7 ヨーコとアグ
怒号と銃声を背に少女たちは駆ける。
真っ赤なフェイクレザーのジャケットとホットパンツの少女は白いドレス姿の少女の手を引きながら走っていたものの、徐々に速度は落ち、すぐに2人は並んで、果ては赤い衣服の少女は走るのを止めて歩き出してしまった。
「ちょ、ちょっとタンマ!」
「もしかして怪我を!?」
「いや、そういうわけじゃねぇんだけど、酒飲んだ後の寝起きだからよ……」
追われていた自分を逃がすために怪我をしてしまったのではないかと心配する少女に対して、もう1人の少女は自嘲気味に笑顔を向ける。
「ま、そんな心配すんなって、アイツらが抑えてくれてんだ。ちょっとやそっとじゃ抜かれねぇよ」
「ず、随分と信頼されてますのね。あの2人を」
赤い服の少女は露出度の高い衣服から覗く白い肌のいたる所にファイアパターンのタトゥーが刻まれていて、人を近寄せないような雰囲気を放っていたものの、その顔に浮かぶ笑顔はなんとも人懐っこく、それがドレスの少女の知人に良く似ていたものであったので親近感を感じていた。
それに炎のタトゥーの少女が言う事も分かるような気がするのだ。
2人を逃がしてくれたのはとても荒事には向かないような年老いた男と、税理士とか弁護士とかそんなインテリ仕事でもやっているのがお似合いのように見える涼やかな表情の優男。
それが、だ。
老人は
ドレスの少女がタトゥーの少女に手を引かれてスナックの裏口から逃げるまでの僅かな時間だけで2人が只者ではないと理解するには十分であった。
「すぐに表通りに出るからそこでタクシーでも拾おうぜ? ええと……、私はヨーコ。アンタは?」
「ああ、すいません。助けて頂いたのにまだ名乗ってもいなかっただなんて。
老人と優男ほどかはともかく、タトゥーの少女も悪漢の脳天にいきなりスパナを叩き込むような者である。
今も通りに出る時に追っ手が無いか周囲に目まぐるしく視線を回して確認している様を見ているとやはり“そっち”の稼業の人間である事くらいはアグリッピナも勘付いていた。
それでも自身の名を偽名も使わずに名乗ったのはやはりヨーコの人懐っこい表情の故だろう。
「おっと、タクシーが来たぜ。とりあえず追っ手の姿は無いが、用心して目立たないようにしよう」
「どのようにすれば?」
「あん!? 普通に、だよ! 慌ててたり挙動不審だったら人混みの中でも目立つだろが!」
当たり前だろ? とばかりにヨーコはアグリッピナを睨みつけるが、それすらもコロコロと表情が変わる所が見れて嬉しいとばかりに笑顔で返す。
もはやアグリッピナの表情からは暴漢たちに追われてスナックに飛び込んできた時のような切羽詰まった表情は消え失せていた。
それから2人はヨーコが先頭になって通りに出て空車のタクシーを拾って乗り込むと、総理のガレージの番地を告げて車中の人となる。
「で、アグは何で追われていたんだ?」
「ええ……」
エアタクシーが宙に浮きあがってからそれまで平然を装っていたヨーコは通りに出る前のように辺りを見回しながらアグリッピナに尋ねる。
「なんだい? 良い難い事か? 向こうはあれだけの人数で徒党を組んできたんだ。アグがちょっとイタズラ仕掛けたくらいだったら味方してやるぜ?」
「あ、いえ。別に私が何かしたというわけではないのですが……」
話を促すためか、ヨーコは先ほどのとは違う悪党特有の粘っこい笑顔を浮かべてみせるも、それでもアグリッピナは話し辛そうに足をもじもじとさせながら、やがて意を決したように語りだす。
「私が何かしたというよりは、私の父が、ですわね……」
「あん? アイツら借金取りか何かか?」
「いえ、むしろ父の配下といったほうが良いのでしょうか? 私の父は『汎宇宙犯罪結社
「マジかよ……」
少女の告白に思わずヨーコも絶句する。
ヨーコも新進気鋭のハイエナ。それも中立都市サンセットの傭兵組合にマークされているほどの者である。
犯罪者組織ではなく特定の個人を、警察組織ではなく傭兵組合がその動向を注視する。これは極めて異例な事であった。
総理がマサムネとの決戦のために利用したミッションもこのような事情のために発令されたものである。
だが、いくらヨーコがハイエナの注目株とはいえ、所詮は惑星トワイライトだけで暴れている、いわばただの跳ねっかえりだ。
一方、アグリッピナの口から飛び出してきた「宇宙犯罪結社ABSOLUTE」といえば宇宙全域にその魔の手を広げる広域犯罪組織。
その活動が密な宙域では他では争いあっている三大勢力も手を組まざるをえないほどの暴れっぷりだという。
「それでですね」
「お、おう……」
「ABSOLUTEが秘密裏に建造していた宇宙要塞のキモともいえる惑星破壊砲の発射キーに私のDNAデータを組み込んでまして、私がいなければ惑星破壊砲は使えないわけで、そんなわけで私、逃げてきましたの」
「マジかよ……」
「宇宙要塞」だの「惑星破壊砲」だの、理解の限界を超えるスケールの単語がポンポン飛び出してきて思わずヨーコも頭を抱える。
これは別にヨーコのスケールが小さいとかそういうわけではない。
そもそもヨーコは三大勢力やそれらが争い合うその隙間で発生した中立都市の社会活動に寄生するハイエナ。彼女がどれほど強力で有力なハイエナであったとしても、けしてハイエナの枠を超えるものではないのだ。
当然、惑星トワイライトを飛び出して出ていく事すら考えた事もないヨーコには宇宙要塞だなんて発想の枠外であるし、生活の場である惑星を破壊するような兵器などむしろドン引きである。
「そ、そりゃアグの親父さんも目の色変えて追っ手を差し向けてくるだろうよ」
「ええ、そりゃあもう……。でも、いつもは私の事を守ってくださる方がいますのよ」
「へへ、なんだい、男かい?」
自分が追われているという話だというに、自分を守ってくれている者の話になった途端にアグリッピナは顔を綻ばせていた。
当然、それを見逃すヨーコではない。
ハイエナだろうとヨーコも女の子。恋バナの予感を見逃すわけがないのだ。
「ええ、カミュ君って方なんですの。ヨーコさんはご存知ありません?」
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