4 私の知らない機体

「お、マーカス、依頼人からメールだ……」


 怪訝な容貌の同業者の登場に気を引かれていたが、Eメールの着信で私の意識は依頼へと戻っていく。




 To:マーカス、カミュ

 Send:せかいいちのいいおんな!

 件名:こっちきてね~

 本文:2人しか依頼うけてくれる傭兵さんいなくて残念ぴえん(´;ω;`) でも受けてくれたひとには感謝感激あめあられ。それじゃ私たちのいるとこまできてね~!

 添付:座標データ




 依頼文と同じく幼稚さを隠そうともしない文面。

 添付された座標データに指示されたポイントはここから30kmほど離れた場所だった。


「この場所って……」

「まるでグランドキャニオンだな」


 指示された地点はこの場の近くの大峡谷の入り口とも言ってもいいような場所だった。


 マーカスの口ぶりからすれば、この大峡谷もノーブルを奪った時に潜った湖と同じく現実世界の地球にある地形をコピペしてきたものなのだろうか?

 もしかしたら拡大縮小なり他にも色々と弄っているのかもしれないが、大方はそのようなものなのだろう。


 それよりも問題なのはその地形である。


「それよりもよ。こんな峡谷の中じゃ陽炎の動きは制限されるんじゃないか?」

「ま、向こうで何があるかは分からないけどね。それにそれは彼らのホバートレーラーも同じじゃないか?」


 一般的なHuMoならば2本の脚部と一時的な飛翔を可能とするスラスターにより峡谷のような険しい地形でも行動には問題がない。

 だが陽炎の場合には25mほどの全高に大質量、そして歩行は不可能でホバー推進しかできないという機体特性が大きな枷となる。


 太古の河川の浸食により削り取られた切り立った大地はとても陽炎のような機体の運用に適した地形とは思えない。


 これが正式な依頼ならばこのような地形的な問題は事前に周知されて当然の事であるのだが、やはり傭兵組合のチェック機構が働いていないが故の弊害といったところだろう。


「まぁ、とりあえず行くだけ行ってみるべぇ。……あ、あ~、トレーラーの御二人さん、聞こえるかい?」


 陽炎の背部格納スペースに搭載している隠し玉の存在もあってかマーカスは地形的な不利など微塵も感じていない様子。

 通信をオープンチャンネルに切り替えてトレーラーの同業者へと話しかける。


「ああ、聞こえているぞ!」


 返ってきたのは女性の声。

 マント姿の方の性別は分からないものの、その声を聞いて私の脳裏に思い起こされていたのは仮面を被った女性の姿であった。


 凛々しさの中にどこか親しみやすさを感じるその声はピンと背筋の通った背の高いスーツ姿の女性とよく似合うものである。


「そっちにも依頼人からのメールは来ているかい? 俺がメールにあったマーカスだ」

「ああ、済まない。カミュは今、荷台のHuMoに向かって通信に出れない。私は彼のコーディネーターだ。よろしく頼む」

「こちらこそよろしく」


 なんの当たり障りのない挨拶の中で私は口こそ挟まないものの「うん?」と思わざるをえなかった。

 このゲームの世界にあって「個人傭兵ジャッカルのコーディネーター」とは私のようなユーザー補助AIを指す言葉であり、そのために用意された立場である。


 だがトレーラーの助手席から降りて、荷台へと向かっているのはマント姿の方。


 やはり通信の相手はあの仮面姿の女性なのだろうが、私は彼女のようなユーザー補助AIなど知らない。


 現時点でプレイヤーが選択できるユーザー補助AIの種類は100種類に満たないのだ。

 詳しい事は私だってすべては把握はしていないが、それでも彼女のように仮面を被った特異な姿の者なら記憶しない方がおかしいだろう。


 仮面の女性の正体がプレイヤーかNPCかは分からないがいずれにせよ立場を偽装する理由も分からない。


 マーカスはその事に気付いているのかいないのか話を続けていた。


「で、そっちの相棒が荷台に向かってるって事はHuMoを出すんだろ? 依頼人に指定されたポイントに向かうまで何があるか分からん。陽炎が先頭を走るからパイドパイパーとそっちの相棒さんが後ろで三角形の形を作って、トレーラーはその真ん中って位置でどうだい?」

「ああ、助かる。HuMoを降ろすまで少しだけ待っててくれ」

「了~解!」


 マーカスは依頼文にあった「超高難易度ミッション」というタグを警戒してかトレーラーの後ろに私を配置するという形を取っていた。


 同業者らしきトレーラー組を疑っていないのならば前に陽炎とその補助にパイドパイパー、それにトレーラーが続いて、その後方警戒にマント姿のHuMoという形でも良かったハズ。


「何が起こるか分からない」ような「超高難易度ミッション」ならば前方から敵襲があった場合、後方の私とマント姿が駆けつけるまで陽炎単騎で敵を抑えなければならない危険を冒すよりも連携を取れるようにしておいてもいいハズなのだ。


 なのに前を陽炎単騎で後方に私とマント姿という形にしたのは、もし仮にトレーラーの2人が敵で後ろから陽炎を撃ってきた場合、私がパイドパイパーでマント姿の機体を相手して、その間に自律機動航空爆雷パンジャンドラムでトレーラーを破壊するという手が取れる。


 だが通信から聞こえてきた女の声は極めて自然な様子で感謝の意を述べてマーカスの提案を受け入れた。


 そしてトレーラーの荷台の上部が開いて1機のHuMoが私のレーダー画面に表示される。


「うん……? なんだ、この機体は……」


 同じ依頼を受けてきた同業者という事もあってかグリーンの光点で表示されたその機体の機種名は「試製零式汎用HuMo」。

 ランクは7。陽炎よりも格上である。


 いや機体ランクよりも私の気になったのは……。


「うん? どうしたサブちゃん……」

「あ、あんな機体なんて私は知らないぞ!?」


 通信チャンネルを個別チャンネルに切り替えたマーカスが私の口から洩れた驚愕の理由を問うてくる。


 驚くのも無理はない。

 トレーラーの荷台から現れたのは私の知らないHuMoだったのだから当然だ。

 だがそんな知らないハズのHuMoをどこかで見た事もあるような気もして、それが余計に私の神経を逆撫でするのだ。


「まあまあ、落ち着けって、知らない機体が出てくる事だってあるだろうさ」

「あのなぁ、お前も現実の世界じゃ本職だったんだから分かるだろ? このゲームの世界じゃランク1から4が旧式機、ランク5から7は現行機種、ランク8からが次世代機って位置付けになっているんだよ」

「……サブちゃんは自分が知らない現行機種があるのはおかしいって言いたいわけかい? なるほど、そりゃ確かに……」


 現実の世界でもパイロットだったマーカスならば分かってくれるハズだ。

 自分と命のやり取りをするかもしれない機体の事を知らない者など、そっちの方がよほどおかしいだろう。


 私自身は個人傭兵ではないが、キャラクターの設定としてはいつかは個人傭兵としての独立を目指して下積みとして経験を積むためにコーディネーターをやっているのだ。

 そのために私は子供ながらにHuMoのライセンスを最初から取得しているキャラクターなのである。


 そんな設定の私が知らない機体などありえるのだろうか?


「多分、その答えはあの機体の機種名にあると思うよ!」

「どういうこったよ?」

「あの機体、『雷電』とか『陽炎』みたいなペットネームじゃなく、『試製零式汎用HuMo』ってなってるだろ? 『試製』って事はようするにプロトタイプ、正式採用版がランク8とかだとするなら次世代機のプロトタイプなわけでサブちゃんが知らなくても無理はないんじゃない?」


 確かにそれはありうる話だ。

 私はあくまで必要に迫られてHuMoの事を記憶しているという設定である。

 趣味や道楽ならばHuMoの開発史を追うためにプロトタイプの事も調べているのだろうが、私の場合はそうではない。


 だが、そうだとしても2つばかり疑問点が残る。


 1つはあの零式とかいう機体を見た時から私の胸の中にへばりついた既視感。

 私はあの機体を知らないが、どこかで見た事があるのは間違いない。

 その理由が分からない。


 もう1つは大量生産されたわけではないプロトタイプを何故、中立都市の個人傭兵が使っているのかという事。

 試製零式汎用HuMoという機種名から察するにあの機体はトヨトミ系の機体なのだろうが、トヨトミの試作機を何故に中立都市の傭兵が使っているのだろう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る