44 出発前

 そして夜が明けた。


 療養所で一晩の休息を取り各機長をはじめ避難民たちの意気は高い。


 老人はともかく病人や怪我人もメディカルポッドに入った事で健康体となり、その姿が避難民たちへ希望を与えたのも大きいだろう。

 子供たちも食料や、水すらも切り詰めていた生活から一転して療養所では飲食物を好き放題に飲み食いしてカロリーを摂取したのも彼らの高い士気の要因かもしれない。


 だが出発に向けて次々と輸送機の腹へと収まっていく避難民たちの明るい表情、あるいは各機長たちのなんとしても無事に逃げおおせてみせるぞという気合の入った顔付きとは裏腹にだいじんさんの表情は浮かないものであった。


 それはまるで何か気がかりなものがあるとか、逃避行の計画に対して不安があるとかそういったものではなく、むしろ死にゆく彼らを哀れんでいるといったほうが近いのかもしれない。


 老人の深く沈み込んだ表情は彼らが辿る悲劇的な運命について確信めいたものがあるといってもいい。


「おう、爺さん。何を心配しているかは知らないが、そんな顔してちゃヨーコが心配するぜ?」

「……うむ、それもそうなんじゃがな」


 私に割り当てられたコルベット艦の艦橋、キャプテンシートに座った老人は膝の上にヨーコを乗せていた。


 護衛部隊のメンバーを増やした事もあり、昨日から3隻のコルベット艦の割り当ては変更。

 1番艦はカーチャ隊長とカミュ、マモルが1人。

 2番艦はだいじんさんとマサムネさんにマモルが2人。

 そして3番艦が私とヨーコ、マモルが1人にマーカスがどうやって説得したものか傭兵NPCのローディーという編成になっている。

 マーカスの大型輸送機は昨日と同じく陽炎(+背部格納スペースの隠し玉)だけとなっていた。


 だいじんさんがヨーコに思い入れがあるのは分かっているが、それでも出発まで時間が無い。

 そろそろ彼には自分のHuMoが搭載されているコルベット2番艦へと移って欲しいのだが老人の尻にはまるで根でも張ってしまったかのように動こうとはしなかった。


「のう、カス……、いやマーカスよ。お前さんは“ここ”の連中と親しいのじゃろ? ヨーコちゃんとその仲間をこの療養所とやらで受け入れてもらう事はできんのか?」

「……え?」


 老人はふと思いついたかのようにキャプテンシートのひざ掛けに内蔵されている端末を操作して大型輸送機のマーカスを呼び出す。


 それから彼の口から飛び出した言葉を聞いてその膝の上に座っていたヨーコの身体は一気に強張ってしまう。

 無理矢理にでも脱出計画を中止させられるとでも思ったのだろうか?


「よせやい爺さん。いくら爺さんに孫がいなくて、孫代わりに可愛がってた女の子に煙たがられてたからって、その子はアンタの孫じゃないし、爺さんはその保護者じゃあないんだ。あくまで俺たちは傭兵、その子は依頼人だって事を忘れるな?」

「じゃがのう……」

「爺さん、アンタの膝の上のその子はどんな顔をしている? それが答えだろ? その子は中立都市に絶望しちゃってるのさ」


 だいじんさんとマーカスの通信はビデオ通話ではなく音声のみのものである。

 だというのにマーカスはヨーコが老人の膝の上にいる事をピタリと言い当て、その膝の上の幼女が緊張で凍ったように体を固くしている事すらお見通しであったのだ。


 だいじんさんからはヨーコの顔は見えなかっただろう。

 彼女の顔は助けを求めるかのように私に向けられたまま固まっていたのだ。

 だが彼女の身体の強張りで顔を見なくても老人には全てを察する事ができたようである。


「その子の事が気がかりなら命懸けで守ればいいじゃねぇか。『依頼はこなす』『その子とその仲間たちの事も守る』、両方やってのけてこそ“ジャッカル”ってやつだろう? なあ、ローディーさんよ!」

「……そうありたいものだな」


 私のコルベットの艦橋で老人の他にもう1人だけ浮かない表情の者がいた。


 昨日は組合所属の他の傭兵たちとともに船団を襲撃してきた傭兵NPCの1人であるローディーである。


 パンクロック風味のファッションで身を固めた中年男性の傭兵は立ったまま壁に背を預け腕組みをしてどこか遠くを見ているかのようであった。


 このローディーという傭兵、トクシカ氏の護衛ミッションで陽炎により友人を失っていたハズ。


 私が難民キャンプに到着したのは彼の友人が死亡した後であるので、その友人がどのような人物であったのか、ローディーとその友人がどのような関係性であったのかは話に聞いたくらいだ。


 確かなのはローディーの友人を殺したのが陽炎のパイロット、つまりはヨーコの父親であるという事。


 つまりマーカスはヨーコの父親を射殺させているが、そのヨーコの父親だってローディーの友人を殺しているのだ。


 なんともクソ面倒な関係性!


 昨日のローディーの突撃には鬼気迫るものがあったが、彼にはそうするだけの理由があったという事。


 マーカスの野郎は一体どんな手を使ってローディーを味方に引き込んだものやら……。


 どこか遠くを見つめているように見えるローディーの視線の先にはただ朝の青空が広がるばかりで、だいじんさんは彼の視線の先を追うように頭を振った後で決心したのかヨーコを抱きかかえて立ち上がる。


「それじゃ、儂も艦に行くかの。なにヨーコちゃんは心配せんでも儂らが守ってやるわい」

「ねぇ、お爺ちゃん。さっきのマーカスさんの話、孫みたいに可愛がってた女の子と仲直りはできないの?」

「別に仲直りするとかしないとかの話じゃあないんじゃよ。……去年、ゲーム機を借りたら『ヘッドギアに加齢臭が染みついた』じゃの『その歳になって徹夜でゲームしてんじゃねぇでごぜぇますわ』とか色々と言われてのう……」

「そ、そうなんだ」

「おかげでもう1個、ゲーム機を買わされたわい」


 だいじんさんは抱きかかえたヨーコをキャプテンシートに座らせると苦みばしった良い笑顔を向けるが話している内容はしょ~もないものである。


 これには老人の良い笑顔とは対称的にヨーコは苦笑いを浮かべるのみであった。


 そして2人の会話を遮るかのように外部マイクから周囲の騒音よりも一際大きな歓声が上がって一同は窓の外を見る。


「おうおう! アイツもやる気じゃのう!」

「なんだアレ? メイス? いや槍か?」


 輸送船に乗り込む途中の避難民たちが声を張り上げ、跳びはねるようにして大きく手を振っていたのはマサムネさんのホワイトナイト。


 その右手にはハルバートのようなサイズ感の巨大なメイスが装備されていた。

 いや、ヘッドの部分に空けられているスリットがビーム発振器だとするならばビームランスだろうか?


 昨日のマモルたちの装備に続いてマサムネさんまで随分と大仰な物を持ち出して来ていたが、β版でこのミッションの経験者であるハズの老人は何故か満足気な顔を見せている。


「おう、爺ぃ! とっとと自分の艦に戻れ! また後悔したくないんならな!」

「へい、へい。今、戻りますよっと……」

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