24 居酒屋にて

 それから2時間ほど私たちの台は出っ放し。


 さすがに煌びやかに点滅し続ける台枠のランプを見ていると気持ちが悪くなってくるぐらいなのだが、貰えるモンは貰っていくという性分のために途中で帰るという選択肢は無い。


 結局、台が静かになった後でメダルを計数機に流すと私は5,000枚ちょい、クリスさんも4,400枚ほどの出玉となっていた。

 それを換金してウォレットに入れると10万クレジットほどになる。


 そら現実でも夢中になる人もいるハズだと思いながら、一息ついてクリスさんと話をしようと思っていたら、上機嫌になった彼女は私とヒロミチさんを居酒屋へと連れ込んでいく。


「ぷっはぁぁぁ! VRの世界で良いと思うのは後腐れなく酒を飲めるって事くらいだわな!」


 霜の降りたキンキンに冷たいジョッキで生ビールを呷ったクリスさんは最後の大連チャンもあってかウキウキのハイテンション。

 長い髪のハネたところが頭を動かすたびに揺れている。


「飲んでるか~!? え~……、なんだっけ?」

「ライオネスです……」

「ハハ、そうだった、そうだった」


 生憎と私は未成年だし、いくらゲームの世界の中とはいえ飲酒の趣味は無い。

 だがクリスさんをチームメンバーに誘いにきている身であんまりつれない態度を取るのも躊躇われたためにノンアルコールの酎ハイレモンでお茶を濁していた。


 まあ、別に美味いものではないが、味と脂の濃い酒の肴に合わせるには向いている味といったところか。


 そんな私の酒の席にノリきれない様子など見えていないかのようにクリスさんは隣の席の私の背をバンバンと叩いてくる。


 ヒロミチさんは彼女の知り合いだというのなら上手く彼女を制御してほしいのだが、生憎と彼は私たちの向かいの席でチビチビとビールを飲みながら枝豆に手を伸ばしているくらいだ。


「ところでクリス、話は戻るのだけど、ライオネスさんがパチ屋で言ってたイベントの件なのだけれど……」

「うん? そういや、なんか言ってたっけ」


 だがヒロミチさんはしばらくしてクリスさんのお腹がそれなりに埋まってきた頃を見計らってから切り出す。


 正直、私としてはそれまでに散々に私たちが打っていたパチスロ台の話やらクリスさんが現実世界でどうこう頑張ってきたかの自慢話を聞かされて辟易していたのだが、ヒロミチさんは上手くタイミングを見計らっていたらしい。


 確かにゲーム内時間で5時間も食事も取らずにスロットを打ち続けてきたという話も聞いていたし、空腹で気が立っている時に話を聞かされたら上手く纏まる話も纏まらないのかもしれない。


 それから私とヒロミチさんは二人がかりで今週末のイベントの説明を行うと、クリスさんもジョッキを手に持ったままながら驚くほど大人しく話を聞いてくれていた。


「ふ~ん、確かにクレジットが無きゃパチ屋にも行けないしなぁ……」

「そうですよね! その辺はクレ稼ぎと割り切って今週末だけでもお願いできませんか?」

「でも一つだけ聞かせてくれよ。お前ら、ゲーム内のイベントで良い成績を収めて現実リアルに戻った後で虚しくならない?」


 クリスさんは鶏軟骨の唐揚げをまとめて口の中に放り込んでゴリゴリと噛みしめてからビールで流し込む。


 それは私たちに見せつけているかのようでもあり、彼女の赤い唇は脂でギットリとテカっている。


 私はビールは飲んだ事はないのだが、私が飲んでいる酎ハイと同じように口の中の脂をサッパリと洗い流してくれるようなものなのだろうか?


 もし、そうなら軟骨の唐揚げの食感やら濃い目の味やらがビールを飲んだ後にさっぱりと無くなっているというのはゲームと現実の暗喩なのかもしれない。


「ええと、これがクリスさんの問いの回答になるかは分からないですけど……」

「うん、良いよ。聞いてあげる」

「私だってゲームのプログラム相手ならその内、虚しくなってくると思うんです。でも、このゲームの敵はAIが担当しているNPCだけじゃない。私と同じく現実のどこかに確かに存在しているプレイヤーが敵って事もあるんです」


 私の言葉を聞くと、クリスさんはジョッキに口を付けたまま納得したような顔を見せてくれた。


「だから今週末のイベントはただの通過点に過ぎません。イベントの報酬で強くなって借りのあるプレイヤーとの再戦に備えるつもりでいます」

「え~、でも、やっぱりそれって虚しいだろ? イベント報酬で自分だけ強くなって前に痛い目見せてくれたヤツにやり返すだなんてさ!」

「いや、少なくともライオネスさんと俺はイベント報酬で戦力をいくら整えたところで『ズルく』はならないんだよなぁ」

「はあ?」


 そこでキリッと射すくめるような目をしたヒロミチさんが言葉を差し込んでくる。


「俺たちが『借りを返したい相手』というのはどれほど良い機体を用意しようとも、いくら良いメンバーを集めようとも戦力過剰になるという事はない。向こうとの戦力差をわずかでも埋めるためといったほうが良いだろう」

「はあ? なんだそりゃ?」


 ヒロミチさんの視線の強さに耐えきれなくなったようにクリスさんは横にいる私へと顔を向ける。


 でも、きっとその時には私もヒロミチさんに負けないくらいに座った目をしていただろう。


「これはお前にも無関係な話じゃないぞ?」

「私たちの敵は『ホワイトナイト・ノーブル』と、その白い機体を駆るプレイヤーなんです」

「…………」


 その白い機体の名を告げた時、クリスさんの口角が歪む。

 怠惰に慣れきって緩んだ頬は張り、私たちと同じような目をするクリスさん。


「……ネットワークで繋がった現実世界のどこかにヤツがいる。か……」


 頭をボリボリと描きながらジョッキに残った黄金色の液体を呷るも、もはやそんな弱い酒じゃ彼女を酔わす事はできない。


 クリスさんはゲームよりも現実だ大事だと言う。


 ならば現実の世界でノーブルを奪ったアイツがのほほんと上手く私たちを出し抜いてやったとほくそ笑んでいるのを耐えられるのか?

 許していられるのか?


「なあ。さっきの話だけど」

「はい?」

「上位入賞の報酬『改修キット』をお前らにクレジットで売るって話はナシだ。それが私がお前らと組む最低条件だ」

「はい!」


 私はクリスさんとヒロミチさんがどのような状況でノーブルとそのプレイヤーに痛い目見せられたかは知らないが、彼女の雪辱に燃える目は本物だと素直に信じられた。


 自分と同じ目をした人を疑うほど私はややこしい性格ではない。


 そして丁度良くその時、独りで特訓中であった中山さんからのメールを受信した。

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