27 再会

 まるで鉄と炎の墓場であった。


 赤茶けた大地に落ちた大小の航空機や鋼の巨人からはもうもうと油っこい黒煙が上がって男が昔好きだった空を汚していく。


 紅蓮の炎と黒い煙。

 時折、どこかで何かが爆発する音が聞こえてくるが男の心を動かす事はない。


 なにせ百を超える落ちた輸送機も数十の鋼の巨人の躯も、それら全てを作り出したのは他ならぬ男自身であったから。


「ふあぁぁぁ……」


 まるで地獄のような光景を作り出しておいて男の口から溢れ出てきたのは欠伸であった。

 これまで幾度も噛み殺そうと苦心していたのが敵の全滅の油断とともについに己の内から溢れ出してきたのだ。


 闘争はもはや男を満足させる事はない。


 男にとって己の強さは自負とか自認とかそういう感覚ですらなかった。


 水が高いところから低いところへと流れるように。

 枝から落ちた林檎が重力に引かれて地面へと落ちるように。

 こと闘争という領域においては男は他を遥かに凌駕する事が当たり前で当然の摂理であったのだ。


 男が退屈であったのは何もこの1対100を超える兵力差の戦いが仮想ヴァーチャル現実リアリティーの世界で繰り広げられた遊戯ゲームだからではない。


 ただ単に自分が勝つのが当然だと心の底からそう思っていたからであり、なんの達成感も得られない「ぬるゲー」「作業ゲー」をやっとやり終えた心境であった。


 今はただ娘の元へと帰りたかった。


 己を見て怯える者を蹂躙し、奮起して敵意を向けてくる者を打ち砕く。

 その繰り返しは男の心を飢えさえ、魂を渇かせるばかり。


 娘を楽しませるため、喜ばせるため、守るためでなければ何故アラフィフと呼ばされるような年齢にもなってこんな事をしようか。


「陽炎、そっちはどうだ?」

「損害は軽微。ミサイルはほぼ撃ち切ってしまいましたが、ライフルとCIWSの弾はまだあります」

「キャプテンは?」

「こっちは攻撃が飛んでこないような後ろで飛んでただけですからね。陽炎を回収するために着陸できる場所を探してます」

「頼んだ」


 すでに避難民たちを乗せた船団へ南方から迫ってきていた傭兵の一段は全滅させた。


 あとは陽炎のパイロットを任せていたアシモフと陽炎用の大型輸送機に乗り込んで娘の元へと合流するだけ。


 あのカーチャという女にしばらくは乗機を見せるわけにはいかないのは面倒ではあったが、それでもあの女にならば少しの間くらいは娘を預けておける。それほどの人材などそうはおらず、得難い人物と言っていい。


 娘のような優しい子ならばヨーコたちのような困った者たちは見捨てる事はない。


 ならば男は父として娘の望みを最大限に叶えるだけである。

 100%を超えて120%でも200%の出来高でも、男が必要だと思えるだけの成果を娘に見せつけるだけだ。


「ふふ。さすがにこんだけ頑張ったらサブちゃんもパパって呼んでくれるかな?」


 それだけではない。


 男は戦士としてだけではなく、男として、友人として、年長者として、何より良き父親として振る舞おうという見栄があった。


 そう。

 全ては娘に見栄を張るため。

 それが男の行動原理である。


 そうでなければなんでアラフィフにもなってロボットに乗ってドンパチやらなきゃならないのだろうか?


 実の所、男はすでに良い歳。

 現実世界での彼は人類の英知を集めた巨大建築物よりも詫びた古い寺社仏閣に風情を感じるようなお年頃であり、娘が喜びそうな一面の花畑に行くこともやぶさかではないが彼自身の嗜好としてはむしろ山奥の1本だけ咲く山桜が散る様に感じ入るような感性の持ち主であった。


「……とにかく、帰ろう。サブちゃんのいるところへ」


 己の魂の帰るべき場所を知る男は郷愁にも似た思いを抱き、輸送機が再び高度を落としていくのを見守っていたが、動く物の無いハズの荒野に違和感を感じて娘への思いを振り払い感覚を研ぎ澄ましていく。


「陽炎も輸送機も警戒しろ! 黒煙に紛れて接近してくる……。 手練れだ!」


 敵の姿を視認できたわけではない。

 男が乗るホワイトナイト・ノーブルのセンサー類を掻い潜って接近できる敵など存在しうるのだろうかという思いもある。


 だが男は自分が感じた違和感を信じる事とした。


 今も周囲は轟轟とスクラップと化した輸送機やHuMoだったモノが炎上し、あちこちでは小爆発が生じて音感センサーでも騒音ばかりが拾われてくる。


 それでも男は自身の耳へと聞こえてきた巨人の足音のようなものへの警戒を強めていた。


 そして再び騒音の中から大きな足音が聞こえてきたのは男の背後から。


 凄まじいGを生じさせるほどに機体を旋回させると燃え盛る輸送機の黒煙の中から1機のマントを羽織った重金属の巨人が男の乗機へと飛び掛かってくるところであった。


 目の前にまで迫っているマント姿のHuMoはレーダー画面に映らないが、娘から以前に出会ったステルス機の話は聞いていたし、なにより攻撃してくるのならば敵として倒す事に躊躇はない。


 マント姿はトヨトミ製の物なのか小柄な機体ではあったが、これまで見たほとんどの敵よりも俊敏でアグレッシブな敵であった。


 銃剣付きのライフルの射撃とともに繰り出されてくる突きを躱しながら男はビームソードを起動させる。

 それとともに初めてみたハズの敵機にどこか懐かしさを感じてオープンチャンネルの通信で呼びかけた。


「その鋭い殺気! 中山元防衛大臣かッ!?」

「ふんッ! まさかノーブルを奪っていたのが貴様じゃったとはの! 相変わらず空間そのものを支配するかのような重い殺気じゃ! カス野郎!」


 どうやら敵機のステルス能力は機体そのものにあったわけではなく、その身に纏っていたマントにこそあったようで、わずかにでも動きを阻害されないようにということかマントを脱ぎ捨てるとレーダー画面に赤い光点とともに「建御名方タケミナカタ」という機種名が表示される。


「建御名方……? おいおい、爺さん、年金ブッ込んでなんぼ課金したんだよ? それランク10の機体だろ?」

「抜かせ! 貴様と戦う事になると分かっとったんならワシがノーブルをパクっとったわい!」


 男にとって目の前の機体を駆る老人は溜め息が漏れるほどに懐かしさを感じる男であった。


 男がまだ全能感に酔えていた頃、そんな自分に全身全霊で殴りかかってきた唯一の男である。


 絶対的強者である自分におもねるわけでもなく拳ひとつで向かってくるとはこういう者こそ男というのだろうと好感を抱いていたほどだ。


 だが、ゲームの中とはいえ久しぶりの再会だというのに老人の方はけんもほろろ。取り付く島もない。


 それは老人の言葉だけではなく、その小柄なHuMoが姿勢を低くしながら両手で構えられた銃剣付きのライフルに込められた殺気からもひしひしと感じられた。


「悪いがたとえ貴様が相手でもヨーコちゃんをこの先に行かせるわけにはいかんのじゃ!! ガレージに帰ってもらうぞ!? 『こーど:ぼんばいえ』発動!!」

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