19 襲撃

 虎DたちのHuMoがどれほど見たかったというのか、一行はヨーコに急かされるようにして後片付けを済ませて射撃場を後にする事になった。


「今から外に出ますので警戒レベルを上げてください」

「了解……」


 マサムネはとっとと玄関から外に出ていこうとするヨーコを宥めながら、通話モードのタブレットで虎Dとクロムネへと連絡を入れる。


「何か異常はありませんか?」

「射撃場周辺には特に。まあ、場所が場所なんでHuMoやら車両の反応が多くてどこに敵が紛れているか分かったものではありませんがね。それと――」

「なんです?」

「ABSOLUTEによるものと思われますが、裏稼業のサイトにアグちゃんの捕縛に関する依頼が出ています。条件は『生死Dead or 問わずAlive』」

「チッ!」


 俗に武装犯罪者集団ハイエナ紛いの行いをするプレイヤーを「ハイエナ・プレイヤー」などと言うが、これは別に禁止行為ではない。


 例えばこれがチート行為であったり、あるいは意図的にバグを発生させる行為であったりする場合にはゲームの利用規約となりアカウントの停止などの処分が下される事となるのだが、ハイエナ・プレイヤーはそういった行為に手を染めない限りは極々普通のプレイヤーと同様に行動の自由を保障されている。


 高い自由度がウリのこのゲームとしてはハイエナ・プレイヤーも「非合法活動に手を染める傭兵」というロールプレイであるという事であろう。


 クロムネの口から出た「裏稼業のサイト」とは言わばハイエナ・プレイヤー用の依頼募集掲示板。

 当然、そこに掲載された依頼を受ける者といえば総理と同じこのゲームのプレイヤーだ。


 思わずマサムネは舌打ちする。


「うん? どうしたんだ、何かあったか?」

「ええ、急ぎましょう……」


 マサムネは己の内の苦悩を口にする事ができなかった。


 たった今まで、射撃場でヨーコもアグも随分と楽しそうにしていたではないか。


 その余韻をあと少しだけ味合わせてやりたいと思うのは間違いであろうか?


 ゲーム内でごく一部のNPCを除けば最高クラスの力を持たされているハズの自分が、自分にその力を与えた者たちによって過酷な運命を与えられた少女をかつて救う事ができず、その少女が今、レジャーとも言えないようなホンの気晴らしを楽しんだのだ。


 もし自分のモチーフとなった男だったらどうするのだろう?

 そんな問いに答えなど出るハズもなく、マサムネは縋るような思いでガレージに戻るまでは何も起こらないでくれとガラにもなく神に祈る。


 もっとも彼自身、人工知能AIに神などいるのかと懐疑的であったし、その直後に己の判断の誤りを身を持って思い知らされる事となるのだが――。






 マサムネの思惑はともかく、通話途中から顔を青ざめさせた彼を見て一行も気を引き締め直して射撃場から出たそのタイミング。


 防音のため射撃場を取り囲むように高く張り巡らされたコンクリート塀の向こうから鈍い内燃機関の轟音が轟いてきたのだ。


「……ッ!? マズい!!」


 射撃場への出入り口へと飛び込んできたのは4輌の黒塗りの地上車。

 空中車エア・カーでは着陸に僅かでも時間がかかるからとわざわざ昔ながらのタイヤで走る車両を選んできたのだろう。

 先頭の2輌のセダン車はドリフト音を立てながら射撃場の敷地内に侵入し、続くSUVと1ボックス車は曲がりきれずにコンクリート塀に接触しながら。


 さらに4輌の車両から飛び出してきた者たちは手にしたアサルトライフルやらサブマシンガンやらを4人に浴びせてくる。


 マサムネは玄関先の雨避けのひさしを支えるコンクリート造りの柱へとヨーコとアグを押しやって凶弾から彼女たちを守る事には成功していた。


「おいッ! そっちは無事か!?」

「マサムネ君が……、血が……!!」

「だ、大丈夫です。足の肉を抉られただけです」


 幸いにも玄関の庇は大きく、それを左右両脇から支える柱も3人が身を隠すのに十分な大きさのあるものであった。

 総理の方ももう一方の玄関から出て左側の柱に隠れる事ができたようである。


 さらに闖入者たちの銃撃は続き、コンクリートの柱も次々と削り取られていくが、そこで駐機場で待機していたクロムネのプリーヴィドが動き出して続けて4つの爆発が起こる。


「車両は潰しましたが、兵隊を榴弾でやるには近すぎます! 少し時間をください!!」

「ミサイルっス! 0時と4時!!」

「チィ……」


 クロムネのHuMoにも対人対物用の兵器は搭載されているのだが、擲弾の破片に総理たちを巻き込んでしまいかねず、車両から降りた人間を効果的に排除できかねていたのだ。


 そこに虎Dからミサイル接近の報が入る。

 すぐに虎Dのセンチュリオンも大型ガトリング砲を展開して空へ向けて連射。


 爆発とともに空気が叩きつけてくるような衝撃に耐えながら4人はそれぞれたった今まで練習していた銃に弾倉を込めて反撃に出る。


「おい! 敵は傭兵だぞ!?」


 柱から顔を出して敵を狙おうとしたヨーコの襟首を掴んでマサムネが引き戻す。


「分かってます! それより顔なんか出したら危ないですよ!?」


 銃を乱射して彼らが隠れる柱を穿ち続ける敵が着ている服は4人と同じもの。

 つまり傭兵組合から支給されているツナギであった。


 マサムネは灼けるような右脚の激痛に歯を食いしばりながら、場をヨーコと入れ替わるようにして柱からライフルだけを出してメクラ撃ちの連射で牽制を試みるが、想像通りに敵はプレイヤー。


 つまりは死んでもガレージでリスポーンできるわけで、死を恐れない厄介な敵である。


 総理も同じように柱から拳銃だけを出して射撃しているも、柱を穿つ敵の勢いは微塵も衰えを見せない。


 おまけに今度は大気を無理くり切り裂いて飛ぶ風切り音と幾つものスラスターの燃焼音が連なったものが聞こえてきてアグ以外の全員が舌打ちした。


「……当然、HuMoも来ますよね」

「ほれ、アグ、心配すんなって! 気持ちで負けたら終わりだぞ!?」

「え、ええ……」


 アグは怯えきった様子で胸の前で両手を合わせて、なんとか震えを抑え込もうとしていた。

 ヨーコはその手に自分の手を重ねてアグを励ますものの、その表情は苦虫を噛み潰したもののようである。


 転機が訪れたのはそのすぐ後であった。


 ドスンという地響きをともなった轟音に4人が音をした方を見ると、駐機場で膝立ちの状態になっていたマサムネの建御名方がプリーヴィドに蹴り倒されたのだ。


「え、なんで……?」

「おっしゃ!」

「ナイッス~!!」

「えっ?」


 アグには理解できなかったその行為も、ヨーコとマサムネにはしっかりとその意図が伝わっていた。


「すいません! 私は敵機の対応をします!!」


 深紅の機体が青白い噴炎を撒き散らしながら4人の前を駆け抜けていき、それから離陸して飛び立っていく。


 そのスラスターの噴射炎の巻かれて敵傭兵の何人かはやられたのか、銃弾の雨が目に見えて少なくなったのを好機とみてマサムネはヨーコからライフルをひったくるようにして奪い、床の上を滑らせてパートナーである総理へと渡す。


「弾をバラ撒くらいはできるでしょう?」

「そういう事か! 任せろッ!!」


 老人がライフルを拾い上げ、口角を持ち上げて笑みを浮かべたのを確認してマサムネも自身のライフルの弾倉を交換。


「ヨーコちゃんとアグちゃんは私の合図で建御名方へ!!」

「マサムネさんは!?」

「この足じゃ走れませんよ! ねぇ!?」

「おう、それに儂らはあんなガキどもに調子こかれて尻尾巻いて逃げるってのは性に合わん! そうじゃろ!?」

「モチロンですよ!!」

「でも……!!」


 クロムネがわざわざ建御名方を蹴り倒した理由。

 それは機体に乗り込み易くするためである。


 敵傭兵に背を向けた建御名方の正面まで行けば、機体自体が盾となって安全に乗り込めるというわけだ。


 だがマサムネにアグを連れていけと言われてもヨーコは今にも泣きそうな顔で渋っていた。


 その少女の肩にマサムネは手を置いて彼なりの真心のこもった言葉をかける。


「いいですか? 今、ここで貴女の友達を守れるのは貴女自身しかいません。あのセンチュリオンに乗っているのは人間としては良い人ですが、パイロットとしては最低の人物なんです」

「でも……」

「お願いです。今度こそ私たちに“貴女たち”を守らせてください」

「……分かった」


 それは絞りだすようにして出てきた返事だった。


 もちろんヨーコも充分に納得した上で出した結論だとはマサムネも思ってはいないが、それで十分である。


 そしてマサムネと総理は互いに目配せして、ほぼ同時に柱から顔を出して射撃を開始する。


 すぐに総理の肩が撃ち抜かれ、そしてマサムネも頭の皮を弾が掠めてすぐ後ろの壁に赤い花が咲いた。


「今です!!」


 構わず2人は撃ち続け、そして数人の敵を撃ち倒したところでマサムネが叫ぶ。


 まだ敵は残っているが、先ほどとは別のHuMoが飛来してくる音が聞こえてきているのだ。

 今を逃せば次のチャンスがあるか分かったものではない。


「行きなさい!!」

「ゴメン……!!」

「止まるんじゃありませんよッ!!」

「どうか御無事で!」


 アグの手を引いて駆けだしていくヨーコ。


 マサムネはその背中をいつまでも見つめていたいと思ったが、無常にも敵弾が手にしていた小銃を撃ち砕き、その破片が彼の視界を奪ってしまっていた。

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