24 陽炎
退去通告の期限まで後3分。
すでに私は陽炎のコックピットに乗り込んで格納庫の装甲シャッター手前まで移動していた。
シャッターの脇には子供たちが両手を振って出撃していく者たちを応援している。
いざ戦闘となれば格納庫の中にミサイルが飛び込んでくる可能性だって十分にあるわけで、自動小銃や携行ミサイルランチャーを担いだ歩兵役のNPCが子供たちに下がるように促すも、いまだここが戦場になるという現実感が薄いのか、あるいは施設の職員である顔馴染みのNPCたちがヘルメットやボディーアーマーを着込んで銃器を持っているという光景が珍しいのか子供たちは後退させようとしてくる歩兵たちにすら目を輝かせている始末。
「隠顕式トーチカ展開、及び装甲掩蔽壁展開せよ!」
「了解、ご武運を!」
作戦室をも組み込んだ部隊間通信によりゾフィーが防衛設備の展開を命じる。
時間ギリギリまで防衛設備を稼働させなかったのは敵に迎撃の意図を悟らせないため、だが逆に施設の至るところから砲座が出現し、全高16メートルの巨人であるHuMoがすっぽりと身を隠す事ができる壁が出現しだしてはいつ敵の攻撃が開始されてもおかしくはない。
「なあ、マーカス、やっぱりお前が陽炎に乗った方が良いんじゃないか? お前は何だってできるような奴なんだし、戦いながら指揮を執る事だってできるだろ?」
はっきりいってしまえば私は臆病風に吹かれていた。
別に500機以上の敵が怖いわけではない。
怖いのはトイ・ボックスを敵の手に奪われてしまった時、子供たちが仮想現実の世界に逃げる事もできずに現実の世界で病魔の苦痛に苛まれなければならないという事が恐ろしいのだ。
だったら陽炎をもっとも効率的に使う事ができるであろうパイロットに機体を任せて自分は身を引くというのも十分、現実的な選択肢に思える。
「大丈夫、大丈夫! 仲間を信じろよ」
私の気も知らずにマーカスはのんびりとした声で答える。
すでに私の操縦桿を握る手は手汗でびっしょり、出撃を待つ時間をじっと待つというのが耐えられずに何度も射撃のオートモードが高い命中精度を期待できる狙撃モードになっているのを確認していた。
4本の腕に肩部アーマー内のVLS、胸部の大型ビーム砲と多数の火器を持つ陽炎はミサイルなどの迎撃に用いるCIWS以外にもオートモードが設定できるようになっているのだ。
やはり陽炎の火力を最大限に効率的に活かす事こそが勝利の要件のように思える。
それが私にできるのか?
「それにパパだって何だってできるわけじゃないさ」
「そうか? 料理から荒事までなんだってできるじゃない?」
「大人ってのは子供の前じゃ自分の出来る事しかしないんだよ。だからなんでもできるように思わせられるんだな。おっと、それよりもオープンチャンネルの音声通信を聞いてみなよ?」
私は慌てて通信の設定画面を開いてオープンチャンネルを受信限定にする。
部隊間通信が送受信可になっているのも忘れない。
やはりマーカスの読みどおり、敵はこのゲームの部隊編成の限界を超える機数を集めてしまっていたためのオープンチャンネルの通信も併用しなければならないようで狼狽した様子の通信が入って来た。
『チッ! ギリギリになって戦う事に決めたのか!?』
『攻撃開始! 攻撃開始だ!!』
『どうせあそこにはランク3と4の機体が3機あるだけで、残りは全部ランク2のロクに弄ってない機体ばかりなんだ! 数で押せ!』
『攻撃だ! 前に出ろ!』
『対地攻撃、ミサイル!』
敵の指揮官役らしき者たちの命令からワンテンポ遅れて数キロ先の丘の向こうから白い噴煙の尾を引いた多数のミサイル群が姿を現し、それから雑多な機種で構成される敵の先陣がスラスターを吹かしながら丘から飛び出してくる。
「あ~あ、こちらが抵抗の意思を示したのならば、余計に慎重にいかなければならないだろうに……」
当然ながら丘の向こうからミサイル攻撃はトイ・ボックスのトーチカ群による対空砲火で次々と撃ち落とされていく。
そもそも長距離ミサイル攻撃というのはこのゲームにおいては効果は限定的なものでしかない。
マトモな迎撃手段を持たない固定目標ならばいざ知らず、十分に迎撃の時間のあるような距離でのミサイル攻撃など敵の注意を逸らすか、迎撃に弾を使わせるくらいの効果しかないのだ。
その点、ライオネスは上手くミサイルの援護射撃を使っていたと思う。
難民キャンプでの戦闘では廃棄された軍事基地のビル群を敵も味方も遮蔽物に浸かっていたのだが、身を隠す事ができるというのは逆にミサイルが直上付近に来るまでCIWSでは迎撃できないという事になる。
ライオネスはジーナの雷電重装型のミサイルで敵のミサイルを浪費させたり、あるいは回避のために遮蔽物から出てしまったところに攻撃を仕掛けていた。
このようにミサイルは搦め手の一端として使うのが無難なのだろう。
「このゲームがなんでヌルゲーなのか分かったわ。ド素人に合わせた難易度なんだなぁ……」
作戦室経由で送られてくる外部の映像を見てかマーカスは呆れ果てたような声で呟く。
「おいおい、この100年で日本という国じゃエースパイロットはお前1人しかいないんだろう? お前に合わせた難易度設定なんかできるかよ!?」
「……まあいいか。そろそろ良いかな? サブリナ大隊、前進準備……、格納庫、シャッター開けろッ!!」
事前の打ち合わせにより、装甲シャッターの解放の指示は先鋒を務める大隊の指揮官であるマーカスに任されていた。
マーカスの威厳のある声で下された指示により格納庫内の回転警告灯は点灯を始めて装甲シャッターが中ほどから上下に開いていく。
「サブちゃん、胸部ビーム砲用意!」
「おお、そうだそうだ。ホント、お前はこういう時は頼もしいな!」
「ハハ! 指揮官は自信満々であれば良い、判断が正しければなお良いってね!」
すでに私の体からは臆病風は消え失せていた。
マーカスの声を聞いていると、例え間違いでも敗北はありえないような、そんな気分になるから不思議なものだ。
それが指揮官に資質というヤツなのだろうか?
私の操作で陽炎の胸部装甲は展開して内部のビーム砲は待機状態に入る。
プラズマ圧縮機、ハイパー・コンデンサー、ビーム加速器、冷却システム、いずれも異常は無し。
高速で開いていくシャッターから陽光が差し込んでくるがまだ前進の指示は出ない。
陽炎はその巨体を下半身を覆い尽くすホバーユニットで動かすために完全にシャッターが開ききらないと前に出れないのだ。
「それじゃ、お先に失礼しますよ!」
「……おい、良いのか?」
「ほっとけ、ほっとけ、言って聞く奴じゃね~だろ?」
「……納得」
シャッターが8割ほど開いた所で私の左隣を駆けてピンクの機体が飛び出していく。
陽炎と同じパステルピンクとローズピンクの塗装の機体。
パイドパイパーだ。
パイドパイパーに遅れる事2秒、まだシャッターは完全に開ききってはいないが、それでも陽炎のホバーユニットなら乗り越えられる程度となったところでマーカスの一際響く声で前進が命じられた。
「サブリナ大隊戦闘開始! 陽炎前進! 各中隊、交互躍進!」
今や遅しと待ちかねていた私は命令とともにフットペダルと思い切り踏み込んでいた。
大推力のホバーユニットは最初はゆっくりと、だが確実に速度を増していきまだ下りきっていないシャッターを乗り越えて戦場へと飛び出した。
『なんだ!? コイツ、馬鹿みたいな色してる癖に強いぞ!?』
『なんでパイドパイパーがッ!? コイツはランク5の機体だぞ!?』
『ランク4の機体しかいないハズじゃなかったのか!?』
『おい……、あそこを見ろよ』
『あそこってどこだよ!? ……え?』
『…………か、陽炎……?』
すでに丘を乗り越えてきている敵は数十機、しかもどんどんとその機数は増している。
だが、すでに一足先に飛び出していたマサムネにより戦場は引っかき回されていた。
スラスターで飛び上がったピンク色の機体が背部の武装コンテナから投下したパンジャンドラムを蹴り飛ばしてさらに加速させ、しかも自分は蹴り飛ばした反動で推力以上の高さまで一気に駆け上がる。
「弱い! 弱い! 弱い! 弱い! 弱い! 弱い! 弱い! 弱い! 弱い! そんなんじゃこのゲームは楽しめませんよッ!?」
上空からはパイドパイパーのサブマシンガンによる連射。
地上からは地面でバウンドしながら敵を追い求めて突き進む自立誘導爆雷。
パオングのオライオン・キャノンやパス太の紫電改のようなランク4の機体しか出てこないと思っていたハイエナ・プレイヤーたちは思わぬ強敵の出現に丘を越えてすぐの当たりで距離を取って迎撃しようと足を止めてしまっていたのが運の尽き。
「サブちゃん!!」
「応ッ!!」
格納庫を飛び出したばかりの陽炎はまだ速度が乗っていない。
それがむしろ功を奏した。
私が胸部ビーム砲に割り当てていたトリガーを引きながら機体を振ると複数の敵機を巻き込みながら丘に一文字の溶岩地帯が出来上がる。
動いてはいるが低速であるので狙いは付けやすく。
低速ではあるが動いているのでビームを照射しながら機体を振る事ができたのだ。
≪ニムロッド:美魔女Aを撃破しました。TecPt:12を取得、SkillPt:1を取得≫
≪雷電強行偵察型:ぐんそ~を撃破しました。TecPt:12を取得、SkillPt:1を取得≫
≪ゴリアテ:ミリーを撃破しました。TecPt:13を取得、SkillPt:1を取得≫
≪ニムロッド・スレイター:りっくんママを撃破しました。TecPt:14を取得、SkillPt:1を取得≫
≪スラヴァ:ビジネスマンJを撃破しました。TecPt:12を取得、SkillPt:1を取得≫
≪キロtri:年越し蕎麦食べた?を撃破しました。TecPt:12を取得、SkillPt:1を取得≫
「おっ! 一気に6機もやったのか、サブちゃん凄い! 他に1機がミリ残りで、2機が脚部をやられて擱座といった所か、出だしは上々!」
その機体名を体現するかのように高出力のターボ・ビームが通り過ぎていった後は陽炎が立ち昇り、その威容に立ち止まってしまった者はオートモードのライフルの射撃で打ち倒されていく。
「うん、後ろも付いてきているな、それでは手筈どおりに……」
「あいよ!!」
(後書き)
本年はご愛読、誠にありがとうございました。
皆さまの新しき年が良き年である事を祈念しております。
それでは来年もよろしくお願いいたします。
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