45 射手座

 昨日と同じく船団は全機が無事に離陸。

 まだもたつく所もあるが、昨日の経験もあってか各機長たちは案外とスムーズに隊列を作っていた。


 昨日と違う点はいくつかある。


 まず各コルベットに乗り込む護衛部隊の配置。

 これは昨日よりも面子が増えているのだから当然といえば当然なのだが、それでも不思議な事がある。


 私の乗るコルベット3番艦に搭載されているHuMoは私のパイドパイパーにマモルのセントリー、そしてローディーの烈風カスタムⅡ。


 1番艦と2番艦にはホワイトナイトの他に零式やタケミナカタといった高ランクの機体が乗り、その補助としてセントリーもあるのだ。


 あきらかに戦力を均等に割り振っていない事が分かる。


 それだけならば主力となるカーチャ隊長とマサムネさんのコルベットに戦力を偏らせたと見る事もできるだろう。


 それでも私が不思議に思ったのは今日のコルベット艦の配置であった。


 3隻のコルベットは昨日と同じく三角形を作るように編隊を組み、その巨大な三角形の中に空中船団が入り、その後方に殿軍としてマーカスの大型輸送機を配置するというとこまでは昨日と同じ。


 だが昨日は船団の先頭を飛びようにカーチャ隊長のコルベットが配置されていたのが、今日は私の艦が先頭なのである。

 カーチャ隊長とマサムネさんのコルベットはそれぞれ左翼と右翼を務める形。


「うん? 何かおかしい事でもあるの~?」

「いや、おかしいっていうかよ、なんで私たちの艦が先頭なんだろなぁって……」


 自身の担当プレイヤーの真意が読み取れず、艦橋内で立ったまま何度も首を傾げる私を見てキャプテンシートに座ったままのヨーコが声をかけてくる。


 まだ敵の姿は見えず艦橋内の雰囲気はのんびりとしたものであるので雑談をしている余裕があるのだ。


「ああ、それは多分だけど、しばらくしたら追手が北から来る事は無くなるからだにぇ~」

「だろうな」


 不思議に思っていたのは私だけのようでヨーコも、そして壁際で仏頂面を浮かべていたローディーすらクスリと笑って説明してくれた。


「昨日、組合の連中はあんだけの大部隊で攻めて1機の輸送機すら落とせずに逆に全滅に近い被害を被ったんだ。今日だって昨日と同等か、それ以上の規模で攻めてくるだろうってのは嬢ちゃんにも分かってるだろ?」

「うん、まあ、そのくらいは……」

「となると北の境界近くにいるトヨトミの人たちはどう思うだろうにぇ~!」

「ああ、そういう事か!」


 VR療養所を飛び立った船団はまっすぐに北方のトヨトミ側との境界線を目指している。


 トヨトミ側境界線近くにはヨーコたちの受け入れのためにトヨトミ側部隊が待機しているハズであり、その近くを大部隊で接近するのはリスクが高い。


 傭兵組合側へはヨーコたちの脱出の意図は伝えてあるが、それを100%信じてくれているわけではないだろうという事くらいは分かるし、そんな組合所属の傭兵たちにとって、境界線近くに待機しているトヨトミ部隊はいかにも不気味な存在に思えているだろう。


 ヨーコたちの回収を邪魔する者に対して越境してでも攻撃を加えてくるかもしれないと考えているのは想像に難くない。

 もしかしたらそれ以上、トヨトミ系住民の保護を目的として進駐してくる可能性すらあると思っているのかもしれないのだ。


「まっ、『北からは来ない』ってのはもうしばらく進んだ後の事だ。ほれ、噂をすればなんとやら……」


 船団が離陸してから2時間ほど、VR療養所を隠すための険しい山脈を抜けてしばらくすると今日もまた追手がレーダー画面に映しだされる。


 やはり現れたのは傭兵組合所属の輸送機。

 二手に分かれた輸送機群は一方は北から。こちらは北のトヨトミ側との境界へと向かう私たちの足止めのためだろう。

 今は境界線と十分に距離があるために北からの攻撃は可能と踏んできたわけだ。


 そしてもう一方は南から。

 北からの部隊と挟み討ちにする構えである。


 それを受けて護衛部隊用通信チャンネルからマーカスの声が聞こえてきた。


「見ての通りだ。それじゃ南の方は俺がもらうとして……、北からのは任せていいか? サジタリウスの」

「は~い!」


 なんか聞きなれない単語が聞こえてきたかと思うと、どうやらそれは特定の個人を現す言葉であったようで、1人のマモルが待ってましたとばかりに元気いっぱいの返事を返す。


「それじゃ出るからシャッター開けてください」

「了解しました」


 サジタリウスとは一体、5人のマモルの内の誰の事かと思っていると、艦内通信のチャンネルから艦長役のアシモフへと声がかかる。


 艦橋下の格納庫から出てきたセントリーは甲板上に片膝を付いた状態でスナイパーライフルを構えて伸縮式の二脚バイポッドを接地させた。


「うん? 『サジタリウスの』ってのはお前の事なのか?」

「ええ、そのとおりです。もっとも自分でそう名乗った事はありませんけどね」

「ええ~! マモル君、1人でいいの~!」


 昨日の激戦を知るヨーコが驚いたような声を上げる。

 自分よりもわずかに歳上なだけのマモルに北側からの部隊を任せるとなれば、そりゃ驚くだろうが、当のマモルは興奮の中にしっかりと冷静さを残したまま答える。


「もちろんです。こんな詰まらない相手にカミュさんやカーチャ隊長の手を煩わせるわけにもいきませんからね。それに大空には身を隠す遮蔽物が無い。僕にとってはむしろやりやすい環境なんですよ。……距離25,000、そおれっと!」


 やにわスナイパーライフルのトリガーが引かれて階下から生じた発砲炎によって私の目は眩まされてしまう。


「対閃光フィルターを」

「敵の姿は……、まだ豆粒みてぇにしか見えねぇぞ!? キャプテン、最大望遠で敵集団を!」

「了解」


 まだチカチカする目をなんとか無理くり開かせて艦長役のアシモフが天井モニターに表示させた望遠カメラからの映像を見る。

 マモルが駆るセントリーのライフルから放たれた120mm砲弾は高初速弾ながらもさすがに距離が遠いために矢のように敵集団へと飛んでいき、そして外れた。


「……おい、外してんぞ?」

「まあまあ、僕だってセントリー乗るのは初めてなんですから……。照準補正は良しっと、次は外しませんよ」


 自分で外した事を責めるような事を言っておいてなんだが、正直、当てる方が難しいと思う。


 馴れない機体。

 飛行中のコルベットの上から同じく飛行中の敵を撃つという条件。

 何より25kmも離れた敵。


 もし私が狙撃手なら10発撃ったって命中弾が出るか疑わしいところだ。


 だというのに続く1射は敵輸送船団の先頭のコックピットを貫いていた。


「……は?」

「おお~!!」

「……チィっ!」


 私たちの反応をよそにマモルは次々と射撃を続ける。


 目に映る光景が信じられない私。

 次々と傭兵組合の輸送機を撃ち落としていく様を素直に喜ぶヨーコ。

 マモルの「詰まらない相手」という言葉に対してローディーは昨日は自分もその詰まらない連中に参加していた事もあってか舌打ち。


 マモルは5発撃って弾倉交換の小休止、それからまた5発の速射、また弾倉交換といった流れで次々と輸送機を落としていった。


「……ハハ! こりゃ凄いな。サジタリウス、まさに射手座の名で呼ばれるだけはあるって事か」


 私の口から洩れた感嘆の声は半ばあまりにも研ぎ澄まされた技量に呆れかえってしまったものである。


 なにしろ現実味が薄い。

 なにせ敵との距離が20km以上も離れているという事もあってか私の耳に届くのは大口径スナイパーライフルの轟音だけであるし、なによりも目の前で繰り広げられている光景をやってのけているのがあのこまっしゃくれたガキのマモルなのであるから当然であろう。


「マモル君、すげぇ~!!」

「そらスナイパーライフルが実装されないわけだわな。20kmも離れたとこから120mm砲弾をあんな精度でバカスカ撃ち込まれたらたまったもんじゃない」

「いえいえ、さすがにあんな事ができるのはあの子くらいなものですよ?」

「あん? アンタでも無理なのか?」


 今、マモルが使っている120mmスナイパーライフルは本来はゲーム内に実装されていないものである。

 β版では存在していたスナイパーライフルが正式サービス版では実装が見送られた理由は「バランス調整のため」、もっと端的に言うならば「芋対策」である。


 それは知ってはいたが、実際に目の当たりにしてみればそれも納得。

 遠距離から芋砂で撃ちまくるのが簡単で強すぎる。

 おまけにスナイパーライフルはHuMo本体に固定されているわけではないのだから、他の武器を持ち込みさえすればスナイパーライフルを捨てて高機動戦に移行する事もできるわけだから遠近両方に対応できる武装というわけだ。


 だが、そんな私の声を聞いて2番艦のマサムネから通信が入ってきた。


「ええ、さすがに超長距離狙撃だとさすがにあの子の方に軍配が上がるのでしょうね。なにせあの子は……」

「ああ! 『戦う貴腐人の会』の『射手座サジタリウスのマモル』か!? 『♰紅に染まる漆黒堕天使♰』とこの!!」

「今さら気付くだなんてボケたんですか?」

「うっさいわい!!」


 ええと、話に割って入ってきただいじんさんの話から察するにあのマモルはβ版の有名プレイヤーの補助AIだったって事か?


 とりあえず私としては「紅に染まる」のか「漆黒」なのかどっちかにしたらどうだろうか? というぐらいだ。


 あとはまぁ、マサムネさんとだいじんさんは同じ艦に乗ってんだからわざわざ通信を使って言い争いをしなくてもいいじゃない?


「僕の前の担当はマーカスさんのようにマモルというAIの本質を理解してくれるような人ではなかった。まあ、良い服を着せてくれて美味しい物を食べさせてくれたので嫌いではないですけど。……とにかく、あの人は攻略WIKIに『マモルは遠距離狙撃に適性アリ』って書いてたからって僕は狙撃ばっかりやらされてたんですよ……」

「その結果が長距離狙撃の記録保持者レコードホルダーなんですから大したものですよ!」


 マモルはライオネスの補助AIでもあるんだしと私も攻略WIKIには目を通しているんだけど、正式版ではないが故に課金要素の少ないβテスト版でここまでマモルを育成するって、それはもはや狂人の域ではないだろうか?


 そうこう話している内にマモルの撃墜スコアはすでに30を超えていた。






(あとがき)

ちなみに「戦う貴腐人の会」では「マモ×マサ」か「マサ×マモ」なのかとか、果ては「マモ×マモ」か「マモ×マモ」なのかで内部抗争を繰り返していた超武闘派集団という脳内設定。


ちな“「マモ×マモ」か「マモ×マモ」なのか”は誤字じゃない。

そこに違いを見出すのが貴腐人なんじゃないかと思いました。

私が「自分とこのマモル君と他人のマモル君の違いという事でしょうか?」と言っても鼻で笑われるくらいが丁度良いと思います。

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