35 サンクチュアリの子供たち

 砲撃を避けるために移動を開始した私たち。


 中山さんの機体はすでにHPを3割近くも失っていることもあり、彼女の紫電改の前に私が、その後ろをクリスさんがマモルという形で廃墟の中を進んでいく。


 中距離支援という役割を持たされているとはいえニムロッドはバランスタイプの機種。

 不測の事態の時には融通が利くというのも利点である。


「……マズいな。さっきの榴弾の至近弾で左の脚部増設スラスターの推力が上がらない」

「それならヒロミチさんも私の後ろに」

「そうだな。任せた」


 本来ならば私たちに先行してヒロミチさんの烈風がその機動力をもってこれから向かう先の脅威を事前偵察してくれるハズであった。

 それができないとなると私たちの戦術は根本から崩れ去ってしまったといっても過言ではない。


 幸いにも烈風の損傷したスラスターは完全に機能を喪失したわけではなく、機能低下で済んでいたために私は彼を後方に配置する事を提案。


 スラスターの損傷で加速が弱くなって速度を上げるのに時間がかかるのならば、いざという時は後方から加速する時間と距離を用意しておこうという配慮だ。


 ヒロミチさんの烈風はランク3の機体という事もあり、私たちのチームの中でもっとも打たれ弱い。


 だが彼の烈風が装備するガンポッドはランク5の武装である。

 速度を上げられる加速域を用意してあげられれば十分に一撃離脱戦法を取れるハズ。


 もっとも私の後方からゆっくり加速して速度を上げてきたとしても左右旋回やブレーキングで減速してしまえば再び速度を上げるのには時間がかかってしまう。

 そういうわけで効果は限定的だろうが、現状では最善手ではないだろうか?


「いつ接敵してもおかしくはない。なにしろ向こうは上空のF-15がこちらの位置を伝えているんだろうしな」

「ライオネスさんのライフルで落とせませんか?」


 中山さんの言葉に私も敵戦闘機をロックオンしてみようと試みてみるものの、高度12,000mもの高空を悠然と旋回し続ける大鷲は私のライフルの射程外。


 砲身の長い私のバトルライフルでロックオンできないのならば他のメンバーの火砲で狙い撃てないのも当然。


「……駄目ね。多分、向こうもそれを狙ってあんな高いトコを飛んでいるのだわ」


 いつ敵と出会ってしまうか分からない緊張感に堪えながらゆっくりと歩を進めていく私は曲がり角に辿り着くたびに停止し、正体メンバーが合流するのを待って前進を再開という事を繰り返す。


 一応は敵チームが降下したポイント兼先ほどの砲撃が来た方向を目指しているのだが、敵が上空からの偵察情報を得ている都合上、敵は迂回して私たちを後方から襲撃してくる事だって十分に考えられるために前も後ろもどちらも気が抜けない。


 再び十字路にさしかかり機体を廃墟に隠しながらチラリとライフルだけを陰から出してみるものも反応はない。


 中山さんの紫電改がニムロッドのすぐ傍らまできたのを確認して今度は機体の頭部だけ出してメインカメラで向こうを確認してみるも敵の姿は無かった。


 さらに中山さんの後ろにクリス機とヒロミチ機が来たのを確認してから私はニムロッドを前進させる。


 その繰り返し。


 だが幾つ目かの十字路にさしかかった時、廃墟の陰からチラリとライフルを出した時、ボン! という軽い砲声とともに濛々とロケットの噴射音が聞こえてきて大口径のロケット弾が飛んできたかと思うと私のいる側とは道路を挟んで反対側の廃墟へと着弾して大爆発を起こした。


「いたっ!? 各機戦闘準備」


 敵との遭遇を告げる私の声に小隊メンバーが反応を返す前にオープンチャンネルの通信音声が入ってくる。


「対戦よろしくさ~!!」

「その声、沖縄弁、キャタピラー君!?」


 思わぬ知り合いの声に面食らった私であったが、私たちの目の前に姿を現したのは難民キャンプでの戦闘を共にした少年の機体ではなかった。


 プロテクターを着用したアメフト選手を思わせる重厚な機体。

 肩には短砲身ながらも大口径の砲を左右に担いだ紺と灰で塗られた機体が曲がり角から飛び出してきて手にしたショットガンをフルオートで私に発射。


 あるいはここで回避行動を取っていれば全てとは言えないまでも大半の弾は避ける事ができただろう。


 だが私のすぐ後ろには中山さんの紫電改がいる。

 すでにHPの減っている紫電改が攻撃を受けるくらいならばと私は敢えて横殴りの暴風雨のような散弾の連射を自分の機体で受けていた。


「敵と慣れ合うなッ!! どうせ大した付き合いのある相手でもないんでしょ!!」

「え~! 折角、知り合いと再会したんだから喜ぶべきさ~? “いちゃりばちょ~でぇ~”って言葉もあるし」


 このアメフト選手風の大砲を担いだ機体のパイロットもわざわざオープンチャンネルの通信で言ってくるあたり、「敵と慣れ合うな」という言葉はキャタ君だけではなく私に対しても向けられたものらしい。


 私よりもさらに若い、中学生くらいの年頃を思わせる少女の声に対してキャタ君はのんびりとした声で返すものの、アメフト選手風の機体の後ろから続いて姿を現したアマガエルのような鮮やかな黄緑色のズヴィラボーイは私に向かってその手にしたバズーカ砲を向ける。


「き、君は『行き違えば兄弟』とか言いながら他人ヒトに大砲向けるのか!?」


 バズーカがニムロッド目掛けて発射される。


 距離が近すぎてCIWSでの迎撃は間に合わない。


 幸いにもキャタ君のズヴィラボーイはアメフト選手風の機体を避けるようにして射線を作ってきたために私が避けても中山さんの機体には当たらないだろうと私は尻もちを付くくらいの勢いで腰を落としてロケット砲弾を回避。


 大爆発とともに私の頭上に降り注ぐ瓦礫の雨が視界を塞いでいく。


 中山さんがサブマシンガンの連射でアメフト選手風を牽制するもののズヴィラボーイはバズーカを下ろして腰を落としたニムロッドへと向けた。


 だがそんな私とキャタ君との間に割り込んできた紫色の機体があった。


「クリスさん!? そのズヴィラボーイは……」

「クリス! 避けろ! その機体はワンパン仕様だ!!」


 私とヒロミチさんの制止を無視してクリスさんのカリーニンは飛び込みながら拳銃を持った腕を振り上げてズヴィラボーイのバズーカを押し上げる。


 だが、キャタ君のズヴィラボーイのダメージソースはバズーカだけではないのだ。


 バズーカが駄目ならばと腰の旋回機構で上半身を振り回しながらズヴィラボーイの右腕が振られる。


 重低音と高音、それから様々な不協和音が入り混じった金属を穿つ轟音。


 キャタ君必殺の杭打ち機パイルバンカーがクリス機の脇腹を貫いていた。


「こん糞ガキャアアアアアアッ!! ゲームなんかしてないで勉強でもしてろッ!!!!」


 クリスさんが何とか躱していたのか、それともキャタ君の目測が誤ったのか幸いにもカリーニンはコックピットブロックも主動力炉も無事。


 とはいえ損傷は甚大。

 破孔から飛び出したチューブからはドス黒い機械油が鮮血のように溢れて、千切れたコードは漏電、紫電を迸る。

 ただの1発でHPを半分近くも持っていかれていた。


 そんな事などおかまいなしにクリスさんは叫びながら手にした2丁拳銃をズヴィラボーイへと撃ち込んでいく。


「ひぃッ!? 何なのさ、このオバサン、怖いさ~!」


 まるで組み合うような距離で装甲の隙間に拳銃を押し込んで拳銃を撃ち込んでいく気迫。

 狂ったように叫ぶ鬼気迫るクリスさんにキャタ君も思わずたじろいでしまうほど。


 だが、いかにクリスさんが殺気立っていようと拳銃の弾数が増えるハズもなく、すぐに全弾撃ち切って弾切れとなってしまう。


「クリス、下がれ! 後は引き継ぐ」

「くぅ……、スマン、頼む!」


 何とも悔しそうに歯噛みするクリスさんであったが、さすがは元一流のゲーマーだけあってか、すぐにバックステップとスラスターを組み合わせて後退。


 フレンドリーファイアの心配が無くなってからそこへヒロミチさんのガンポッドの連射が叩き込まれるがズヴィラボーイの装甲はそのほとんどを阻んでいた。


「にゃろう!? コイツも改修キット適用済みか!!」


 ヒロミチさんの言葉に私はサブディスプレーに視線を移すとキャタピラー君の機体は「ズヴィラボーイ・カスタムⅡ」となっている。

 難民キャンプでの戦闘中のインターバルで1個使用された他に、キャタ君はミッションクリア報酬でもらった改修キットを使用していたのだ。


 ランク4相当となったズヴィラボーイのHPは10,800。

 クリスさんの2丁拳銃とヒロミチさんのガンポッドを受けた後でもまだ3,000近くも残っていた。


「いかに装甲が厚くとも、即背面からなら……」

「おっと、そうはいかないぜッ!!」


 ならばと烈風はスラスターを吹かしてズヴィラボーイを回り込もうとするものの、敵チーム最後の1機が姿を現して両手に持ったサブマシンガンで弾幕を張ってキャタ君の背後を守る。


 加速の落ちた烈風では小回りの利く紫電改を巻く事はできないようでヒロミチさんは次々と被弾を重ねていった。


「ヒロミチさん!? 中山さん、この大砲付きは私に任せて!!」

「お願いしますわ!!」


 私もいつまでも倒れたままではいけない。

 私はスラスターを吹かして起き上がりながらビームソードを抜き放ってアメフト選手風へと斬りつける。


「チィ! ショットガンが!? でも、もっとも強力な貴女の機体さえ落とせれば……」


 まるでプロテクターを担いだかのような重厚な機体、オライオン・キャノンは見た目に違わず動きは鈍いようで、私のビームソードを躱しきれずにショットガンを中ほどで断ち切っていた。


 オライオン・キャノンのパイロットの少女はその繊細そうな声とは裏腹に闘志溢れる言葉で果敢にもニムロッドに接近戦を挑んでくる。


 思わぬ乱戦。

 戦術は破綻。

 味方の被害は大きい。

 だが、負けたわけではない。


 私は胸に渦巻く闘志の炎が燃料を注ぎ込まれるが如くに燃え盛っていくのを感じていた。




(後書き)

スラヴァ級巡洋艦の1番艦が沈んだって衝撃よね。

私みたいな30代後半(あるいはもっと上の世代も)のミリオタなら同じような喪失感をきっと感じていると思うの。

まあ、知らない人も画像検索してもらって、なんかやたら目立つ構造物が大型対艦ミサイルですって言われたらイッパツで「こんなん攻撃されたら沈んで当然やん……」って艦なんだけどさ。

それでも、それでもね……。

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