9 獅子の滝
ライフルを捨て、ナイフすらも牽制のために私に投げつけてきたマサムネさんのパチモン・ノーブルが迫ってくる。
左足を潰されているために大地を蹴って加速する事はできず、ただスラスターを全開に吹かして真っ直ぐに突っ込んで振り上げた拳を私に叩きつけようというのだ。
「意気込みは良し。でもね……」
私は装甲で着膨れて重い体をスラスターを吹かす事で機敏に跳ね上げさせる。
大きく持ち上げた右ひざを見ればフライング・ニーで迎撃を試みているように思えるだろう。
事実、マサムネさんは膝蹴りを躱すべく、突っ込んできながら姿勢を落としてみせた。
だが私が狙っているのは単なる跳び膝蹴りではない。
スラスターの左右の推力を調整して体を回しながら、膝蹴りのように曲げていた脚を伸ばしてから体の捻りも加えて振り下ろす。
狙うのはもちろん姿勢を落としたパチモンの首。
さらに、私の
だが、マサムネさんもただされるがままというわけではなく機体を持ち上げられた次の瞬間にはスラスターを吹かして抜け出そうとしていた。
「分かっていたわ! 貴方がそうする性質だっていうのは!」
メインカメラやらセンサー類が集中している頭部を刎ねられたばかりで周囲の状況を把握するのも困難だろうに、マサムネさんはスラスターを吹かして離脱を図る。
不測の事態に襲われた場合、人間の反応は大別して3種類に分かれる。
退くか。
進むか。
その場で立ち止まるか。
私に体を持ち上げられている以上、退くという事はできない。
そして思考停止、熟慮、様子見、いずれの理由にせよ立ち止まってしまえば後は私にされるがまま。
当然ながらマサムネさんはスラスターを吹かして逃げようとするしかないのだ。
だが、それは私の予想どおり。
私の肩の上で脚部やら背部のスラスターを吹かして暴れるパチモンを腕の力で回して向きを180度変える。
首が私の後ろ、足が私の正面を向いていたのが一変、頭が私の正面、足が後ろという形。
後はそのまま赤茶けた大地に真っ逆さまに首から叩きつけてやるだけ。
胴体に遅れて2本の脚がドスンと大きな音と小さな地響きを立てた後はパチモンは動く事はなかった。
私が自身の中に籠っていた熱が引いていく気怠さに耐えながらも最後に一仕事と倒れたパチモンの胸部装甲をむしり取り、コックピットハッチを開けて機外へと出て頬を撫でる風を楽しんだ後で、ついさっきまで戦っていた白い装甲のHuMoの元へと向かう。
胸部装甲を毟り取ったのでパチモンのコックピットブロックは剥き出しの状態。
たった今まで戦闘中であったHuMoは全身が熱くなっていて、登るのに難儀させられたが、なんとかパチモンの胸の上に乗って非常用に用意されている強制開閉ボタンを押すと、ゆっくりとハッチが開いていく。
「ったく、無茶をする。いったい、ありゃあ何て技なんです?」
「変形エメラルド……、いや私にもニムロッドにも緑色要素は無いし……、ライオン・フロウジョンってのはどう?」
「なるほど私の機体を流れ落ちる水に見立てて“
今まで気を失っていたのか、シートベルトをしたままのマサムネさんと私は互いに拳銃を向け合う。
そんなリアルじゃ体験した事もないような剣呑な状況でありながらも二人は笑っていた。
私の新技に半ば呆れかえったように苦笑するマサムネさんに対し、私は見せつけるように満足気に笑って二人の頭上を指さす。
マサムネさんは私に銃を向けたまま私が指さす方へと顔を上げると、一気に表情が変わって「してやられた!」と言い出しそうなくらいに悔しそうな顔を見せた。
私が指さしていたのは頭上の大岩。
倒れたパチモン・ノーブルの傍らに立たせたままのニムロッドが握る大岩である。
もしマサムネさんが銃を撃って私が死亡判定をもらったなら、私と一緒に乗機であるニムロッドもガレージ送りにされ、宙に浮いた岩は重力に逆らう事なく解放されたパチモンのコックピットへと落下してくるだろう。
「はいはい。今日のところは私の負けですよ。また一緒に遊んでください」
「ええ。『
やれやれといった具合に頭を振るマサムネさんが拳銃をホルスターに収めると、私も銃を収めてコックピットから出てこようとするマサムネさんに手を貸してやる。
一仕事を終えた後の気怠さに支配された身には成人男性の体重を引っ張り上げるのは難儀であったが、それよりも私が感じていたのは勝利の余韻。そしてホワイトナイト・ノーブルとの再戦の際に攻略の糸口になるかもしれない小さな、本当に小さな手がかりであった。
いかに強力な機体であろうと、中のパイロットを失神させてしまえば無力化できるというわけだ。
無論、まだまだ課題は多い。
だが暗中模索の状態から一歩だけでも前進したのは事実である。
「……あれ? マモル君は?」
「知りませんよ。ニムロッドのコックピットに戻ってガレージに電話してみたらどうです?」
「ちょ、そんな縁起でもないこと言わないでよ!」
数十トンの巨体が駆けまわり、数多の砲弾が着弾した試験場は穴ぼこだらけ。
これは冗談抜きにガレージバックしてしまったのかもしれないと、どうやって私の担当AIのゴキゲンを取ろうと考え出した頃だった。
遠くで倒れている雷電陸戦型の解放されたコックピットからトミー君とマモル君がこちらに向けて大きく手を振っているのが見えたのは。
どうやらマモル君はトミー君の機体のコックピットに入れてもらって難を逃れたようである。
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