2 ピクニックに行こう!
食休みもそこそこに作業員たちは自分たちのテリトリーであるガレージへと戻っていき、事務所内には私とマーカスの2人だけとなる。
食事中に出た話によると、陽炎の強化改造と塗装もすぐに終わるらしい。
大型車両がガレージから出ていく騒音が事務所内にも聞こえてきたのは作業を終えたドローンを積んだトラックが次の現場へと向かっていったという事だろうか。
「サブちゃんは今日はお友達からのお誘いは無いのかい?」
「うん? ああ、逆に『困った事があったら私が手を貸すから呼んでね』ってメールが来てたよ」
マーカスは食器を食洗器に放り込んだ後でテーブルに座り食後のお茶を楽しんでいるところだった。
湯呑の緑茶を啜るマーカスは歳相応、いや実年齢よりも遥かに老けて見えるのだが、私としてはテーブルの向かいの男がユッルユルの起爆装置の爆弾と同等の存在であることは忘れてはいない。
「そう。新しいお友達は良い子みたいだね」
「そうだね。お前が言うように馬鹿だけど良い奴なのは間違いないよ」
「え~!? パパがサブちゃんのお友達を馬鹿なんて言うわけないじゃない?」
私の担当が次の標的にこないだ知り合った少女を選ばないよう細心の注意を持って言葉を選ぶ。
その甲斐もあってかマーカスは満足そうに頷いていた。
ライオネスが善意から送ってきたメールの内容を教える事で私が一方的に助力するだけの関係性でないことは示せたと思うし、「馬鹿だけど良い奴」というのはつまりマーカスが興味を持たなそうなタイプを選んだわけだ。
しかし、さも心外そうな顔でケタケタと笑うマーカスだが、本当にライオネスの事が分からないのだろうか?
ホワイトナイト・ノーブルを奪ったのはゲーム内世界では1ヵ月以上も前の事だが、現実世界では4日しか経っていない。
あの日、追撃してきたニムロッドのパイロットの顔も声も聞きはしなかったが、それでも昨日、難民キャンプでスカイグレーに塗装されたニムロッドを見て気付いてしまわないかヒヤヒヤしていたのだが取り越し苦労であったようだ。
いや、仮に気付いていたとしてもマーカスにとって本当に取るに足らない存在であるから捨て置くという事なのかもしれない。
わざとらしく「パパがサブちゃんのお友達を馬鹿なんていうわけじないじゃない」と笑うのは暗に以前は敵であっても友人付き合いしても構わないと私に言っているのかもしれないのだ。
「アイツ、私とか他のNPCもだけどゲームの中の1キャラクターであると分かっていてもリアリティーが凄すぎて死なせたくないんだってさ! ホント、馬鹿だろ?」
「いやいや、良い子じゃないか? それでいてハイエナ連中は敵だから殺すのに躊躇しないって理想的なプレイヤーと言ってもいいんじゃないか?」
マーカスは「お友達をそんな馬鹿とか言ってはいけませんよ?」とでも言わんばかりの嗜めるような顔をしてみせるが、理想的な父親として振る舞うよりも先に日頃の行いを悔い改めるべきだと思う。
「……お前ほどじゃないよ」
だが私としても理想的なユーザー補助AIであるわけでもなく、暗に皮肉を込めた言葉を返すのが精一杯というところ。
ガレージで行われている作業はほとんどパイドパイパーと陽炎の強化改造のもの。ホワイトナイト・ノーブルに対しては細々とした整備作業しか行われていない。
それというのも私がそのように助言したためなのだが、それが正しいのかは私自身、判断がつかないでいるのが正直な話。
一応、ホワイトナイト・ノーブルを強化してしまってはただでさえ他のプレイヤーが手出しできないような壊れ性能に磨きがかかってしまう事になり、ひいてはマーカスにとってもマトモなゲーム体験を提供できない恐れがあるためという理由がある。
だが、それはユーザー補助AIとして正しいのだろうかという思いも確かにあるのだ。
BOSS属性付きで通常の物よりも強化されている陽炎はともかく、パイドパイパーはランク5の機体。
とても最終盤まで使っていける機体ではない。
そのような機体に強化ポイントなどのリソースを使わせる事が本当に正しいのだろうか?
もしかすると私はユーザーの快適なゲーム体験のために各プレイヤーに提供されるユーザー補助AIとして失格なのかもしれない。
「……ところで、話は変わるけど」
「うん……?」
「お友達からのお誘いが無いのなら、今日はパパとお出かけしないかい?」
自問自答のために表情が暗くなっていたのだろうか?
マーカスはわざとらしい明るい声で切り出す。
「……出かけるってまた服屋か? もう隣のプレハブもパンパンだろ」
「いや、たまには街の外に行こうよ!」
「それじゃあミッション?」
「うん? お金に困ってるならいくらでも課金するよ? なにせ離婚の時に元嫁にマンション渡した代わりに貯金は貰ってきたし、結婚前の個人の資産もあるしね!」
「……お前は本当に何のためにこのゲームやってんだよぅ」
なんとういか、こう……。
今頃、アイツはニムロッドがランク4.5になった事で次の機体はどうしようか悩んでいるのであろうし、マモルという補助AIはどうしようか相談を受けているのかもしれない。
そうでこそプレイヤーとコミュニケーションが取れるAIとしての冥利に尽きるのであろうし、その辺を上手くやりくりして少しずつ戦力を整えていくのがこの手のゲームの醍醐味なのだろう。
ライオネスのニムロッドが彼女の戦闘スタイルとは少し合わないバトルライフルを装備しているのも次の機体を入手した時にマモルにニムロッドを使わせるためだろう。
その辺りのやりくりを考えているライオネスに対して、私がしている事といえばただただホワイトナイト・ノーブルを強化させない事だけを考えたもの。
ライオネスと初めて一緒に受けた雷電の大群を相手にしたミッションで、腹痛でいつ一時ログアウトしなければいけなくなるかもしれないからと付いてこなかったハズのマーカスは後から問い詰めると大人用紙オムツをしてゲームに戻り、高速輸送機をチャーターして私たちに付いてきて、私とライオネスが相手にできるだけの数を残して残り全ての雷電を撃破していた。
あのミッションでは雷電の撃破数に応して特別報酬が加算されるシステムであったために私と合わせて200機以上の雷電を撃破した私たちは巨額の報酬を手にする事となっていた。
ここで問題となったのがこのゲームにおける機体の強化改造のシステムである。
本来は敵を撃破した時の強化ポイントを使って機体を強化していくのだが、リアリティーの追求のためか裏ワザ的にクレジットを使って強化する事もできるのだ。
クレジットでの強化は出入りの整備業者との交渉次第ではあるし、かかる費用も割高になってしまうのが難点だが、マーカスは業者との関係も良好だし、なにしろ200機以上の雷電を撃破した報酬は割高になってしまうのを加味しても十分に過ぎる。
このままではホワイトナイト・ノーブルを強化してしまうのではないかと危惧した私が思い立ったのが私用の機体、パイドパイパーの購入である。
正直、ランク6の機体も購入できるだけのクレジットはあったのだが、私が目論んでいたのはパイドパイパーの弾薬補充費。パンジャンドラムを始めとした特殊兵装群は一部を除いて弾薬が割高に設定されているため、初期経費はいくらか安くとも弾薬補充費で継続的にマーカスのお財布事情にダメージを与える事が可能なハズである。
担当ユーザーに負担を強いる事を考えるとは、やはり私はユーザー補助AI失格なのであろう。
昼食を終えたばかりであるというのにキリリと痛む胃をさすりながら私は考える。
普通にランク6の機体を購入していて、難民キャンプへ救援に駆けつける時にパイドパイパーでは腕部が華奢すぎて持てなかったノーブル用アサルトライフルを持っていけば月光くらいは私だけで始末する事ができたのではないか?
後は残る面子と合わせて総攻撃を加えていれば第一ウェーブで陽炎も撃破できていただろうか?
私が余計な考えを回した結果、マーカスは新たに敵パイロットを射殺する方法で陽炎を強奪し、さらに無償で戦力を強化してしまった。
陽炎がさらに3機、合わせて4機も出てくるとは思わなかったが、それは結果論に過ぎないだろう。
「どうもサブちゃんは疲れているようだし、今日のところはミッションだなんだ言ってないで気楽にお出かけしようよ!」
「……別に疲れているわけじゃあないんだけどな。……で、お出かけってどこに?」
「そうだなぁ、こないだ海水浴に行ったばかりだし……」
「……アレを海水浴というのか?」
確かにマーカスの言うように気分転換に出かけるのもいいかもしれない。
このままガレージに籠っていたところで悪い考えが頭の中を巡って余計に胃が痛くなりそうだと私は担当の言葉に乗る事にした。
……まあ、今まで1度たりとて自分でミッションを受けた事がないのに「今日のところはミッションだなんて」とか、自分が討伐ミッションの対象にされたのを制限時間一杯湖に潜って討伐部隊を躱したのを海水浴扱いとか言いたい事は色々とあるが。
「今度は山なんてどうだい? よし、ピクニックに行こう!」
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