11 束の間の安らぎ
話が一段落してから総理は独りプレハブの事務所に入りパソコンに向かっていた。
現実世界で1年、ゲーム内世界では10年の歳月の間にできたプレイヤー仲間へメールで感謝と正式サービス版での再会への期待を綴り、最後にアグリッピナというNPCがカミュという
総理という男、若い頃は筆まめではなかったものの、歳を取るにつれていつの間にか気付いた時には自分でも辟易するほどに手紙の類に時間をかけるようになっていた。
もちろん彼が現実世界では政治家という特殊な職を経験していたという事もあろうが、彼自身は自分の命が残り少ない事を自覚しているからだろうと考えていた。
次に顔を合わせる機会などはなく、手紙やEメールの往来だけで今生の別れとなってしまうのかもしれない。
そう思っているからこそ総理は内心、古い知り合いに見られたら笑われるだろうなと思いながらも同文の一斉送信ではなく、フレンド1人1人に対して1通ずつ思い出をしたためていた。
とはいえ総理はそもそもが群れる
よってフレンドの数も少ない。
そんなわけでフレンド全員にメールを打ち終えるのも3時間ほどといったところ。
オフィスチェアーの背もたれに背を預けて背伸びをしてから立ち上がり事務所を後にするとマサムネにヨーコ、アグリッピナはまだガレージ隅の休憩スペースにいた。
「ドロー! 続けて自陣に伏せカードを1枚セット! 前のターンに
「……へぇ。デッキ破壊構成ですか……。顔に似合わずエゲつない手を」
テーブルの上に置かれた将棋盤を挟んでアグリッピナとマサムネは互いに数枚ずつのカードを手に向かい合っている。
数時間前には暴漢に追われて顔を青くしていたアグリッピナも今は一端の戦士の顔を見せ、対するマサムネも不敵な表情。
「おっ、総理さんはもういいのかい?」
「とりあえず仲の良い連中にはカミュって奴の事を知っているかメールを送っておいたよ」
稲妻のように鋭く、そして熱い視線をぶつけ合うアグとマサムネの傍にいるヨーコは2人が何をやっているか分からないようであったが、それでもアグがいくらかでも元気を取り戻したようで何よりといった顔付き。
「それより2人は将棋かの?」
「おう、コンビニで『ストラクデッキ』ってのが売ってたんだってよ!」
「ス……ト……ラク? なんじゃ、そりゃ?」
「私だって知らないよ!! カードを使う方の将棋はサッパリさ!」
好きなゲームならば他人がやっているのを見ても楽しめるという事もあろうが、ルールも知らないゲームを見て笑っていられるというのはヨーコという少女の心根が“良い子”だからなのだろうと総理は自分の頬まで緩んでくるのを抑えられなかった。
「なんじゃ、ヨーコちゃん。『カードを使う方の』って事は
「おう。総理さんは?」
「儂もじゃ。どれ、後で一局どうじゃ?」
「いいねぇ! でも、もう少し時間がかかりそうだな……」
「いや、すぐに終わるじゃろ?」
総理には駒と将棋盤の他にカードを使う新ルールの将棋は分からない。
だが勝負師としての彼の勘が決着はそう遠くない事を告げていたのだ。
むしろアグとマサムネの間に張りつめていた空気はバネがいっぱいいっぱいに押し込められた時のような凝縮された緊張感。
決着は近い。
「となるとアグの勝ちかい?」
「いや……」
盤面は一見するとアグリッピナが圧倒的に優勢のように思える。
アグの速攻でマサムネの陣は食い荒らされ、しかもその度に計略カードの効果によりマサムネのカードはその効果を発揮する事もなく墓場へと捨てられてしまうのだ。
「さらに
「チィっ! リバースカード、オープン! 『覇龍LALA』の効果で『総攻撃』を無効化します!」
「忘れてましたか!? すでに場には永続計略カード『閉ざされた戦場』が発動しております! 増援カードは発動できませんわッ!!」
2人のやりとりを見て総理は笑いを噛み殺すのに苦労していた。
女の子相手なのだから勝ちを譲ってやればいいものを。そう思えば堪えようと思っていても腹の底から笑いがこみ上げてくるのだ。
マサムネほどの男がすでに場に出ているカードの効果を忘れるわけがない。
つまり計略カードの効果により発動できなかったカードはマサムネによってわざと墓地へと送られたのだ。
マサムネというAIはそのネタ元と同じく、なりふり構わずに勝ちを拾いにいくところがあるが、そういうところまで含めて総理は青年を好ましいと思っていた。
「計略カードが効果を発揮した事により、今度は『受けの美学』を発動!!
「…………」
新ルールの将棋を知らない総理にとっては詰みの状況にも思える。
次のターンにはアグの竜騎将はマサムネの陣へと飛び込む。
マサムネの王には逃げ場は無く、盾にできるような手駒も無い。
だが、それだけだ。
アグリッピナの敗因を上げるのならば、速攻スタイルを取っておきながらこのターンで決着を付けられなかった事だろう。
「くくく、ふはは……、ハァハッハハハハハ!!」
ついにマサムネも笑いだす。
「私のような若輩者に負けたのがおかしいのですか? 勝負は時の運と申しますし……」
「いえいえ。自分の思惑通りに物事が進むのって楽しいなって……」
「は……?」
マサムネが手を伸ばしたのは自分の墓地。
様々な効力を発揮する計略カードを除けて、手駒と同様に盤上に戦力を追加する増援カードだけをテーブル上に並べていく。
「ある
「ま、まさか……」
1枚、2枚、3枚……、1枚ずつカードを並べていき、最後に先ほどマサムネがわざと墓地へと送った「覇龍LALA」のカードで増援カードが10枚。
「計略カード、オープン!! 『生贄の儀式』発動!! 墓地から10枚の増援カードを除外して召喚するのは……」
「あ、あわ、あわわわわわ……!!」
マサムネが手札から出した1枚のカードをアグへと突き付ける。
正直、総理とヨーコからすれば「いや、お前、さっき悪党に追われてた時よりも狼狽した顔になるのはどうなん?」としか思わないのだが、将棋を知る者からすればそれほどの切り札なのだろう。
「
「きゃあああああッ!!!!」
ガレージの床はHuMoが歩行しても傷1つ付かないほどに硬いコンクリートだというのに両手で頭を抱えたアグは膝から崩れ落ちる。
「大人気ないのぅ……」
「2人ともノリ良いな、おい。てか、最近の将棋って凄ぇんだな……」
「ま、参りましたわ……」
「フッ、将棋の本質を理解したいた私が勝った。ただそれだけの事です」
将棋はよく比較されるチェスと比べて取った相手の駒を再び盤面に戻して使用できるという点はよく指摘されるが、総理にはマサムネの勝ち方が将棋の本質に根差したものであると素直に頷けないのは彼が古い人間だからだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます