23 やさぐれスロッター

「……マモル君、貴方はしばらくあそこのマンガ喫茶で時間を潰してなさい」


 パチンコ店の前まで来た私たちであったが、ヒロミチさんは「2丁拳銃のクリス」を呼び出してくれるというわけでもなく、こちらから店内にいるクリスさんのとこにいかなければならないようだ。


 さすがにパチンコ店内に十代前半と思わしきマモル君を連れていくのはいくらなんでも教育上よろしくないように思われたので私は道路の向かいにあった店舗を指さして別行動を取る事にした。


「それじゃ、行きましょうか? ところでヒロミチさんはそのクリスさんのこのゲームでのアバターは分かってる?」

「ああ、それは大丈夫だよ」

「ならいいか。うん? 思ったより五月蠅くな……、うわ……」


 マモル君と分かれた私はヒロミチさんと彼の担当であるアシモフとともにパチンコ店内へと入っていく。


 自動ドアが開くと想像していたよりも騒音は無いのかと思った直後、2重になっていた2枚目の自動ドアが開くと私は思わず顔を顰める。


『右ヨ! 左ダ! 中ッ!』

『リ~~~チ! …………ゴメンネ』

『ドフッ ドフッ ドフッ ベコォッ!』


 何百台あるかも分からない大量のパチンコ台やスロット台から流れる無節操な騒音は音の激流となり、球やメダルのジャラジャラとした音と合わさってこれ以上ないほどの不快な協奏曲を奏でていた。


「多分、こっちだと思うんだけど……」


 騒音に負けないように声を大きくしたヒロミチさんに促されて私たちはパチスロコーナーへと入っていく。


 店内のまばらな客たちの内、四分の一ほどは私と同じ深緑色のツナギ服を着ているところを見るとNPCではなくプレイヤーなのだろう。


 だがお目当ての人物はツナギではなくジャージを着ていた。


「この人が……?」

「そうなんだ」


 ファッションブランドが手掛けるようなお洒落系のジャージではなくスポーツ用品店で売っているような控えめに言ってもダサい、いわゆる芋ジャーを着た女性が一心不乱にレバーやボタンを叩き続けていた。


 時折、スロット台の脇のドリンクホルダーに入れているロング缶のストロング系酎ハイをグビりと呷るその視線は液晶画面に向けられたまま動くという事はない。


 セミロングの髪はところどころがハネて本来ならば彼女の気の強さを表しているのだろうが、ジャージ姿で酎ハイを呷りながら死んだ目でパチスロを打っているところからはただ怠惰の象徴であるかのように思えた。


「この人が『2丁拳銃のクリス』……?」

「うん……」


 私はもう一度、ヒロミチさんに確認してみるも彼の答えは変わらない。


 だが、目の前の女性は後ろにヒロミチさんがいて私と話しているというのにそれに気付いた素振りも見せずにただスロット台と向き合っている様子から私は正直、期待外れの印象を受けていた。


 それに彼女のやさぐれっぷりはヒロミチさんの想定以上であったのか、彼は顔をしかめるだけで彼女に話しかける事はない。


 彼の優男風の風貌も相まってか「どうしたものか……」と言わんばかりであるが、そんな事をしていたって何が変わるでもなし、業を煮やした私はクリスさんの左隣の台へと座る。


 周囲の人の見様見真似で手首のウォレットをスロット台脇の機械にかざすと1000クレジットが消費された事の通知とともにスロ台の下部に数十枚のメダルが流れてくる。


 私はメダルを台の投入口へと投入しながら隣に座るクリスさんへと話しかけていく。


「あの、クリスさんですよね?」

「ん? ええ、そうよ」


 急に話しかけられた女性は一瞬だけ驚いたような顔を見せるものの、すぐに瞼も頬も口元も弛緩しきったようにだらしなく緩んで自分が打っている台へと向き直った。


「私はライオネスといいます。今週末のイベントの私たちのチームにクリスさんに入ってもらえないかなって、ヒロミチさんから聞いてきました!」


 私がただ隣に座るだけではなくスロットを打ちながら話しかけたのは、同じ行動を共にする事で相手に親近感を植え付けるという交渉の常套手段からだ。

 レストランや料亭で飲食を共にするのと同じ感覚で始めたのだが、実の所、私は後悔し始めていた。


 なにしろすぐ隣にいるクリスさんに話しかけるにしてもスロ台が五月蠅すぎる。


 チームへの加入を頼みにきてるのに怒鳴り声に近いような大声を出さなければならないって逆効果にしか思えないのだ。


 ついでにいうなら打っているスロット台が私をイライラさせる。

 私もクリスさんも大昔の特撮をモチーフとしたスロットを打っているのだが、ゴチャゴチャと五月蠅いくせに当たらない。


 さらにクリスさんの台が何か騒ぎ始めた時は向こうに悪印象を与えないように黙っておかなければならないし、そのクリスさんは私の話をろくに聞いているとは思えないのだ。


 ただ私がヒロミチさんの名前を出した時だけはクリスさんもチラリと後ろを振り返ってヒロミチさんがいるのを確認したが、かといって何かを彼に言うでもなく、すぐにスロ台へと向きかえってレバーやらボタンやらを叩くのを再開という有様。


 そうこうしている内に私が1000クレジットで購入したメダルはあっという間に無くなり、再びウォレットをかざしてメダルを購入してスロ台へと投入していく。


 それがまた私をイライラさせるのだ。


 私の感覚からするとこのゲーム内の1クレジットは現実世界の日本円に換算すると10円くらいだと思っている。

 現実世界で一皿100円の回転寿司チェーンがこのゲーム内世界だと一皿10クレジットなのだからそんな間違ってはいないだろう。


 つまりあっという間に消えた1000クレジットがあれば私とマモル君でお安い焼肉店ならたらふく食えたハズなのだ。


 それが良く分からないハズレ演出を見るために消えてしまった。


 そんな後悔しきりの私とは裏腹、同じように、いや慣れのせいか私以上のペースでメダルを浪費していくクリスさんは何の感情も無いかのように両手を動かしていく。


 光と音で脳味噌を焼かれているのか?


 アシモフのようなロボットですらスロットを打たせたらクリスさん以上の反応は見せるだろうと思いながらも私は粘り強く交渉を続けようとするものの、当のクリスさんの反応はつれないもの。


「イベントねぇ……。興味ないなぁ……」

「いやぁ、クリスさんもパチスロ打つのにクレジットが必要じゃないですか? イベントって結構クレジットも手に入るみたいっスよ? なんなら上位入賞した時の景品の『改修キット』とか私やヒロミチさんにクレジットで売ってもいいと思いますし……」

「貴女ねぇ。見る限り若いけど学生さん?」

「ええ。そうですけど」


 そういうとクリスさんは深い溜め息をついた。

 打っているスロ台は別に大きな演出があって外したわけでもないというのに溜め息をついたという事はそれは私に対して向けられたという事だろう。


「学生さんなら、他にもっとやる事があるだろう?」

「……クリスさんも学生時代はゲームで鳴らしていたと聞きましたが?」

「私はあくまで暇潰しでやっていただけよ。ちょっとそれに結果がついてきたからって誤解しないでほしいわね」


 確かにゲーム漬けの学生生活というのも他人の口から語られると自分でも反論しづらいが、かといってVRロボゲー世界のミニゲーム的な要素であるパチンコ屋に入り浸っている人に言われる義理もないだろう。


「暇潰しで結果を出せたのなら、今はもっと暇なんでしょう? 仕事をクビになったばかりと聞きましたよ?」


 私の口からそんな棘のある言葉が出てのは様々な苛立ちからであった。


 クレジットを飲み込み続けるスロ台。

 煮え切らない隣の席の女。

 イベント直前だというのに未だ決まらないチームメンバー。

 再戦の目途すら立たない白いHuMoとあのプレイヤー。


 正直、そんな諸々の苛立ちをクリスさんに向けるのは自分でもお門違いだと思い「やっちまった……」と後悔するが、意外にも彼女は緩んだ口元で笑みを作っていた。


「クビっていうか、『自分から辞表を書けば退職金はくれてやる』って形なんだけどね。お役人さんのメンツをつぶしちゃったからしょうがないっちゃしょうがないんだけどさ……」

「え……? そんな話、聞いちゃって大丈夫ですか?」

「平気よ。そんなわけで今は退職前の有給の消化期間ってわけ。まっ、暇なのは違いないわね」


 お役人さんのメンツを潰す……?

 彼女は一体、何をやらかして退職せざるを得なかったというのだろうか?


 気にはなるが、聞いてはいけない話ではないのかという思いも同時にある。


 そんな私に助け船を出すかのようにクリスさんが打っていた台が今までとは一転して騒々しくなっていく。


 今までだって十分に五月蠅かったというのに、まだ上があるというのか? というほどに様々な効果音が重なって、台の枠は内部に仕込まれたLEDによって七色に輝き、台の上部からはスピーカーが飛び出してきて立体音響で嫌が応にも期待感を盛り上げる。

 さらにはホログラフィーで作られた杖を持った赤い特撮ヒーローが登場。


 液晶画面内ではいわゆるスーパーリーチというヤツなのだろうか?

 これでもかというくらいにド派手な演出と共に敵が出現。赤いヒーローと戦いが繰り広げられて、その画面がスローモーションになると台の枠からヒーローが持っている杖と同じデザインの玩具が飛び出してくる。


『魔杖デモンライザーを押し込めぇぇぇぇぇッッッ!!!!』


 これにはさすがにクリスさんの目にも生気が戻り、彼女は玩具に手を伸ばすとそれを一気に台枠へと押し込む。


 スカッ……。


 何事も無かったかのようにスロ台は通常状態へと戻っていた。


「え……? 今ので外れる……?」

「いや、知りませんよ?」


 七色に輝いていた台枠もいつの間にか白くなっていて、飛び出していたスピーカーもゆっくりとひっこんでいく。


 正直、隣で打ってる私としては妙に安心していた。

 あそこまで派手な演出が出ても外れるのなら、私も当たらなくて当然だと納得させられてしまっていたのだ。


 ガコ~ン!


 私が打っている台が第一ボタンを押すと同時に暗くなる。

 そんな演出は初めてみるが、台枠は白いままだし、スピーカーユニットも出てこない。


 つまりは今回も外れるのだろうと続けて第二、第三ボタンも適当に押す。


 ガコ~ン!

 ガコ~ン!


 3つのリールの全てが消えるもやはりド派手な演出は来ない。


 それどころか液晶画面もリールも台枠もすべての灯りが消えて真っ暗。


「はいはい、次、次! ……あれ? レバー壊れた?」

「おっ!? フリーズじゃん! プレミアだからラッシュ確定!」


 押し方が弱かったかと2度、3度とレバーを押すも反応は無い。

 台が故障したのかと思っていると、隣のクリスさんが体を斜めにしてこちらの台を覗き込んでいた。


 やがて真っ暗だった液晶に映し出されたのは髑髏だった。

 髑髏を模した仮面の病的に細い怪人。


 さきほどクリスさんの台に出てきた杖を持った赤いヒーローが主役なら、この黒い怪人は敵役か?


 主役でも外れるならコイツでもどうせ外れるのだろうと思っていると液晶の中の怪人は跳び上がってまるで液晶画面をブチ破るかのような跳び蹴りを繰り出し、次の瞬間には黒い「7」が画面の中で3つ揃っていた。


 それと同時に今まで入力を受け付けなかったレバーが動作を再開し、リールが回りだす。


「目押しできるかい?」

「なんスか? 目押しって……」

「んじゃ、ちょっと貸しな」


 そういうとクリスさんは私の台のボタンをタイミングを見計らってポンポンと押していくと液晶画面に表示されていた黒い7が横一列に揃っていた。


「んじゃ、後は適当に打ってればいいよ」

「はぁ……、どうも……」


 確かにそれからは騒々しいBGMが流れる中、何をしなくともボタンを押す度にベルやらチェリーやらカッパがそろってジャラジャラとメダルが台から出てくる。


 当たった事は分かるがよく分からない。

 こんなんによく夢中になれるなと思っているとボーナスとやらは終わったようだが、ナントカラッシュというものに突入したようでほとんどメダルが減らない状態になる。いや、ちょろちょろと増えているのか?


 そうこうしている内に再び、今度は赤い7を3つ揃えろと指示が出てクリスさんに揃えてもらい、その際に彼女の台を見てみるといつの間にかその台も当たっていたようでボーナスの消化中であった。


「おぅ、ヒロ! ドル箱持ってきてくれ!」

「あ、すいません。私の分もお願いします」

「……ミイラ取りがミイラになった件」

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