23 編成完了!
マーカスは中隊長役に指名されたパイロットたちが集まってくるまでの間にホワイトボードにトイ・ボックスと敵がいる丘の向こうの簡略的な地図を描いて、それを元に戦闘前のブリーフィングを始める。
「時間も無いから手身近に。あと10分そこそこで戦闘が開始される。我々の取るべき戦術はただ1つ。真正面からぶつかるだけだ。急場凌ぎの奇策などリスクが増えるだけだろう」
おいおい……。
散々に大見栄切っておいて、策はありませんってマジかよ……。
私や山下をはじめ、中隊長役の大半も怪訝な顔をしていた。
中には動揺を隠せない様子の者もいる。
だがゾフィーやデイトリクス、その他にも軍人上がりの設定があるキャラはマーカスの言う事はさも当然のような顔をしていた。
「このVR療養所、トイ・ボックスの防衛戦は攻城戦に例える事ができるだろう。滑走路や広大な運動場には遮蔽物を展開できるようなのだから、我々は遮蔽物に身を隠しながら各大隊長の指揮の元、味方機と連携を取って敵を迎え撃てばよろしい。
さて、俗に『攻城戦においては攻め手側は防衛側の3倍の戦力を必要とする』という格言があるが、これは両者ともにマトモな軍隊ならばの話だ。ならば敢えて言おう。敵は数こそ多いが武装した暴徒の群れと大して変わらん。諸君らの献身の元、確実に我々は勝利を収める事ができると私は確信している」
格納庫内の喧騒の中、騒音に負けじと響き渡るマーカスの声は良く通り、まるで一流のアジテーターのようである。
こちらも急ごしらえの連隊であるのに、さも組織的な抵抗ができると聞く者にも信じこませてしまうような。
敵の情報などドローンによる偵察で得られたもの以上はないというのに、さも敵は連携の取れない弱卒であるかのように。
またゾフィーとデイトリクスもマーカスを全面的に指示している事をわざとらしく示すために時折、大きく頷いていた。
2人とも脚を大きく開いて自分を大きく見せようとしているかのような姿勢で目には爛々と闘志の火が灯って見るからに勇ましい。
もっとも山下はそうではないのだが、彼の威風は乗機であるセンチュリオンが示していた。
コンテナから出されて整備場に立たされたセンチュリオン・ハーケンは重装甲かつ大推力がウリの機体で、重厚な機体に側頭部から生えた2本の角のようなアンテナが合わさって随分と頼もしい威容である。
これには普段、自分のHuMoをほったらかしにして遊び惚けている子供たちも目を輝かせて歓声を上げていた。
さらに武装である大型の三脚付きガトリング砲と戦斧が運び込まれて、センチュリオンのバックパックと一体化している背部大型弾倉に砲弾が装填始めると大はしゃぎで飛び跳ねる者もいるくらいだ。
「
全体の指揮は連隊長としてゾフィー元大佐が執る」
各大隊長が紹介され、挙手の敬礼をすると各中隊長も熱い視線を交わしながら答礼で応える。
「注意事項であるが、敵の機種編成は非常に雑多なものである。我々の持つ火器で撃破しきれなかった場合は榴弾を使うなり、脚部や武装を潰すなりして擱座させる事を徹底してもらう。擱座した敵機から敵パイロットが脱出した場合はHuMoにありつけなかった者たちに捕縛してもらう事になる。その際は中立都市に帰られないよう、この格納庫内をログアウト禁止区画に設定してもらっているので縛り上げて壁際に正座でもしてもらっててくれ!」
毅然とした表情と話しぶりとのギャップであろう。
壁際に向かって正座させられている敵の光景を想像してか数名から笑いが零れた。
「なお武運拙く撃破された者は私から課金アイテムを譲渡するので機体の修理とデスペナルティーを解除して再び戦列に復帰してほしい。安心したまえ。私はこないだ離婚したばかりでそれまで住んでたマンションは元妻に取られてな、代わりに夫婦の共有財産の貯金は私が貰ってきたんだ。中年男性の財力を馬鹿にしないでもらいたい!」
先ほどの笑いで味を占めたのか、今度は明確に笑いを狙いにいった発現で集めった面々は一斉に笑い出す。
ユーモアを織り交ぜて場の雰囲気を明るくしている内にブリーフィングが始まった頃には不安そうな顔を見せていた者の顔も前向きなものとなっていた。
「……それでは連隊長」
「あいよ! 聞いただろう? この兄ちゃんが課金アイテム奢ってくれるって意味が分かるかい? これは拠点で戦う私たちにだけ取れる手なんだ! 向こうは中立都市でリスポーンして課金アイテム使ってもまたチャーター機を頼んで、輸送機に乗り込んでから数分しなけれりゃ戻ってこれないんだよ! つまり我々が圧倒的に有利ってこった! これで負けてみろ、運営にかけあってアンタらのデータ削除してもらうからな!」
ゾフィーは「データの削除」という現実の世界に肉体を持たない私たちAIにとっては死に等しいような物騒な事を言い出すが、言い出したゾフィーを始め全ての者が楽観的な表情。
すでに全員が勝利を確信しているかのようだ。
「……それでは各員、搭乗ッ!! 各大隊、各中隊の伝達は部隊間通信で行えッ!!」
連隊長こそゾフィーとなっているが、実質的な指揮官がマーカスである事は誰の目にも明らかであった。
ゾフィーから音頭を任されたマーカスが声を張り上げて機体へ搭乗を命じると各員はそれぞれ己の乗機を目指して駆けだしていく。
「それにしても驚いたよ。マーカスは個人技のスタンドプレーしかできないと思ってたんだけどな!」
私たちも陽炎の元へと小走りで向かう中、随分と頼もしく見えるようになった背中に声をかける。
「意外と言えば、てっきり私はマーカスが自分1人でやるのかと思ったよ。
「ふふ、それじゃ意味が無いのさ」
「どういうこった?」
先ほどのブリーフィングの時の有無を言わさぬ威厳のある声はどこへやら。
マーカスの声はいつもどおりの、いや、私に褒められたせいかいつも以上に陽気な声が返ってくる。
「なあ、サブちゃん。格納庫に入って来た時の子供たちの表情は見たかい?」
「……ああ」
敵の退去通告を聞き、その後のマーカスの格納庫への集合を求める放送を聞いて格納庫へと来ていた子供たちの表情はいずれも不安で、今にも泣きだしそうなものであった。
キャタピラーたちだけは自分でHuMoを駆って戦う事ができるためか、戦う意思の宿った目を見せていたが、それでもやはり多勢に無勢で蹂躙されることを想像してか不安を隠せていなかったのだ。
「見ず知らずの他人たちが自分たちの楽園を奪おうと大挙して攻めてくる。子供たちはどれほど怖かっただろうなぁ。だからパパは子供たちに自分たちのために戦ってくれる者がいるという事を教えてあげたかったんだ。それにはパパ1人じゃ駄目だろ?」
「かもな。でも、私らだって作り物のAIが動かしてるNPCだぜ?」
「パパはサブちゃんの事を娘だと思っているし、ここの子供たちだってゲームの世界に入り浸りなんだからNPCをリアルな仲間だと思ってても不思議ではないだろ?」
どうしてコイツはこう両手離しで賛同できないような事を言うのだろうか?
ハイエナ・プレイヤーたちに脅かされた子供たちの心が私たちAIが立ち向かう姿で少しでも癒されてくれたら嬉しい。ヒトのために作られた人工知能としてこれ以上望むべくはない本懐と言ってもいいだろう。
ただ、それを私の事を娘だというマーカスの精神構造と一緒にされてしまっては素直に賛同できなくなるではないか!
「あの~……」
広大な格納庫を走り、やっとピンクの巨体が見えてきた頃、控えめなおずおずとした声を私たちにかける者がいた。
「うん? 五つ子、いや、サブちゃんの友達も同じ顔の子を連れていたな。君たちもAIかい?」
「え、ええ。そうなんですけど、HuMoが足りなくて機体が無くて、でも僕たち歩兵用ミサイルランチャーとか重くて持てないし、銃も下手だから狙撃とかもできないと思うんです」
声をかけてきたのはライオネスも連れているマモルと同型のAIだった。
話を聞くに、マモルたちもここの子供たちのために戦う意思はあれど、消極的な性格のためにHuMoの取り合いで負け、かといって小火器で戦う能力も無いのだという。
無理もない。
マモルの肉体は男児と言ってもいいほどに幼さを残したものであり、大人でも取り扱いに難儀するミサイルランチャーを持って走り回れるようなものではないし、確かそこまでHuMoの操縦に長けているというわけでもなかったハズなので今HuMOに乗っている者と入れ替えるほどでもないのだろう。
だが、マーカスは私が渡したタブレット端末で攻略wikiを開いてマモルの情報を読むと我が意を得たりとばかりに悪い笑顔を作って腰を落としてマモルたちと視線の高さを合わせる。
5人のマモルたちに耳打ちするようにしてマーカスが何かを言うと、恐らくは子供たちの同年代の遊び相手として用意されていたのであろうマモルたちはマーカスに負けじ劣らずのわっるい笑顔を浮かべて走り出していった。
「……お前、マモルたちに何を吹き込んだ?」
「適材適所って言葉を知ってるかい?」
「どうせロクな事にはならないだろ!?」
「サブちゃんみたいな勘の良いガキは大好きだよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます