56 BOM-BA-YE

「……月光のパイロット、聞こえるかしら?」


 私は通信をオープンチャンネルに切り替えて目の前の機体を駆る者へと呼び掛けていた。


「返事はいいわ。でも、聞きなさい。すでに陽炎は3機撃破、1機は私たちの仲間が奪ったわ。貴方としては今すぐにでも逃げ出したいでしょうけど、それは駄目。貴方には私と戦ってもらうわ」

「…………」


 月光からの返答はない。

 ただ赤暗く光る2つのカメラアイが私の真意を確かめるようにまっすぐにこちらに向けられているだけだ。


「代わりに私を倒せたら他の連中には手を出させないわ。約束しましょう。……皆もそれでいいでしょう?」

「……それでいいのか?」

「ええ」

「わ、分かったよ!」


 私の意を汲んでサブリナちゃんもわざわざオープンチャンネルで月光のパイロットにも聞こえるようにしてくれる。

 さらに彼女にならって中山さんもトミー君も続く。


「私たちも了解しました。トミー君もそれで良いでごぜぇますわよね!?」

「了解! でも、気を付けろよな?」

「ええ。皆、ありがとう!!」


 私はフットペダルを一気に踏み込んで機体を加速させていた。


 月光のサブマシンガンの照準を絞らせないように僅かに機体を左右に振りながら距離を詰めてビームソードで斬りつけると、敵機は私が剣を振った事でできた隙を突くように背後に回りこむようにして前へ出てくる。


「ええ! そうよ! 貴方に残された道は私と戦う事だけ! 私に残された道も貴方と戦う事だけ! 戦いなさい!!」


 背後に回られては敵の高周波振動ナイフで装甲の薄い背面を刺し貫かれるだけ。


 私はそのまま立ち止まる事なく前へと加速し、それから無理くりに地面を蹴りながらスラスターを噴かして機体を急旋回させて拳銃を発射。


 拳銃から放たれた散弾の3分の1ほどは追撃のために迫ってきていた月光に命中。

 どの道、目標をロックできない状態ではマトモな命中精度は期待できないと敵の追撃を追い払うためだけの射撃ではあったが僅かでも当たっただけ運が良かったといえよう。


 それでも月光の見るからに薄い装甲に当たった散弾はその全てが弾かれてあちこちへと跳弾していく。


「チィッ! 薄くてもランク相応の装甲材質って事かッ!!」


 逆に敵のサブマシンガンの砲弾は数発に1発はニムロッド・カスタムの装甲を貫いてくる。


 こんな飛びかかって掴みかかれば手が届きそうな距離での戦闘では与えたダメージも食らったダメージも確認している暇は無い。


 目で見て、耳で聞いて判断するしかない。

 大丈夫。

 私は自分に言い聞かせるように呟く。


 ビームソードが敵の装甲表面を溶かしたのも、散弾が完全に弾かれたのも目で見て分かるし、敵の反撃でニムロッドの装甲を抜かれたか弾く事が出来たのかも耳で聞けば分かる。


「マモル君、このゲームってホントつくづく面白いわねぇ!!」

「そりゃユーザー補助AIとしてはAI冥利に尽きると言うべきなんでしょうがね! こっちは2度目の死亡判定食らうんじゃないかと冷や冷やものですよ!!」


 同時に前へと駆けだしていたニムロッドと月光はすぐさま接触。私が突き出したビームソードを掻い潜るようにして敵は伸びた腕へと蹴りを見舞って爪先のナイフを突き刺してくる。


 装甲を抜かれる音。

 腕部の駆動系が損傷を負って機能が低下していく音。

 そして損傷により機体性能が低下した事を示す警報アラート


 まだビームソードを持つ事はできるが、それでも右腕の握力がだいぶ失われてしまったようだ。

 失ったHPはどれほどだろう?


 それでも私は笑っていた。


「オラァッッッ!!!!」


 さらに追撃の構えを見せる敵にスラスターを噴かしながらの蹴りで退かせ、当たればいいや式で拳銃を速射。


 数十トンある機体同士がぶつかる轟音も、おびただしい散弾が敵の装甲に叩きつけられる音も今は愛おしい。


 今、この場だけは私の戦場だ。

 私だけのための戦場。


 トクシカさんや難民たちの事など私の頭の片隅に追いやられていた。

 すでにマーカスさんが陽炎を奪い、何を考えているかは分からないが上空の輸送機にはホワイトナイト・ノーブル。

 すでに2人によってこのミッションの趨勢は決めつけられてしまっていた。


 なら私はこのミッションに参加した意味などあるのか?


 私たちはマーカスさんとノーブルを奪ったプレイヤーが駆けつけてくるまでの前座に過ぎないというのだろうか?


 違う。

 他の誰が言おうと私は違うと胸を張りたい。


 この強敵との戦いに感じる胸の高鳴りは私に心底このミッションに参加してよかったと思わせてくれるのだ。


 コントロールレバーを握る両の手は指先までひりつくようで、フットペダルを踏む両脚は難曲を弾くピアニストの繊細さのように研ぎ澄まされていた。


 メインディスプレーに釘付けとなった両の眼はまるで自分の目が直接ニムロッドのデュアルカメラアイに接続されたかのように臨場感を持って戦場を私に感じさせ、月光の3本のナイフが装甲を切り裂き、サブマシンガンに撃ち抜かれるたびにまるで私自身が斬られ、撃たれるかのような錯覚を感じるほど。


 それほどまでに私の闘争心は熱を持っていた。


 身を焼かんほどに熱く。

 凍えるほどに冷たく研ぎ澄まされ。


 熱く。

 冷たく。


 相反する2つの熱に私は支配され、支配し、突き動かされていた。






「……妹さんの様子はどうですか?」


 作戦室に詰めている者たちが固唾を飲んで見守るのはニムロッドと月光の戦闘であった。


 すでに傭兵により奪われた陽炎により状況は残敵の掃討といった具合。

 残存する味方機は陽炎に敵機の位置情報を知らせ、あるいは両翼について援護に回るといったように連携を取って状況はもはや楽観視してもいいほどなのだ。


 トヨトミ軍の重駆逐HuMoは戦線突破用の機体ではあるが、同じような機体をサムソン側では拠点防衛用として使っていたことからも重駆逐機を中心とした連携作戦は利に敵っているように思われる。

 作戦室に詰めかけていた面々にとって状況を楽観視するのも無理はなかった。


 彼らにとって唯一、気がかりであったのは月光と戦うニムロッドの事だけ。


 なぜかニムロッドを駆る傭兵は周囲にいる味方機と連携を取ろうとはせず、ただ一人での戦いに固執していた。


 いつの間にか作戦室に戻ってきていたマサムネはテープで椅子に縛り付けられている担当を無視して一同に話しかける。


「ああ、君か。まさかあんな事を考えていたとは意外だったぞな。いや、それにしても良くやってくれたぞな。礼を言うぞな」

「いえいえ。私が考えていたのは陽炎の無力化まででして、たまたま似たような事を考えていたライセンス持ちがいて助かりましたよ。それより状況は?」

「見てのとおりぞな。もはや状況が決まった今、無駄に死ぬかもしれないリスクを取る必要もないと思うのじゃが……」


 このミッションの依頼主であるトクシカは帰還してきたマサムネを讃えるものの、すぐに視線を壁面大型ディスプレーへと戻す。


 彼だけではなく、作戦室内にいた傭兵組合の職員も、作業員も、機体を損傷したために戻っていた傭兵ジャッカルの少年も皆、一様に大型ディスプレーに映し出されているニムロッドの戦いから目が離せないようだ。


 目を背ける者はいない。


 もしニムロッドがこのまま機体のランク差で擦り潰されてしまいそうなほどに劣勢であったならば幾人かは目を背けてしまっている者もいたであろう。


 そう。

 ニムロッドは明らかに劣勢。

 劣勢でありながらもその戦いを見る者に何かあるのではと思わざるをえないほどに格上の機体に食らいついていたのだ。


 誰しもが期待と不安が入り混じったような目でその戦いを見つめる中、そうではない目を向けていたのは作戦室でただ2人だけ。


 1人はたった今、作戦室に到着したばかりのマサムネ。

 そして、もう1人はニムロッドのパイロットの姉であるけるべろすである。


「ああ、良いところにきたっスね! このテープを取って欲しいっス!」

「は? 嫌ですよ」

「ああん、もう! それじゃ、タブレットを管理者モードで起動してこのディスプレーの映像をミラーリングしてほしいっス!」


 マサムネは自分の担当が何故、椅子に縛られているかは大方の予想が付いたので断ったものの、もう1つの要求については担当の望みどうりにした。


「起動できたらプレイヤーの脳内物質監視モニターを開いて欲しいっス!」


 手品のタネの予想が付いている者特有の優越感混じりのニヤケ面にマサムネは苛立ちながらもそれをおくびにも出さずに担当の言うとおりにタブレットを操作する。


「……どうっスか?」

「これは……。アドレナリンにノルアドレナリン、β-エンドルフィンなど様々な脳内物質が過剰に分泌されています! どういう事なんですか!?」


 タブレットの画面に表示されていた内容はマサムネをして驚愕せしめるものであった。


 砲弾やミサイルが降りしきる廃墟の中で陽炎のパイロットを直接殺害するチャンスを狙っている時ですらポーカーフェイスを崩さなかったマサムネがである。


 担当AIが驚く顔を楽しむかのようにけるべろすはニタリと笑って呟いた。


「間違いない。『CODE:BOM-BAーYE』っス!」

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