8 超越感覚
「……どう? 楽しめているかしら、マサムネさん?」
ふんぞり返って腕組みするニムロッドから入ってきた通信にマサムネは思わず肌が粟立つような薄ら寒さを感じる。
その声はマサムネも知るライオネスのものであり、声自体は自信に満ち溢れた少女のそれであって恐怖を感じさせるものではなかった。
その音質が異様にクリアであったのだ。
「鉄騎戦線ジャッカル」のゲーム世界は人類が宇宙に進出した時代の事であり、技術的に現実世界を遥かに凌駕している設定である。
そのような設定の世界の兵器であるから本来はHuMoに搭載されている通信用のマイクは高音質であってしかるべきであろう。
だが設定的にリアルであるよりも運営チームは戦場のリアリティーを優先した。
その結果、HuMoのマイクはノイズがかって若干ながらくぐもったような音質の物となっている。
だがマサムネの耳に聞こえてくるライオネスの声はまるで彼女がコックピット内のスピーカーの位置にいるかのようであり、それがイレギュラーである「CODE:BOM-BA-YE」が別次元の存在である事を示しているかのようで彼の精神の均衡を揺るがしたのだ。
「まだ物足りないですねぇ。もう少し私と踊ってくださいよ」
「あら? 男の人にダンスに誘われるだなんて初めてだわ!」
強者として作られているマサムネの精神構造はたとえ別次元の存在であっても屈するという事をよしとはせず、彼の雷電は腰だめにしたライフルを連射する。
ニムロッドは姿勢を低く落としながらステップを踏むように砲弾と砲弾を掻い潜って距離を詰めていた。
「アッハハハ~! ウチの妹にまで手を出そうとか、マサムネ君もやるっスね!」
「笑い事じゃありませんよ! 攻略の糸口は無いんですか!?」
「あったら最初から教えてるっス!」
接近してくるニムロッドを前に冷や汗をかいているマサムネとは対照的に彼の担当はなんとも愉快そうに笑っていた。
先のカーフキックで破壊された左脚を庇いながら右脚とスラスターで後退しながらも迫るニムロッドになおもライフルで反撃を試みるも効果は無い。
「う~ん、やはり今のレオナちゃんはニムロッドと一元化した事でレーダーやらのセンサー類を第3の目として使っている見たいっスね!」
「自分の身体の感覚でレーダーって、どうなってんですか!?」
「ほれ、このゲームってHuMoの操縦法を脳味噌にインプリンティングするじゃないっスか? その延長線上だと思うっスけど……」
遥か上空で対象の脳波データを観察しながらけるべろすが興味深げにごちる。
具体的にそれがどういう事なのかは分からないが、結果は分かる。
「つまりライオネスさんは目で見るようにレーダーを使い、声帯を震わして声を出すように電波を出し、両手が塞がってても相手に唾を吐きかけるようにCIWSを使うって事ですよね!?」
「ありていに言うならそうっすね!」
結局の所、マサムネの担当であるけるべろすは「CODE:BOM-BA-YE」発動中のライオネスの脳内のデータがそれで満足なのであり、マサムネの勝敗など興味はないのである。
自身の担当が役に立たないと思い知らされたマサムネの操縦桿を握る手に力がこもるが、撃ち続けたライフルの弾倉はあっという間に空になってしまう。
「しまった……!?」
もうニムロッドは目と鼻の先というほどに接近している。
弾倉を交換している暇は無いが、かといって格闘技経験者であるライオネスと一体化したニムロッドに格闘戦を挑むのは分が悪すぎる。
一瞬の逡巡をニムロッドが見逃すハズもなく、両機は激突するかに思われた。
だが激突の瞬間、ニムロッドは雷電IWNの右脇に避けて代わりに雷電の頭部に腕部を押し付ける。
視界を塞がれたマサムネにはそれを見る事はできなかったが、その次の瞬間にはニムロッドの右脚は大きく振り上げられ、そして一気に振り下ろされていた。
振り下ろされた脚が雷電の脚を刈り取るタイミングで頭部に押し当てていた腕を振り抜いて、マサムネの機体は脚部と頭部、それぞれに加わった力によってコマが回るかのような勢いで大地に叩きつけれていた。
「かっはッッッ!?」
「お~、EVIL!! レオナちゃん、あんな技まで使えたんスね。……いや、違うか。体の小さなレオナちゃんには使えなかった技が、ニムロッドと一体化した事で使えるようになった……?」
そして何のつもりか、ニムロッドは雷電の片足を持ち上げてその鋼鉄の身体で雷電を大地へと押し付けていた。
いきなり大地へと叩きつけられた衝撃は耐Gシートを通してもマサムネにダメージを与えていたが、ニムロッドの謎の行動になんとかマサムネは我を取り戻す事ができていた。
「……ったく、妹さんは何してるんですか?」
「見て分かんないっスか? マサムネ君、フォール取られているんスよ」
「はあ!?」
当然ながらこのゲームの戦闘システムにはフォール勝ちだなんてものはない。誰も3カウントを取ってはくれないし、ゴングを鳴らしてくれる者もいないのだから。
「よく考えてみて欲しいっス。なんの説明も無しに自分の身体機能が拡張されて、レーダーやらスラスターやら使えるようになったらどれほどの全能感を感じてしまうか? ただでさえ『CODE:BOM-BA-YE』発動中は脳汁ドバドバ状態なんスからね!」
「はあ? つまりは万能感に酔っているが故のお遊びと……?」
担当の言葉は突拍子もないものでありながらもそう的を外したものではないように思えた。
故にマサムネは半ば呆れかえりながらも、ハラワタが煮えかえるような思いを抱かざるを得なかったのだ。
遮二無二に操縦桿をガチャガチャと前後させ、思い切りフットペダルを踏み絞るとスラスターの力もあって何とか彼の機体はフォールから抜ける。
「あら、今、カウントは幾つかしらね?」
「貴女の流儀だとゴングが鳴っていないのだからセーフでしょう?」
「そうね。ならゴングが鳴らない事を後悔させてやるまでよ!」
ライオネスの言葉が終わらない内にマサムネはバタフライナイフを投擲していた。
ナイフはニムロッドの人差し指と中指の二指に挟まれてダメージを与える事はかなわなかったが、その時にはすでにマサムネは機体を駆けさせていたのだった。
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