8 揃いも揃ってみんな馬鹿

「カミュ……? いや、知らねぇ……」

「あら? 同業者ですのに?」

「ん? そのカミュってのも武装犯罪者集団ハイエナなのか?」

「え゛っ……」


 アグリッピナの表情がみるみる内に変わっていく。

 最初は何を言っているか理解できないとでもいうように。

 それから徐々に言葉を理解していく内にその表情が引き攣り青醒めていくのが面白くて、ヨーコがジャケットの内ポケットからまだ血で濡れているスパナを見せてやると、ついにアグリッピナの口から小さな悲鳴が漏れた。


「ひぃ……」

「はは、悪ぃ悪ぃ。アグになんかしようってつもりはないさ」

「ま、まあ、助けて頂いておいて今さらのような気もしますわね」


 ヨーコがスパナを仕舞うと、すぐにアグリッピナも気を取り直したように深呼吸。


 よくよく考えてみれば惑星トワイライトで暴れ回っている「ハイエナ」と呼ばれている犯罪者集団はアグリッピナの父が首領を務める組織とは無関係。


「ていうかよ。アグがさっきのスナックに飛び込んできた時、私たちは理由も聞かずにお前を追ってきた奴らにかましてやったけどさ。そんなんカタギのやる事じゃねぇってすぐに分かるようなモンだろ?」

「まあ、言われてみれば確かに……」

「あ、でも私らを逃がしてくれた爺さんと兄ちゃんは個人傭兵ジャッカルだから一応はカタギ? いや傭兵もカタギとは程遠い稼業か?」


 悪っるい笑みを浮かべてみたり、「傭兵は堅気カタギかどうか」で悩んでみたりとコロコロと表情を変えるヨーコを見ていると、彼女が何者かどうかで悩んでいるのが馬鹿らしく思えてきてアグリッピナも笑った。


「ああ、もう! まどろっこしい! まっ、私はどっちかっていうとアグの親父の同業者ってこったな。かといって別に親父さんに義理があるわけじゃねぇし、女を大勢で追い回すような連中は気に食わねぇから手を貸してやるってんだ! それで良いだろう?」

「ええ。ありがとうございます」


 ハイエナだというヨーコに何故か先ほどから親近感を抱いていた理由にやっとアグリッピナは気付いた。


 全身にタトゥーを刻み込んだ少女の言葉の節々から感じる純粋さは自身の恋人が持つものと同種のものに思えてならないのだ。


「それで、アグの男のカミュってヤツはどうしたんだ?」

「それが……、連絡が取れなくて困っていて……」


 “男”という語に含められた深い意味合いに気付いてアグリッピナは顔を少し赤くするものの、すぐにその表情を曇らせてタクシーの窓の外の街へと視線を移す。


「なんだ? 喧嘩して愛想でもつかされたか?」

「まさか! カミュはたとえそのような状況でも何も言わずに消えたりするような方ではありません!!」

「そうかい? だったら悪かったな。喧嘩してんのならこのご時世、何があるか分からねぇんだからとっとと仲直りしちまえって言いたかっただけだ」


 いきなり何てデリカシーの無い話を、とヨーコの横顔を見つめるアグリッピナ。


 だが、その表情にはどこか陰があって、その口から出た軽口は彼女の人生経験に深く根差したものなのだろうなとうかつに次の言葉を言う事ができなくなってしまうのだ。


「ホント、世の中、馬鹿ばっかだな。アグみてぇな可愛い女を放ってるヤツも馬鹿だし、怪しいヤツにほいほい付いてくるアグも馬鹿。ついでに私も馬鹿だ!! ええ!? お前んチの親父の手下はそれに輪をかけた大馬鹿か!?」


 しばらく窓の外を見つめていたヨーコが不意に色めき立って慌てて前席に向かっていったのを見て何事かとアグリッピナはたった今までヨーコが見ていた窓を覗いてみると、そこには眼下の街中から噴煙を引いて飛んでくる小型のミサイルの姿があった。


「おら! 掴まってろ! お上品にはできねぇぞ!!」


 AI制御のエアタクシーもミサイル接近を受けてマニュアル操縦用のハンドルが飛び出してくる。


 前席に移動したヨーコはハンドルを握ると躊躇う事もなく思い切り右へと限界まで切ってミサイルの追尾を振り切ろうとするものの、当然ながらエアタクシー程度の運動性で振り切れるハズもない。


「クソがッ!! お前の親父の手下、生かしたまま捕まえろって聞いてねぇんじゃねぇのか!?」

「あ、あわわわわ……」


 エアタクシーは右へ左へ。


 だが、いかにヨーコに優れたパイロット能力があろうとも、ハンドルを切ってから僅かにラグがあった後にふんわりと方向転換する空中車でミサイルが振り切れるわけもない。


 その間もヨーコは幾度となく悪態を付きながらエアタクシーをブン回すものの、内心では呆れかえっていた。


 アグリッピナの話では彼女の生体データがABSOLUTEの宇宙要塞の惑星破壊砲の鍵だという。


 もしアグリッピナを追っている者たちがその事を知っているならば、彼女が乗っている車をミサイルで撃ち落とそうなどとは思わないハズである。


 死体から採取した生体データでもいいならば鍵としてとても信頼できるようなものではないからだ。

 それで良いなら彼女の皮膚に張り付けたテープに付着した組織片でも十分って事になってしまう。


 故に追手はアグリッピナを生かしたまま捕らえようとするだろうとタカを括っていた自分を殴りつけたいくらいだった。


 馬鹿野郎どもの馬鹿のほどを計り損ねてしまったのだ。


「突っ込むぞ!! 舌ぁ、噛むなよ!!」

「突っ込むって、どこへですの!?」


 アグリッピナの口から出た問いが答えられる前にエアタクシーは近くのビルへと突っ込んでいた。


 激突、衝撃、轟音。


 ヨーコとアグリッピナは全身がバラバラになってしまうのではないかというほどの衝撃に全身を車内のあちこちにぶつけるものの、幸い、作動したエアバッグによってなんとか軽傷で済む。


 その直後に爆発音。

 そして空中車がビルに突っ込んだ時に比べれば遥かに小さな振動。


「ふぅ~……。なんとかなったか……?」


 ヨーコはエアタクシーの運動性ではミサイルを回避できないと悟るや否や、車体を近くにビルへと突っ込ませ、追尾してきたミサイルをビルへと命中させたのだ。

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