15 狙うは……

私が週末に行われるイベントの告知を見たのは新PVが公開された翌日であった。


 ノーブルとそのパイロットに煽り散らかされた気がして頭に血が昇ってしまった私はその日はそのままログアウトして寝てしまったのだ。


 ところが今日の昼休み、山口さん、中山さんと3人でお弁当を食べていた時に中山さんから新イベントの話を聞いて思いだしたというわけ。


 放課後に帰宅後、すぐにジャージに着替えてからヘッドギアを装着してベッドに寝転んでゲームの世界に潜って告知ページを見る。


「なるほどねぇ。プレイヤー同士で4人のチームを作って戦うPvPイベントってわけね……」


 新イベントの告知ページは現実世界でもスマホなどネット回線が使えれば閲覧する事ができるのだが、わざわざゲーム内世界に来てから見たのは担当補助AIであるマモル君の意見も聞けるから。

 というか、そうでもしなければ文章だけではやってもいないイベントのイメージがつかないのではと思ったからだ。


 ところが告知ページに掲載されいた文章は短いものですぐに内容を理解する事ができた。


「中山さんは賞品が豪華だって言っていたけど、ああ、中山さんっていうのはサンタモニカさんの事ね」

「いや、僕相手ならいいですけど、他のプレイヤーにはそういうの止めてくださいね? でも確かに確かに上位を狙ってみたくもなりますね。ランキング上位に入れば改修キットが入手できるわけですから」


 マモル君が言っていたのはランキング1000位以上の者に配布される「GT-works製改修キット」の事だ。

 姉の話からすると一昨日の難民キャンプでの大型ミッションにおいて改修キットがゲーム内で解放されてしまった事はイレギュラーな事態らしいが、そんな事が起きた週の土日には改修キットをイベントの景品にしてしまうのだから大盤振る舞いと言ってもいいだろう。


 ……いや、むしろ、あの大型ミッションの参加者のみが改修キットを有している現状をどうにかしようという事なのだろうか?


 まあ、その辺の運営の思惑はさておくとして、私が狙っているのはそれではない。


「いやいやマモル君、狙うならランキング100位以内の『BA1HuMo交換チケット』でしょ? ランキング100位以内って事は同時に1000位にも入ってるんだから改修キットも一緒にもらえるでしょ?」


 私の言葉にマモル君は過去にβ版で行われていたイベントの情報を探して、条件を満たしていた場合には商品を重複して獲得できるという事を確認してくれた。


 ランキング100位以内に入ればHuMo交換チケットと改修キット、さらに500万クレジットを同時に獲得できるという私の予想は正しかったというわけだ。


「いや~、でも100位以内ってキツくないですか? 100位以内にギリギリで入れなくて落胆したり、あるいは100位以内に入れてもそれで燃え尽きてしまってゲームを止めてしまったりしないか心配ですよ。お姉さんにはせめて来月まではこのゲームを続けてもらいたいですからね」


 マモル君はそのゆで卵のようなツルツルお肌の顔に皺を作って本気で私を心配してくれているようだった。


「一応、聞いておくけど、なんで『末永く』じゃなくて『せめて来月』なのかしら?」

「来月にはマンガ版『敵機戦線ジャッカル』の3巻が発売されます」

「……しばらくはこのゲームを続けるつもりだから安心しなさい」


 というとアレか?

 私は女子高生なのにコロンコロンで連載してるマンガの単行本を買い続けなければならないのか?


 昨日、マンガ版1、2巻の電子書籍を購入したのはカーチャ隊長のキャラクターを確認するためだったのだが。


 だが期待しているマモル君の顔を見ると断るという事もできずに電子書籍リーダーを立ち上げて3巻を予約しておくと、それを見てマモル君はニッコニコの笑顔を見せてくれた。

 キャバクラで散財するオッサンたちもこのような気分なのだろうか?


「まあ、それはともかくマモル君は今回のイベント報酬の機体はどう思う? 『BA1HuMo交換チケット』って、頭に付いてる『BA』がバトルアリーナで、1ってのか1回目を意味するなら、今回だけしか手に入らない可能性もあるでしょ?」


 告知ページに添付されている数種類の画像の内、HuMoの全身画像は4枚。


 その内の『ライトニング』は無視してもいいだろう。

 なにせランク2の機体だし、機種名からも分かるとおりサムソン系でライセンス生産された雷電である。

 サムソン系の武装を使えるようにしてランク相応にHPを調整した作業用雷電というところだろう。


「そうですねぇ。そんなシャカリキになってまで手にいれるべきかどうかは疑問ですよね。このゲームのプレ機とかイベント報酬機体とかって性能が尖りすぎててハマれば強いけど、癖が強すぎて人を選ぶ的なところがありますからね」


 通常のショップで購入する機体に比べて、特殊な方法で入手する機体は性能が極端に偏っているという特徴があるのはマモル君が言うとおりである。


 中山さんが乗っている双月も然り。

 双月は長時間の飛行が可能となっている代わりにそれ以外の性能が酷い事になっている。


 今回の商品として入手できる機体たちもその傾向は変わらないようだ。


「ナイトホーク」は夜間ならばステルス機と同等の隠蔽性を持つらしいのだが、そもそもランク6にはステルス機の「月光」がいる。月光ならば昼夜を問わず優れたステルス性能を発揮してくれるし、その脅威は難民キャンプの戦闘で確認済み。


「コアリツィア」は紙装甲に鈍足という敵とマトモに正面から戦えないような砲戦機。

 いや告知ページの画像を見る限りでは紙装甲というのすらおこがましい。なにせ装甲が張られている箇所は極めて少ないのだから、ほぼ非装甲というべきだろう。


 だが私は3種の報酬機体の内、残る1機に惹かれている事をすでに自覚していた。


「この『竜波ルーファー』ってのは、どう思う?」

「ええ? トヨトミ系なのに打撃戦を得意とする機体って、一番のネタ機体じゃないですか? 見てみてくださいよ、コレ!」


 そういうとマモル君は私からマウスを借りてパソコンのディスプレーに映し出している画像を拡大表示させる。


 さらに彼は別のページを開いてから同じく画像を拡大表示して、先に拡大した画像と並べてみせる。


 2つ並んだ画像はどちらもHuMoの手であった。

 1つは「竜波」の手、そしてもう1つは別のトヨトミ系列の機体の手だ。


 見比べてみると竜波の手の方が明らかに大きい。

 他機種の手は機械的なゴツゴツとしたものでありながらも人間の手をそのまま拡大したような手なのに対して、竜波の手はヤンキーマンガに出てくる悪役がたまに付けているような砂袋付きの手袋をハメているかのように大きな手となっている。


「どうって、拳で敵を殴りつける戦法を得意としているのだから壊れにくいように頑丈に作ってあるって事じゃない?」

「いやいや、それはそうなんでしょうけど、この手で銃とか持てると思います?」

「あっ……」


 HuMoが手持ちの銃を使う場合、人間と同じようにグリップを握って、トリガーガードの中に指を入れ、トリガーを引く必要があるわけなのだが、竜波の大きな手でそれができるかどうか。

 グリップを握る事はできてもトリガーガードに指が入れられないだろう。


「まあ、銃だけなら改造すればなんとかいけるでしょうけど、この機体ってトヨトミ系なのに打撃の衝撃に耐えるようにフレームは頑健に作ってあるって事は機動力はやや低いものなんでしょうよ。そのくせ機体サイズはトヨトミ系らしく小型のままって結局は他勢力の機体と正面からぶつかった時は当たり負けしちゃうんじゃないですか?」


 確かに、先のマサムネさんとの戦闘で、マサムネさんは私に距離を詰められないように軽量なトヨトミ系の利点である出足の加速の良さを使って適切な距離を取りながら戦っていた。


 画像を見るに中学生時代の同級生でいた柔道部員を思わせるガタイの良さの竜波は加速の良さとは無縁そうだし、そもそも打撃戦を本分とする竜波にとっては「適切な距離」とは超接近戦なのだ。

 ちょっと敵の動きを読み損なってしまえば正面衝突。

 接触ダメージを食らってしまう他に、大きな隙を見せてしまう事にも繋がりかねない。


 ようするに竜波とはトヨトミ系の弱点はそのままに、長所は消されてしまったような機体なのである。

 その上で与えられた特性がどれほど有効なのか?


 確かに竜波も他の機体たちと同様に報酬機体らしい尖った性能を持たされた機体である事はよく理解できた。


 それでも私は背の低いながらも「今から敵を殴りにいくぞ!」と言わんばかりの機体に魅力を感じざるをえない。


 厚い体に大きな手。

 カメラアイにはバイザーが付き、さらにアメフトの防具のようなチンガード。


 まるでファイティングスピリッツを剥き出しにしたような機体。


 私はしばらく画像から目を離せないでいた。

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