6 激昂

 トミー君の雷電陸戦型は股関節を撃たれて脚部を使っての移動能力を喪失した後もサブマシンガンを撃たれて攻撃力を失い、さらに脚部と背部のスラスターも破壊されて完全に動く事ができなくなっていた。

 まだHPこそいくらか残っているものの、いわゆるロボゲー界隈でいうとこの「クソ虫」状態。


 だが、かといって動けなくなった機体をまたがれるだなんて屈辱を受けるいわれはない。


 マサムネさんが私と戦いたいのだとしても、別にそんな事をする必要はないのだ。


 普通に倒れたままの陸戦型を避けてくればいいだろうに、もしくはまだ完全に撃破してしまった方が敵に対する敬意が感じられるというものである。


 それをマサムネさんは私を挑発するかのようにいくらか考え込んだ後、平然とまたぎやがったのだ。


 これが切羽詰まった戦闘の最中だというなら、まだ分かる。そんな事を気にしている場合でもないだろうし、そういう事なら私だって同じ事をするだろう。


 あるいはそういう意味でなら戦闘の中で動けなくなったトミー君の機体が被弾したとしても私はこれほどまでに苛立たなかっただろう。

 流れ弾というやつかもしれないのだし、トミー君を撃破してえたスキルポイントでパイロットスキルを強化して戦局の打開を図りたいのかもしれないのだから。


「もっと、こうした方が分かりやすいですかね?」


 操縦桿を握る私の手の震えを知っているのかいないのか。マサムネさんはパチモン・ノーブルに雷電陸戦型をまたがせた後でその場で高速屈伸運動をしてみせていた。


「野郎ッ!?」


 この半世紀、ネトゲの世界で使われ続けてきた意思表示。

 その素早い屈伸運動を見た瞬間、私の頬は紅潮して自分でも分かるほどに熱を持っていた。


 そして私の右手は握力を鍛えるハンドグリップを握るように全力でトリガーを引いていたし、両足はコックピットの床板を踏み抜かんばかりにフットペダルを踏み込んでいた。


 ライフルを連射させながら同時にスラスターを全開にしてパチモンへと飛び掛かる。

 ビームソードを抜く事すら考えなかった。

 そのまま肩からニムロッドをぶつけて突き飛ばしてころがしてやる腹積もりであったのだ。


「消えたッ!? いや、上!!」


 だがニムロッドがパチモンと激突するかと思われたその瞬間、そこにマサムネさんの機体はいなかった。


 視界に移るのは倒れたトミー君の陸戦型のみ。


 だが、あのパチモンに透明になるだなんて機能は無いハズ。

 そして慌ててコックピットの中で首を左右に振ってみても全周メインディスプレーに白いHuMoの姿は無い。

 ならばと上を見上げた瞬間、バリバリと装甲が砕かれていく轟音と被弾の衝撃がコックピットの中にまで響きわたってくる。


≪被弾! 12,800→12,020(-780)≫

≪被弾! 12,020→11,275(-745)≫


「くっッッッ!?」

「き、気をつけて! トヨトミ系のライフルは小口径な分、近距離では貫通力が高くてニムロッドの装甲じゃ強化されたといってもこの距離では!」

「分かってるわッ!!」


 私は急いで機体をのけぞらせながらスラスターを使って機体を後退させるが、それは悪手だったようでさらに被弾を重ねる。


≪被弾! 11,275→10,525(-750)≫


 マサムネさんは高速の屈伸運動の最中、迫ってくる私にタイミングを合わせて膝を曲げた状態から脚力で跳び上がる動作にスラスターの推力を合わせて瞬間的な大ジャンプをやってのけていたのだ。


 さらに空中を駆けながら地上のニムロッドに対してライフルを発射。

 後退のために機体をのけぞらせた私はかえって被弾面積を増やす結果となっていたわけだ。


 私もただやられているのみではなくライフルで反撃を試みるが当たらない。


 先ほど前後から集中砲火を食らっても回避してのけていたマサムネさんの事だ。

 ニムロッド単機からの射撃など難なく回避できるといったところか。

 バトルライフルの砲弾と砲弾の合間を掻い潜っていく白い機体を見送りながら私は舌打ちする事しかできなかった。


「チィっ!? ……連射レートを上げとくべきだったかしらね?」


 私のニムロッドが装備している84mmバトルライフルは口径が大きいために高い単発火力を誇る。

 だが初期状態では連射間隔が緩慢で、建築現場の釘打ち機を連想してしまうくらいだ。


 これは前回の難民キャンプでの戦闘でも気付いていたのだが、後にマモル君に後方援護用として使わせる事を考えて目を瞑って放置してしまっていたのが裏目に出た形だ。


 マサムネさんの機体が装備する小口径アサルトライフルと近距離での戦いでは明らかに分が悪い。


「ほらほら、そろそろ本気になってくださいよ? 昨日、月光と戦ってた時の方がよほど動けてましたよ?」


 後退する私のさらに背後に降りようとするマサムネさんを狙っての連射も回避され、それからしばらくニムロッドと偽ノーブルはスラスターを使って動き回りながらの射撃戦を繰り返していた。


 バトルライフルの高い単発火力も当たらなければ役に立たない。

 ならばこちらの強みは機体の基本性能の高さ。それ故になんとか互角に機動戦を演じていられたがそれだけでは勝負を決められないのだ。


 後は機体の質量差か?

 パチモンも脚が長くなった時にいくらか質量は増えているだろうが、それでもサムソン製とトヨトミ製の質量差を埋めるまでにはなっていないだろう。


 それ故に向こうは機体ランクが0.5下の機体でありながらこちら以上の瞬発力で機敏に動き回って攻撃を回避し続けられているのだ。


 恐らくは両機が並んで直線距離をよ~いドンで競争したなら最終的な速度はニムロッド・カスタムの方が出せるハズ。

 だが反復横跳びなら向こうに分があるのだろう。


 だが基本性能に劣るパチモンがニムロッドより機敏に動き回れるというのはそれだけ向こうが軽量になっているから。

 つまりは両機が衝突した際はよほどの事がなければニムロッドが当たり負けする事はないハズ。


 マサムネさんもそれを分かっているのか私が距離を詰めようとすると向こうは下がるという事の繰り返し。

 ならば私も距離を取って向こうのライフルの貫通力が距離減衰を起こす所まで下がろうとすると向こうが距離を詰めてくるという事の連続だった。


 なにせいかに優れたスラスター性能があろうと機体の重量がダンチなのだ。

 どうしても出足の速度は向こうの方が出る。


 どう考えても戦いの主導権は向こうに完全に握られている。


「どうしました~? お腹でも痛いんですか~?」

「クソっ! いいように言ってくれちゃって!!」


 私が機体を振り回すGに体をシートに押し付けられながら額に脂汗を浮かべているというのに、対してマサムネさんの声は暢気なもの。


「ちょ、挑発ですよ!? 熱くならないで!!」

「……分かってるわよ」


 うわずったマモル君の声になんとか私は冷静さを僅かに残していたが、そうでもなければ奇声を上げてサブディスプレイに両手を叩きつけていただろう。


 それからも私は前後左右に機体を動かし続け、ここだと思った瞬間にトリガーを引くも命中弾を得られずに無為の時間を過ごしていた。


 幾度かの被弾を重ねて残りHPは8,000を切っている。


「お願いですよ~! 舐めプは止めてくださいよ~!」

「舐めてるのはそっちでしょうがッ!!」

「私はね~、昨日の貴女の戦いぶりを見て、貴女と戦いたくなったんですよ? そのためにちょっと無理もしてきたのに。私、泣いちゃいますよ~?」


 確かにマサムネさんが言うように昨日、月光と戦っていた時のような集中力は未だに発揮できていない。


 体は熱を帯び、私の胸の内で渦を巻く炎となった闘争心はまるで出口を求めて暴れているかのようだ。


「そう……。なら1つ、マサムネさんにお願いしてもいいかしら?」

「なんです?」

「タイムをくれない?」

「タイム? 休憩ですか?」


 恥も外聞もない戦闘中の相手にタイムを求める。

 ふと思いついて口から出た言葉であったが、私はなんとしてもマサムネさんをブチのめしてやらねば気がすまないのだ。


 そのためならばどんな手だって使ってやる。


 機体の動きは未だに止めないものの、私の言葉に銃を天へと向けた偽ノーブルに

 言葉を続ける。


「休憩ってわけでもないんだけどね。マモル君を機体から降ろしたいの。子供がいたら思い切り機体を動かせないわ」

「ああ、そういう事なら良いでしょう。どうぞ、どうぞ!」


 そういうとマサムネさんの機体は銃から弾倉を外してハードポイントに取り付けてみせる。


「え? え?」

「そういう事だから悪いけど、マモル君、降りてくれない?」

「それはいいですけど……」

「降りたら急いで戦場から離れてね」


 私が言ったのは方便に過ぎない。

 私はただ押されムードの空気を入れ替えて深呼吸がしたかっただけなのだ。


 私が機体を止めて、コックピットハッチを開放するとおずおずとながらマモル君が後席から出て来て乗降用のウインチ付きワイヤーの先端に足をかけてコックピットから降りていった。


 解放されたハッチからは外の空気が風となって私の熱くなった頬を撫でていく。


 これまで散々に巨大ロボットが駆けまわっていた戦場の風だから土っぽく焦げ臭いものであったが、それでも外の風は心地良く私は存分にクールダウンする事ができていた。


 これならば十分に冷静さを保ったまま戦う事ができそうだ。

 今ならば先ほどと同じような展開になっても膠着した状況をひっくり返す事だってできそうだ。


「待たせたわね。それじゃマモル君が十分に離れたら再開しましょうか?」

「いけませんねぇ~……」


 存分に気分転換をはかった私はコックピットハッチを閉めて白いHuMoと向き合う。


 だが何故かマサムネさんの声は不満げである。


「もっと熱くなってくださいよ? なに若いのにクレバーに戦おうとしてるんです? かつてとある偉大なテニスプレイヤーは言ったそうですよ? 『熱くなければ人生じゃない』って……」


 そして不満たらたらのマサムネさんは急に名案を思い付いたかのように声を弾ませたかと思うとライフルに新しい弾倉を装填した。


「ほら、これならどうです? もっと熱くなれよ! 熱い血燃やしていけよ! 人間熱くなった時が本当の自分に出会えるんだ! だからこそ、もっと熱くなれよ!!」


 マサムネさんの白い機体のライフルが向けられた先は私、ではなかった。


 マモル君である。


 マサムネさんの機体から送られてきた映像データに写るのは大砲のようなライフルを向けられて体がすくんでしまったのか立ち止まって怯える少年。


「これね、私の機体のライフルの照準器が映した映像なんですよ?」


 その声を聞いた瞬間、私の中で渦を巻く炎はその行き先を見つけていた。


 スラスターを吹かして一瞬で距離を詰めたニムロッドは白い偽物の顔面にその拳を叩きつけていたのだ。

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