13 ミラージュというHuMo
「そういえば、こちらにあるHuMoって他ではあまり見ない機種ばかりですわよね?」
総理とヨーコの対局は猛攻を凌ぎきったヨーコに勝利に終わり、3人はマサムネが帰ってくるまでの間、将棋崩しで遊んでいた。
とはいえ近隣のガレージから騒音とともに振動も伝わってくるような環境である。
3人揃って軽い気持ちで楽しんでいたのだが、当然、そんな遊びに身が入るわけもなく、上の空でガレージ内を見回していたアグリピッナが口を開いた。
「ええと、ヨーコさんの機体は陽炎に似てますけど……、何か違いますわ」
「そんだけ分かれば十分だ。私のミラージュは陽炎を改造した機体だからな。私自身が手間暇かけて弄ったヤツだから他に同じモンは無いぜ?」
まずアグの気を引いたのはヨーコのミラージュ。
黒と赤の有毒の爬虫類を思わせるカラーリングもさることながら全高25mほどの巨躯は迫力満点。
しかも、ミサイル垂直発射器内蔵の肩部アーマーや下半身全体を覆うホバーユニット兼スカートアーマーは余計にサイズ感を増しているように見える。
「前に見た陽炎よりも4本の腕が酷くアンバランスに思えますわ……」
「まあ、いっちゃん大きな見た目上の変更点は腕だろうな。ていうかよ」
「ふむ。4本腕というよりは2本の腕とサブアームか?」
「ご名答!」
ヨーコが語るところによれば、陽炎級重突撃HuMoの大きな欠点の1つとしてその特徴的な4本腕が上げられるのだという。
原型機である陽炎は胸部の大出力ターボ・ビームキャノン、両の肩アーマーに内蔵された各種ミサイル、そして4本の腕に持つ火砲と多数の火器で敵を圧倒しつつ大型のホバーユニットの高速性能で敵戦線を突破する事を主目的に開発された機体である。
機体全体に張り巡らされた重装甲や各所に配置された4基のCIWSがもたらす防御力もそのためのもの。
ほぼホバー走行しかできないが故に小回りが効かない欠点もその防御力でいくらかはペイできるだろうという設計思想である。
「でもよ、陽炎は大型機なのに腕が4本もあるせいで装備できる手持ち式の火器は通常サイズのHuMoと同じ物でしかないんだ」
「4つもライフルを持てれば十分では?」
「いや、陽炎と同じような大型機を複数同時に相手する時にはそれでは困るって話じゃろう?」
「そ~いう事!」
陽炎の胸部ビーム砲はサムソンやウライコフの大型機を相手取るのに十分な威力を持つ。
だが機体本体に固定配置されている都合上、射角には大きな制限が伴うものであるし、何より大出力砲ゆえに連続発射ができないという泣き所がある。
「つまり、あの“大砲”は対大型機用のものですのね?」
「へへっ、名付けて『クラブガン』。陽炎の機体フレームから弄ってサムソンの『ゴリアテ』の腕部を移植して、やっと装備できるようになった大口径砲だぜ?」
アグがあえて「大砲」という語を選んだのにはそれだけの理由がある。
駐機しているミラージュの隣に鎮座しているクラブガンは203mm砲弾を連射する超ド級の重砲。
砲身も長く、オマケに肉厚のケーシングに包まれているのだから大型HuMoと並べても大砲と呼ぶのがぴったりである。
「それに高圧で長砲身だから初速もしっかりあるし、なにも対大型機専用ってわけじゃねぇ。なんならアレで長距離狙撃だってやってやれない事はないぜ?」
「なるほどのぅ。じゃが、さすがに手数が減った分を肩の上のサブアームに固定している機関砲で補うと……」
元々、陽炎には4本の腕に持ったライフルの弾倉交換のために4本の
ヨーコは陽炎をミラージュに改装するにあたり、サブアームの内の2本を配置変更し肩の上へと持っていったのだった。
その2本のサブアームはマニピュレーターとしての機能は廃され、47mm機関砲が固定装備されている。
機関砲に取り付けられた大容量マガジンはミラージュの継戦能力を確保し、47mmという対HuMo用としては小口径の機関砲も高速徹甲弾と組み合わさる事により中近距離での高い装甲貫徹力を有している。
大型HuMoにふさわしい2本の大柄の腕と、元々が弾倉交換用であるが故に細身の機関砲用サブアーム。
4本腕だと思っていたアグが「酷くアンバランス」と思うのも無理がないだろう。
「じゃが203mm砲と47mm砲では中間のレンジが物足りなくないかの? ミサイルやビーム砲があるにしても……」
「その辺は機動力と装甲を活かして距離を取るなり詰めるなり。どっちも色々と細工してて原型機とは別物なんだぜ?」
ヨーコは得意満面の笑みを浮かべて、やれ出力が何割も向上しているだとか、冷却器の効率がどうだとか、己の苦心したポイントをつらつらと並べ立て、話についていけないアグはきょとんとした顔をしているくらいだった。
総理はそんなヨーコを見て、やはり9年前の幼女を思い出していた。
あの時、まだ幼かったヨーコはHuMoの整備員になりたいとそう熱く語っていたのだが、今こうして己の手で作り出したワンオフの機体の事を嬉しそうに語る彼女を見ているとあの時の夢が半ば叶ったようなものなのではないかと思う。
だが、それでも老人には少女が無骨な兵器を駆って戦場に出る事がとてつもなく物悲しい事に思えるのだった。
「はぁ、でも機体フレームから改造するだなんてしなくても素直にサムソンの『ゴリアテ』だとかウライコフの『グロズヌイ』に乗ればいいのではなくて?」
「はは……、そうもいかなくてな……」
ゴリアテにグロズヌイ、いずれも陽炎よりも高ランクの大型機である。
しかも最初から2本腕を有し、面倒な改造をしなくとも大口径砲を手持ち式火器で装備する事が可能。
アグがそう思うのも無理はないが、その言葉で途端にヨーコの表情が曇る。
「……確か、陽炎は亡くなった親父さんも乗っとった機種じゃったか?」
「うん、まあ……」
「え? あ、すいません。私、そんな思い入れのある機種だとは知らずに……」
「いや、いいって事よ! ハハッ! なんか変な空気になっちまったな! それじゃ今度は総理さんの機体について話してくれよ!」
総理がヨーコと始めて会った時、すでに彼女の両親は戦死した後であった。
それでも幼き日のヨーコは懐かしそうに父の乗る陽炎を改造して褒めてもらった事を語っていたのである。
ヨーコにとって陽炎とは何なのだろうなと総理は思いを馳せる。
強さ、あるいは幸せだった頃の象徴だろうか?
そのどちらかだったとしても、9年前に自分たちがヨーコとその仲間たちを救えていたら彼女は今も陽炎に縋りついて生きているような事はなかっただろうか?
思いはまとまらないものの、ヨーコに促されて自身の愛機である「竜波」についてどう語ろうかと脳味噌をシフトチェンジするも、ちょうどそのタイミングでガチャリと音を立ててガレージの人間用のドアが開いた。
「おっと、帰ってきたか。……うん?」
「どうも~!!」
入り口から入ってきたのは総理の相棒である青年であったが、買い物に行っていたハズなのに手ぶら。おまけにどこかで見た事があるような長身の女性を連れている。
細いのにやたらと背が高くて、尻も太腿もまるでボリュームが無いのに胸だけが異様に大きな女であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます