れ流しの敵の通信を聞いていた。


 途中、ミーティアが墜落する途中に落としたライフルを拾い、それを虎Dのセンチュリオンに持たせて一応の再戦力化を果たし、それで心の余裕ができたのかヨーコが敵の通信を聞きながら笑う。


「おいおい、敵さん、通信内容がダダ漏れだった事に気付いてないのか? まっ、第1中隊とやらはホワイトナイトが始末してくれるとして、残りは2個中隊弱、さっき総理さんがやった奴ほどの手練れはそうはいないだろ?」


 だが、その言葉に対する総理の返答はあまりに険しいものであった。


「逆じゃよ、逆……」

「どういうこった!?」

「先ほどのミーティアのパイロットは奴らの中では平均的なもんじゃろ。精々が小隊長クラスじゃな。それに奴らが通信内容を垂れ流しにしとるからと侮るのは尚早じゃぞ!?」


 個人傭兵ジャッカルであろうと武装犯罪者集団ハイエナであったとしても通信内容が敵にも丸わかりの状態は戦術上の大きな不利益があるというのが常識である。


 だが、それを不利益と思わない者たちがいるのだと総理は言う。


「一騎当千のパイロットがいるだけではどうしても穴ができるからの。緻密な連携を取るため、通信妨害の影響を少しでも下げるために奴らは全ての通信チャンネルを使うんじゃ。手の内がバレる事は織り込み済み。その辺は腕でどうとでもなるって事じゃな……」


 先ほど手練れのパイロットが駆るミーティアをあっという間に屠った総理がかくも深刻そうな声を出すのか?


 敵の真の実力はまだ定かならずとも、ヨーコに取ってはそれだけで十分であった。


「ちなみに総理さん、アンタなら“奴ら”に勝てるか?」

「……タイマンなら負けんよ」


 1対1ならば負けない。

 敵がこれから2個中隊近い戦力を投入してこようとしている時にその言葉はもはや負け惜しみでしかない。


「…………」

「ヨーコさん?」


 全周モニターが張り巡らされていながらもどこか仄暗いコックピットの中、ヨーコは考える。


 実の所、彼女の頭脳はすでに打開策を見出していた。


 だが、それを言い出す事ができない。

 それはかつての恩人にして、現在の友人たちを見捨てる事にも繋がりかねず、後ろからアグがかけてくる言葉にも何も答えてやれずにただ脳味噌に脂汗をかくほどに悩む。


 だが、皮肉にも彼女を後押ししてくれたのは先の戦闘で見せた敵の決断力、判断の速さであった。


「皆、聞いてくれ。1つだけ手がある。そのために少しだけ時間を稼いでくれないか?」

「おう、任された!」


 敵の増援が迫る中、自分だけ一時後退すると言い出す事はこれ以上ないほどに恥ずかしい事であった。

 ヨーコは自分の顔面が熱を持ち赤くなっていく事を実感しながらその言葉を口にするも、意外にも帰ってきたのは非常にあっさりしたもので、老人の返答のどっしりとしたまるで大樹の幹のように太い態度にかえって安心させられたほどだ。


「ヨーコさん、どういう事ですの?」

「幸い、総理さんトコのガレージはHuMoならすぐそこってくらいには近い。敵が数を頼みに圧してくるってんなら、こっちはミラージュを出すまでだ!」

「そうか! あの機体なら婆どもが相手でも……」

「ふむ。ヨーコちゃんと虎さんがそう言うならそうなんじゃろ? ほれ、とっとと行かんかい!」

「悪い! 少しだけ耐えてくれ!!」


 すでにレーダー画面には新たに20機近いミーティアの反応が現れていた。


 すでに片足を喪失し、それから被弾を重ねているプリーヴィドに、増加装甲が剥げ剥げのセンチュリオン・ハーゲン。無傷なのは総理の竜波くらいのもので、それとてパイロットの腕はともかく、機体自体の性能はミーティアに遠く及ばないもの。


 その3機を残して後退する事に躊躇いが無いわけではない。


 だが、もうヨーコは迷わなかった。

 建御名方の踵を返して、床板を踏み抜かんばかりにフットペダルを踏んでスラスターを全開。

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