38 第2戦目終了

「あ~……、なんか白けちゃったな……」


 私の身体を支配する倦怠感はまるでコックピットの中全体が濃密で粘っこい油が充満しているかのようで、私はニムロッドが手にしていた敵から奪ったナイフを放り捨ててライフルを拾い上げる。


 私の意図を呼んでかオライオン・キャノンも壊れた脚部で立ち上がる事を諦めてスラスターを使い地面を這うように動くが、鈍重な砲戦機では速度が出せるわけもない。


「はいよ、っと。1機撃破……」


 テキト~にトリガーを引く私の射撃は敵機の回避行動もあってその大半が大地へと吸い込まれていくが、オライオン・キャノンの少女の方もしっかりと後ろを見ていなかったのか、すぐに廃墟へとぶつかってその動きを止めてしまう。


 そうなればさすがにいくら漫然と射撃をおこなっていたとしても弾を外す方が困難だ。


 バトルライフルの単発火力も相まってすぐにオライオン・キャノンは沈黙。

 砲弾が空けた破孔から小さく火柱が上がるものの、誘爆してこちらに被害が及ぶ事はなさそうだと私は周囲へと視線を移す。


「うっひゃ~、機体がもうもたない!? ……対ありさ~!」


 キャタ君のズヴィラボーイがゆっくりと崩れ落ちながら背部に空いた無数の被弾痕が吹き飛ぶように大爆発を起こしていく。


 改修キットを2個も使った事で正面装甲ならヒロミチさんのランク5の武装であるガンポッドを非貫通で耐える事もできるズヴィラボーイも背面の装甲は比較的薄い。


 そしてヒロミチさんとクリスさんの2人を相手に挟み撃ちにされる形になってしまったキャタ君は結果的にどちらかには背中を晒さなければならなくなっていたのだ。


 そして先ほどの狂気をはらんだクリスさんの戦いぶりの記憶がまだ薄まらなかった事もあってか、彼はヒロミチさんに背中を見せる事を選んでいた。


 そして紫電改同士の同機種対決もちょうど同じタイミングで決着が付いたようだった。


「いよっしゃ~~~ッ!! 勝ったぞオオオォォォ!!!! ……って、あれ? 皆……」

「残念ね。君が最後よ」

「それじゃガレージに送ってあげるから、今回の失敗は次回に活かす事だね」

「…………」


 ギリギリ。

 本当にギリギリの所で中山さんの紫電改は惜しくも敗れてしまっていた。


 まだ幼さの残る少年らしい声の主が試合の途中だというのに思わず勝利の雄叫びを上げてしまうほどの接戦。


 敵紫電改に残されたHPは640ほど。

 私のバトルライフルはおろか中山さんが装備していたサブマシンガンの単発火力よりも小さな値である事を考えれば、どちらが先に最後の1発を命中させる事ができるかというくらいの勝負になっていたようだ。


 初手のオライオン・キャノンからの間接射撃でHPをごっそり削られていた事を考えれば充分に善戦したと言えるだろうし、他の機体を始末するまで少年の紫電改を拘束し続けてくれていたと考えれば十二分に役割を果たしてくれたと考える事もできよう。


 結果的には今回の試合の最終盤、彼我の兵力差は3対1。

 こちらもだいぶHPを削られているが、敵紫電改のHPはあと1発の被弾も耐えられないほどに削られている。


「あ~……、痛いの嫌なんでコックピットから脱出して良い?」


 さすがに子供といえどもこの絶望的な状況は理解できたのか先ほどの喜びに満ち溢れた声から一転、瞬時にして諦観しきった声になった少年への返答はクリスさんのアサルトカービンの連射によってなされた。


勝利!!

勝利報酬    600,000(プレミアムアカウント割増済み)

修理・補給   153,400    

合計      446,600


バトルアリーナ勝利数 2






 第2試合終了後、私たちが迎えの輸送機でチームガレージに戻ると、すでに先にガレージバックしていた中山さんとユーザー補助AIたちが出迎えてくれた。


「すいません。やられてしまいましたわ……」

「ううん。十分に良くやってくれたと思うわ。それにサンタモニカさんが撃破されたのは貴女だけの責任ではないと思う」

「それじゃ、また整備待ちの間は反省会といこうか?」


 第1戦目とは違い、先の戦闘では私も前線に立って機体を振り回していたせいもあって体中が汗ばんでツナギ服が肌に張り付くようで不快である。


 整備待ちの間にメディカルポッドにでも入りたい気分ではあるが、「勝って兜の緒を締めよ」という事なのか、ヒロミチさん自身も額や首回りが汗でテカっているというのにリフレッシュはまだ早いという。


 実際、今回のイベントでの戦闘はまだ2戦目。

 チームとして、チームメンバーとしての個人として修正できることはとっとと突き詰めていかなければいけないというのも分からないではない。


「え~……。シャワー代わりの機械があんだろ? 使わせてくれよ……」

「あら? このパイロットスーツは汗をかいてもインナーが吸ってくれるし、あまり不快な感じはしませんわよ?」


 私やヒロミチさんと同じく安っぽい初期配布のツナギ服を着ているクリスさんが不満の声を上げるが、中山さんがまあまあと宥める。

 彼女とその補助AIであるトミー&ジーナの兄妹はロボットアニメとかに出てきそうなウェットスーツのようなパイロットスーツを着ているのだが、どうやらパイロットスーツにはGへの耐性を高めてくれる効果の他に発汗や体温による不快感を抑えてくれる機能があるようだ。


「まあまあ。とりあえず今回の反省会の議題というか、1つ気になる事があるのだけど……」


 皆でクリスさんを宥めながらも私たちはマモル君やトミー君、ジーナちゃんたちが差し出してくれる大判のウェットティッシュで汗をぬぐい、ボトル入りの麦茶で乾いた喉を潤しながらも半ば強引に反省会の流れへと持っていく。


「おっ、良いね。なんでも気付いたことがあったら言ってくれよ」

「今回の戦闘もそうだし、前回の戦闘でもそうだったんだけどチーム戦って連携って大事だな~って。で、今回の対戦相手を見て思ったんですけど……」

「うんうん。倒されるために用意されてる敵性NPCと違ってPvPってのは同じプレイヤーが相手なんだし、楽に勝つには連携の精度を高める事と、敵の連携の穴を突く事が大事だからね……」


 たった今まで眉間に皺を寄せて大袈裟に騒いでいたクリスさんもさすがは元一流のゲーマーだけあってか、私が話を切り出すとウェットティッシュで汗を拭いながらも真剣な目をこちらへと向けてきていてくれていた。


 先の戦闘で1人だけ被撃破の憂き目を見ていた中山さんも真面目な目付き。


 ヒロミチさんも私が話しやすいようにと話の本題に入る前から賛同の意を表してくれている。


「はあ? あのガキどもに見習うべき点があると? それとも反面教師としてかい?」

「まあまあ、クリス。とりあえずは最後まで話を聞いてみようぜ。チームメンバーがどんな事を考えているか、どういう性格なのか。そういうのを知るのも大事だろ?」

「私もそう思いますわ」


 実の所、クリスさんが疑念の声を上げるようにキャタ君たちのチームで見習うべき点はそう多くはない。


 彼らの戦術が劣っているというつもりはないが、そもそも私たちのチームとは構成が大きく違いすぎているがために真似のしようが無いといったほうがいいだろう。


 精々、彼らの思い切りの良さは長所だとは思うが、それは彼らの幼さと表裏一体のオリジナリティーであって、私たちが真似して良い方に転がるようなものではないような気がする。


 それでもキャタ君たちのチームに真似してみたい点がまるっきり無いというわけではないのだ。


「彼らのチームは機種からしてまるっきりバラバラの構成でしたけど、どこか統一感があるように私は感じていたの……」

「うんうん」

「で、気付いたんだけど、彼らのチームの機体って肩にエンブレムが描かれているじゃない? ああいうのって良いわよね……」

「あ、あれ……?」


 F-15は別として、キャタ君たちのチームは機種の陣営もカラーリングもバラバラ。その辺は私たちのチームと同様だというのに彼らの機体の肩部装甲には同じエンブレムが描かれていたがためにチームとしての統一感が演出されていたのだ。


 青地に古風な木の杖とエンブレムを取り囲むかのように丸くなって自分の尾に食らいつかんとしているかのような蛇。


 正直、私には杖と蛇にどのような謂れがあって、なんでそれをキャタ君たちが自分たちの標識としているのかは分からなかったが、なんかカッコイイ事しているのには違いがないだろう。


「なるほどね。それは盲点だったな……」

「まあ、それは素敵でごぜぇますわね! そういう事なら是非、私たちも……」

「あれ? それって反省会で語り合うべき事かい?」


 クリスさんは得心したようにしみじみとゆっくりと頷いてみせ、中山さんも顔の前で手を絡み合わせて目を潤ませる。


 ヒロミチさんだけは何故かあんぐりと口を大きく空けていたが、私としては妙案を言ったつもりなのだけど、一体、彼は何が不満なのだろうか?

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