10 ガレージにて……
総理とマサムネが大急ぎでガレージに戻ると、既に起動していたヨーコの大型HuMoが手にした火砲と両肩部の上に伸びたサブアームに取り付けられた機関砲を入り口に向けていた。
『おっ!! 総理さんたちも無事だったかい!?』
外部スピーカーから大音量で響いてくるヨーコの声はコンクリート造りのガレージのいたる所で反響し酷い音質ではあったが、それでもその声にはハッキリと安堵の色が見えたものであった。
「ふん、あの程度のゴロツキごときに遅れを取るわけがなかろう?」
「それより、そっちの首尾は?」
総理もマサムネもカメラ越しでもヨーコが自分たちの無事を確認できるようにとわざとらしいくらいのガッツポーズを作って見せる。
『こっちもちょいとトラブルはあったけど、アグ……、例の子は無事だぜ!』
「ならば重畳。で……」
「トラブルというのはアレの事ですかね?」
「まあな」
老人とその相棒が何故かガレージの入り口脇に転がっている宅配ピザのバイクを指さす。
ヨーコからの返答は恥ずかしさからなのかいささかひっくり返った声で、それを聞いて2人は幼き日の彼女を思い出して微笑み合ったのだった。
ミラージュと称する特製大型HuMoから降りてきたヨーコとドレス姿の少女アグリッピナであったが、血塗れの老人を見てアグは目に見えて動揺。
「あ、あわわわわ……」
「あん? どうした、アグ?」
「お爺様、早くお医者様かメディカルポッドへ!」
「おう、スマン、スマン! 儂は怪我1つしとらんが、確かに婦女子には少し刺激が強いの!」
口元を抑えて震える少女を前に老人は苦み走った笑顔を向けながらオーバーオールの上半身をはだけて傷1つない引き締まった肉体を見せつける。
「こりゃ、全て返り血じゃ」
「え? あ、はぁ……。お、お強いのですね……」
「はいはい。もう年寄りの見苦しいのは仕舞っちゃいましょうね~。というか、とっとと着替えてきてください」
マサムネは「見苦しいの」と言うものの、総理の肉体は齢90を越えた者としてはこれ以上ないほどに鍛え上げられたものである。
無論、若い頃のような筋量は無い。
ハリを失った皮膚は鉄パイプで殴られただけで容易く裂けてしまうであろうというくらいに脆弱。
それでも、今だに彫りがハッキリと見えるような筋肉が乗る骨格はあくまで骨太。
持久力こそ低下していると本人も実感しているが、それでも長年に渡って鍛え上げた体幹に裏打ちされた瞬間的な膂力から繰り出される空手は一撃で常人を絶命せしうる威力がある。
「事実は小説より奇なり」という言葉があるが、現実世界ならばいざ知らず、このゲームの世界において総理の空手を受けて再び立ち上がる事ができたNPCはついぞ出会う事がなかった。
それに皮膚が薄く、弱く、粘りを失ったといえども拳や肘、膝などの打撃に用いる部位だけは別。
十代の頃より巻き藁を打っては破けた皮膚に粗塩を刷り込んで再び巻き藁を打つという方法で鍛え上げた肉体は多数のならず者を殴殺した後であっても微塵も傷付いてなどいないのだ。
それを見苦しい物扱いされて総理は不満気な表情を浮かべるが、まだ動揺が治まらないアグの横でヨーコが懐かしそうな顔を見せたので気を取り直してガレージ内のプレハブ式事務所で着替える事とした。
ヨーコからすればゲーム内時間で10年近い歳月が流れたというのに以前と変わらぬ総理の様子を見れて嬉しかったのだろう。
総理の着替えが終わり、マサムネが飲食物を買いに近所のコンビニまで行って戻ってきて、それを待ってアグリッピナの話となる。
「なるほどのう……。アグちゃんはABSOLUTEとかいうデカい組織のボスの娘じゃと」
「先ほどの追っ手はその組織の構成員、ですか……」
ガレージの隅に置かれたソファー2つとテーブルの休憩スペースで4人はマサムネが買ってきた冷たい飲み物やら軽食を摘まみながら話をしていた。
一通りの説明をアグとヨーコから受けて、隣り合って座る総理とマサムネは互いに怪訝な顔をしながら小声で話し合う。
「どういう事じゃ? なんかのイベント用NPCか?」
「まさか。βテストは現実世界の時間でいうとあと半日もしない内に終わるのですよ? ヨーコちゃん関連のNPCとかでは?」
話をしながらマサムネはタブレット端末を開いて公式サイトのイベントスケジュールやら攻略wikiのイベント情報の欄を確認してみるもやはり該当しそうな件は無い。
次に「アグリッピナ」というキャラ名のNPCを検索してみるもこれも該当無し。
成長したヨーコを示すのであろう「謎の少女」という項目にもアグリッピナらしきNPCの情報は無かった。
「あの……、やはり迷惑だったでしょうか?」
ヨーコもアグリッピナもゲーム内のNPCであるが故にいかなる経緯でもこの世界が虚構の存在だと知る事はできない。
だが、それでも総理とマサムネが眉を顰めて小声で話し合っている事は理解できる。
2人の様子を見て不安そうな表情を浮かべるアグを見て総理もマサムネも慌てて話を取り繕うしかなかった。
「ち、ち、ち、違うぞい! コイツとアグちゃんの彼ピの『カミュ』って奴の話をしとったんじゃ!!」
「そ、そうですよ! こんなお嬢さんを放っておいてどこで何をしているのやらって。顔に出てましたか? ハハハ……!」
「そら、違ぇねぇな!」
口からでまかせの話であったが、ヨーコも話に乗ってきたおかげで上手く誤魔化せそうだと2人は揃って肩で大きく深呼吸。
「で、やっぱ知らないのかい? そのカミュって
「うむ。中立都市には数十万の傭兵がいるらしいからのぅ……」
「そんなスイカ味のアイスバーで特攻かけそうなキチガイっぽい名前の人は知らないですね……」
同業者の2人ならばもしかして、と淡い期待を抱いていたアグリッピナは2人の言葉を聞いてガックリと肩を落とし、ヨーコがその肩を優しく叩いてやりながら励ます。
ヨーコとアグリッピナ。
ヨーコは全身にタトゥーを刻み込み、舌を2つに割るような筋金入りのパンクファッション。
一方のアグリッピナは今は薄汚れてはいるものの随分と豪華なドレスを着ているし、その口調からも分かるようにお嬢様育ち。
一見、水と油のように正反対に思える2人であったが、意外と馬が合うのであろう。
おかしいのかもしれないが、自分だって孫のように歳の離れた相棒を親友のように思っているのだからありえない話ではないだろうと総理は考え、頭の中で閃いた考えがもしかすると名案かもしれないぞ、と思い出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます