57 燃える闘魂
椅子に縛り付けられ、指1本動かせない状態であるのも構わずに女は笑っていた。
「やはり! やはり!! やっぱりレオナちゃんなら『CODE:BOM-BAーYE』を使えると思ってたっスよ!」
けるべろすはまるでひきつけを起こしたかのように体を震わしながら笑う。
プレイヤーである少年「キャタピラー」はけるべろすが呼吸困難を起こしているのではないかと心配になるほどであったが、その一方で女が口にする「
「なんです? そのコードなんとかって……。ユーザー補助AIである私にはそのような機能があるだなんて知らされていませんよ」
「わ~も暇さえあれば攻略wikiを見てるのに、そんなの聞いた事がないさ~」
少年もけるべろすの担当AIであるマサムネの顔を窺ってみるも、彼も言葉どうりにそんなもの聞いた事などないとばかりに困惑したような顔をしている。
「そりゃそうっスよ! βテスト中にただ1人のプレイヤーが発現させた状況を私たち運営チームが便宜上、そう名付けただけっスから! 知っているのは運営チームとゲームシステムの根幹の管理に係わる上級AIだけの事象っス!」
けるべろすは未だ収まらない笑いに難儀しながらもなんとか視線は壁面大型ディスプレーへと向けながら、手品の種明かしをするかのようなドヤ顔で説明を始める。
けるべろすの話を聞くのはマサムネとキャタピラーのみ。「ゲーム」だの「プレイヤー」だの、このゲームの世界が作り物である事を知らしめるような会話は一般NPCはスルーする設定になっているのだから当然だ。
「このゲームって、ゲーム機から脳内に送られる電気信号によって仮想現実の世界を疑似体験するようになっているのは理解しているっスよね?」
「そのくらいは、まあ……」
けるべろすは一介のプレイヤーであるキャタピラーにも理解し易いように積み木の一段目から積み上げていくような話し方で切り出していく。
「つまりプレイヤーはゲームの世界の仮初の肉体を使い、大型ロボットHuMoを操縦して戦闘を行っているわけっス! つまり肉体と機体、脳内での疑似体験ながら2重の操作をおこなっているということっス!」
「うん? ライオネスさんは違うの?」
「ライオネスちゃんだって普段は他のプレイヤーと同じっスよ! もちろん君も……」
けるべろすが言った言葉の中で「普段は」というところに妙なアクセントがあった。
つまりは“普段”はそうでも“今”は違うという事だ。
少年は思う。
恐らくは秘密は先ほどけるべろすが自身の担当AIにモニター画面を出させた脳内物質にあるのだと。
「ところがっス! βテスト期間中にとあるプレイヤーの担当AIがこのような報告を上げてきたんスよ。『自分の担当プレイヤーが言うには、まるで機体の操縦が自分の身体を動かしているかのような感覚だったらしい』と……」
「えっ……?」
機体の操縦がまるで自分の身体を動かすような感覚。
生来の楽天家である少年もその言葉にはさすがに訝しむ。
HuMoの操縦は左右2つずつのフットペダルに左右2つと股間の前に1つの計3つのコントロールレバーで行うものだ。
さらには各コントロールレバーにはトリガーやらボタンやらがいくつも付いているし、細かい設定などはタッチパネル式のサブディスプレーを使わなければいけない。
人体を模した巨人にスラスターやら武装やらがいくつも付属していればそれだけの入力デバイスが必要になるのだろうなと納得はできるものの、それでもどう考えても現実世界の自動車なんかよりも複雑な操縦方法であるのは間違いない。
ゲームシステムにより脳内の記憶領域にHuMoの操縦法は刷り込まれているとはいえ、知っているのと慣れているのとでは大きな違いである。
少年が重装甲かつ武装の火力に優れたウライコフ製の機体に乗っているのも自分には繊細さが求められる機体はしらばくは無理そうだと考えていたがためであり、そんな彼にとってHuMoの操縦を「自分の身体を動かすように」だなんて眉唾ものの話でしかない。
だが、そんな少年の表情を見てけるべろすは苦笑して否定する。
「うん、キャタピラー君、ちょっと勘違いしてないっスか?」
「勘違い?」
「もしかして、この話を『自分の身体を動かすように操縦に熟練した』とかそういうふうに考えているんじゃないっスか?」
「どういうことさぁ?」
「そんな慣れた感覚で、とかそういう話じゃなくて、HuMoを操縦するんじゃなく、自分がHuMoになったかのような感覚、自分の腕を動かそうと考えたらHuMoの腕が動く感覚とか言ったら分かるっスかね?」
「確かに……、先ほどから少しずつニムロッドの動きが良くなっているようなんですが、それが『CODE:BOM-BAーYE』だと?」
壁面のディスプレーと自分が手にするタブレット端末を見比べながらマサムネが口を挟んでくる。
彼にしてみてもけるべろすが言う事はにわかには信じられない事のようだが、自身の担当の言葉を否定する要素も見当たらないのかその表情は困ったかのように曇っていた。
「確かにアドレナリンの分泌量に引っ張られるようにして他の脳内物質の分泌量も増加、それに比例してニムロッドの動きが良くなっているかのように見えます……」
ディスプレーに映るニムロッドは月光の攻撃を回避するために地面を転がり、そのままスラスターを吹かして距離を取りながら起き上がって、そのまますぐに敵へと飛び掛かっていく。
殴り合うような距離で月光がサブマシンガンを持つ腕を裏拳のようにして自身から遠ざけ、拳銃を持った腕を敵のナイフを持った腕に絡ませて社交ダンスのペアのような形になってすぐ、ニムロッドの肩が火を吹いた。
「CIWSのマニュアル射撃! 両腕を使っている状態でどうやって!?」
「そんなの腕が3本ないとできっこないさ~!?」
ニムロッドの胸部から展開した25mm機関砲は月光の頭部めがけて発射され、いくつかのセンサーは潰したもののメインカメラアイは破壊しそこなっていた。
だがマサムネとキャタピラーを驚かせたのはニムロッドが取った行動それ自体である。
反対に自分の予想が当たっていた事が証明されたことが実感できたようでけるべろすは満足気に頷く。
「人間の闘争心を司るアドレナリンが過剰に分泌され続け、そんな闘争の中にあって戦いを悦びエンドルフィンを垂れ流し。その他の脳内物質をドバドバ分泌させながら目の前の戦闘に集中していくと何が起きるか? その答えがこれっス!」
両腕を使いながら、さらにCIWSのマニュアル照準射撃を行うのもそうだ。
また、その前の地面を転がりながらすぐに起き上がったのもそう。人間が同じ動作を行ったのならば大した事ではないのだろうが、全高16メートルのHuMoが地面を転がるという事はコックピット内部のパイロットにはどれほどの負荷がかかるか? 想像するだけでキャタピラーは背筋が寒くなるほどだ。
「仮想現実の中で肉体を動かして機体を操縦していたのが、極度の闘争心の高まりと集中力の先鋭化は“肉体”と“機体”、二重の操作を一元化するっス! その特異な状態を私たちは『CODE:BOM-BAーYE』と呼んでいるっス」
「つまりプレイヤーの意識が機体に乗り移ると?」
「ああ、良い例えっスね。恐らくは今のライオネスちゃんは月光に斬られても『自分が乗っている機体が斬られた』なんて感じてなくて、『自分が斬られた』ように感じているハズっス! まあ、HuMoには損傷を知らせる警報はあっても痛覚は無いっスから感じ方は違うかもしれないっスけどね」
けるべろすはそれが純然たる事実であるかのように断言する。
だが少年にはあまりに突飛な内容でその言葉をまっすぐ受け取る事ができない。けるべろすが運営チームの一員である事は知っていても、その言葉はあまりに彼の想像力の限界を跳び越えていたのだ。
「いくらなんでもそれはおかしいさぁ! 人間にはスラスターも武装も付いていないさぁ! HuMoを操縦するならともかく、人間の意識が機体に乗り移ったらむしろ弱くなるハズさ~!?」
「それならむしろキャタピラー君の方が良く分かるんじゃないっスかね? 第二ウェーブ開始前に見たけど君のズヴィラボーイの装甲にペイントされた“カドゥケウスの杖”のエンブレム、君は
「…………」
思い当たる節があるのか、それきり言葉を噤んでしまった少年に代わりマサムネが問う。
「でも、なんで? なんで貴女の妹さんだけがそんな特殊な状態を使えるのです? βテスト時だって、たった1人だけしか発現できなかったのですよね?」
「そりゃあライオネスちゃんは負けず嫌いっスからね。しかもこれまでの人生で敗北の屈辱だなんてほとんど感じた事はないんじゃないっスかね? ……私は駄目っス。そら私だって『勝ちたい』『負けたくない』って気持ちはあっても、心のどこかじゃ『相手がいる勝負事、負ける事だってあるさ』『負けても次に活かそう』とか思ってしまうんスよね……」
「妹さんは違うと……?」
けるべろすは担当AIの問いに言葉に代えて妹の戦いを映しているディスプレーを遠い目で見つめる事で答えた。
その目は実際の距離よりも遥かに遠い場所にいる妹に羨望の眼差しを見つめているかのよう。
けるべろすだけではない。
キャタピラーも負ける事に慣れてしまっていたし、サーバー上で起動して数日しか経っていないマサムネであってもつい先ほど、自分の思い描いていた陽炎の無力化プランをそれを超える形で上書きされて敗北感を味わってきたばかり。
誰しもが負ける事に慣れてしまっているのだろう。
勝利を切に願って、そのための努力を欠かさずにいたとしても敗北してしまう事があるという事を知っていて、それを心のどこかでは許してしまっている。
そんな負ける事に慣れ過ぎてしまった者たちがニムロッドのパイロットのような純然たる闘争心を発揮できるのだろうか?
無理だろう。
キャタピラーもマサムネも同じ事を考えていた。
『CODE:BOM-BAーYE』とは即ち、純粋無垢な闘争心の発露なのだ。
燃え盛る闘魂をその熱で研ぎ澄まして凝縮し、それでもなお膨れ上がる闘争心は仮想現実の肉体の枠を超えて己が駆る巨人の形となる。
それほどまでに戦いに熱を上げられる者のみに立ち入る事を許された極地。
話で聞くだけで自分のその資質は無いと理解させられてしまうほどの高み。
「話だけ聞くとまるでこのゲームの世界にはそぐわないかのような素っ頓狂な話なんですけどねぇ。実際に目の当たりにすると……」
「そ、そうさぁ! 全高16メートルの巨人に意識が乗り移るだなんて、SFというよりはむしろファンタジーさぁ!」
キャタピラーにしてもマサムネにしてももはや笑うしかない。笑い飛ばすしかできないのだ。
だがけるべろすはけろりとした表情で応じる。
「なに言ってんスか? ライオネスちゃんはファンタジーの体現者っスよ? 理解できるっスか。体重が50kgそこそこのライオネスちゃんが100kgを超える相手を投げ飛ばしてマットに沈めるさまを? 現実世界でもそうなのに、そんなライオネスちゃんが仮想現実の世界に来たら『CODE:BOM-BAーYE』を使えてもおかしくはないっス!!」
ふふんと鼻を鳴らして自慢げのけるべろすの顔を見て少年はふと思いついた事を聞いてみる事にした。
「そういや虎D、このミッションの参加者に妹らしいハンドルネームを見つけてやってきたって言ってたけど……」
「ふふ、ライオネスちゃんなら『CODE:BOM-BAーYE』の領域に踏み込めると思ってたっス! なら改修キットで機体性能の底上げをしてやれば良いっス! まあ、さすがに陽炎が4機も出てきた時には驚いたっすけど」
「つまり妹の手柄で自分が職場でデカい顔をしてやろうと……?」
図星を突かれてしまったけるべろすはプイと少年から顔を背けてしまう。
(なろう版あとがきより)
ちなみにβテストでCODE:BOM-BAーYEを発現させたのは中山元防衛大臣で、相手は自分の担当AIであるマサムネ君って設定。
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