31 重駆逐機とステルス機

「……なに、アレ?」


 やがて土煙の中から現れたのは1機の巨大な機体。


 これも人型ヒューマノイド・機動兵器モビルウェポンだと言えるのだろうか?


 全高は通常のHuMoの2倍ほどだが、頭部は異様に小さく、4本の腕部にはそれぞれ大型の銃器を装備している。


 胴体部には見るからにブ厚い装甲が張り巡らされ、下半身はまるで近代の貴婦人が履いていたようなスカート上のホバーユニットであり、こちらもその巨体を守るのに十分な装甲を持たされているであろう事は間違いない。


 これが重駆逐HuMoというやつなのか……?

 “重”というのは、その巨体を見れば分かる。

 ならば“駆逐”という言葉が意味するところは……。


「ライオネスさん! ミサイル補給完了しました!!」

「ナイスタイミング! あのデカブツに全弾プレゼントしちゃって!!」


 もうもうと土煙を巻き上げながら迫りくる巨体にしばし圧倒されていたが、不意に入ってきたジーナちゃんからの通信によって私は我に返る。


 確かにあの巨体に4本の腕にそれぞれ持たれた大砲は脅威には違いない。

 だが、姿無き強敵が姿を現したというのは見ようによってはチャンスなのかもしれないのだ。


 なにせクルーさんたちを撃破した例のステルス機とは違い、ホバー走行で迫ってくる機体はハッキリとレーダーに映し出されている。ならば戦いようがないわけではない。


 間もなくして私たちの頭上を大量のミサイルが飛びこしていった。

 私の要請通りにジーナちゃんの雷電重装型からミサイルが重駆逐HuMoへと発射されたのだ。


 ジーナちゃんの機体が装備しているミサイルランチャーには小型ミサイルが24発も搭載されている。

 それが両肩に1基ずつ。都合48発のミサイル。


 それが一度に同一の目標目掛けて放たれたのだからミサイルの雨あられのような様相である。


 だがオレンジと黒の毒々しいテントウ虫のようなカラーリングの重駆逐HuMoから4つの火線が上がったかと思うとミサイルは目標に辿り着く前に次々と撃ち落とされていく。


「チィッ! あのデカいの、CIWSを4基も搭載してるのッ!?」

「ありゃあ『陽炎カゲロウ』、トヨトミの戦線突破用の機体だ」

「だったら……!!」

「あ、おいッ!?」


 私は身を隠していた遮蔽物から飛び出していた。

 両手で構えたアサルトライフルを今もミサイルの撃ち落とし続ける重駆逐機相手に乱射。


 せめて近寄られる前に少しでもダメージを与えておこうというつもりで対空射撃に意識を取られている隙を狙っての行動であったが、それは随分と甘い行動であったようだ。


 機体の各所から対空機関砲の火線を上げながら陽炎は僅かに向きを変える。

 陽炎の胸部装甲が開いていったかと思うと、その下にあったのは巨大な砲口であった。


 ほとんど砲身の無い砲口。

 その意味に気付く前に私の機体はローディーの烈風により突き飛ばされ、たった今まで私がいた場所を光の奔流が通り過ぎていく。


「ローディー!?」

「スマン、今ので脚部をやられた!!」

「ゴメン!!」


 見ると烈風の両足は膝から下が消失し、大腿部のフレームや装甲も通り過ぎていった超高熱の余波によりデロデロに溶けている。


 例のジャギュアをやった大火力のビーム砲だ。


 私は自分の軽率な判断を後悔しつつも烈風を引きづって遮蔽物の陰へと入れると作戦室から通信が入ってくる。


「聞こえますか!? 例のステルス機がそちらへ向かっています!!」

「おいおい、他の連中に抑えさせとけとけよ!?」

「そのつもりでしたが突破されました。どうやら例のステルス機は重駆逐機との合流を最優先にしているようです」


 それとともに作戦室から数枚のカメラ画像が送られてくる。

 デジタル処理により補正を受けながらも強いブレが残るその画像データは敵機の運動性と機動力の凄まじさを物語るが、それでもベテラン組やマモル君には機種の解明ができる程度には敵の姿を映し出していた。


「これは『月光ゲッコウ』……?」

「そうだな、間違いねぇ……」

「チィッ! 陽炎に続いて月光まで……」


 ついに明らかとなった正体不明の敵機の姿。

 だが、それはむしろ私たちを絶望の淵へと追いやっていた。


「……マモル君、この2機ってどんなモンなの?」

「両方ともランク6の機体です」

「……は?」

「ついでに言うなら、陽炎はBOSS属性の付いた機体で他のランク6の機体とは一線を画す性能ですし、月光はランク6としては少し物足りない性能ですが、レーダーや赤外線などのセンサー類には反応しない機体特性を有しています」


 ……本当に、本当にこのミッションは「難易度☆☆☆」のものなのだろうか?


 あまりにも異質。

 とてもプレイヤーを遊ばせるつもりがあるとは思えない。


 心の中で思い浮かんだ姉が「レオナちゃ~ん、どうスかね~!?」とか笑顔で言ってくるのを脳内地獄突きで黙らせ、この場の対処法を考えるが何も思いつかない。

 むしろ頭の中が真っ白でマトモな事は何も考えられず、脳裏に浮かんだ姉の喉笛に何度も指剣を叩き込むが、その一方でそんな事を思っていても何も解決などはしないと理解している自分もいて、完全な思考停止状態。


「ライオネスさん、危ないさぁ!!」

「伏せろッ!!」


 私を現実に引きずり戻したのはキャタピラー君とテックさんの鬼気迫った声。

「伏せろ」という言葉に条件反射的に私はニムロッドを伏せさせるが、機体のカメラに一瞬だけ紫色の何かが映ったかと思うととてつもない轟音とともにニムロッドのコックピットが震える。


「……く、くうぅぅぅ…………」


 まず気付いたのはニムロッドの残りHPが2,000を切っている事。

 そして私たちが姿を隠していた廃ビルに円形の大穴が空いていたという事。


「なっ!? こ、このビルって破壊不能のオブジェクトじゃなかったの!?」

「このゲームにそんな物など存在しません!!」


 言われてみればマモル君の言うとおり、ビルは破壊不能の弾避けに使ってください的なアクションシューティングでよくあるオブジェクトだと考えていたのは私の勝手な思い込みなのだけど、そう思ってしまうくらいにこれまで廃ビル群はHuMoの銃撃やミサイルの直撃に耐えていたのだ。


 それが一瞬で貫通させられるとは……。

 陽炎という機体が持っているビーム砲の恐ろしさが身を持って感じられる。


 私のニムロッドは伏せていたためにビームの直撃は受けなかったものの、HPが減っているという事は熱の余波で背中が随分と炙られてしまったようだ。


 そして私が機体の首を上げさせて周囲の状況を確認させようとすると、そこにいたのは全身が紫色の細身の機体。


「……月光!! もう、こんなところまで!?」


 トヨトミ製らしく小型の機体を無理矢理にシェイプアップしたかのような紫のHuMoは、ステルス性を保つためだろう機体と同色のカバーの取り付けられたサブマシンガンと鏃のような短剣を持って私とローディーを狙っていた。


 やはりレーダーにもサーマルセンサーにも反応は無い。


「クソッ!! おい、キャタ坊、月光を抑えろ!! 私はデカブツをやるッ!!」

「あ、あいさ~!!」

「お、おい!? テック!? テック!!」


 私とローディーの機体を鈍重そうなズヴィラボーイが飛び越していき殴りかかるが、月光はヒラリを身を翻してパイルバンカーの一撃を躱して短剣の反撃を見舞う。


 ズヴィラボーイの装甲から目も眩むほどの火花が飛び散り、さらに追撃を入れようとするのを私はライフルの連射で制し、スラスターを吹かして無理矢理に機体を起き上がらせると月光はビルの陰へと姿を消した。


「ステルス機ってのは厄介なモンね。FCSの照準補正が効かないわッ!?」

「そんな事よりテックさんが危ないさ~!!」


 キャタピラー君の今にも泣きだしそうな声に私はテックさんの深紅の機体を探すが、先ほどまで彼女がいた地点にはすでに姿は無い。


 まさかと慌てて機体をスラスターでジャンプさせると危惧したようにテックさんはもう難民キャンプの目前まで迫っていた陽炎に接近戦を仕掛けようとしていた。


 手にしたショットガンを弾があるだけ乱射し、スラスターを全開にして大きく跳び上がった彼女の機体は陽炎が手にした銃器やCIWSに幾度も被弾しながら敵機の背後へと回る事に成功する。


 だが散弾銃を放り捨てビームソード片手に陽炎の弱点を狙うテックさんの機体は、手にした銃をハードポイントに設置し、バスケットのピポットターンのようにして急旋回した陽炎により捕らえられ、4本の腕でテックさんのニムロッドを掴んだ陽炎はゆっくりと腕を下げていく。


 私もこちらに背後を向けた陽炎にライフルの連射を浴びせるが、敵の装甲は私の射撃などまるで無いものかのように動じる様子はない。


「テックさん!?」

「テック!? 脱出しろ!! テェッッック!!」


 ローディーの叫びも虚しく、すでに脱出しても無意味だと悟ったのであろうテックさんのニムロッドは敵に捕らえられながらもCIWSの25mm機関砲で最後の抵抗を行い、そして陽炎の胸部ビーム砲の直撃を受けて反応を消失した。


「クソっっっ!!」

「お姉さん、後ろッ!!」


 なおも陽炎目掛けてライフルの連射を続ける私の背後にいつの間にか現れていた月光が短剣を振るうが、マモル君の言葉でなんとかギリギリで振り返ると月光の凶刃がニムロッドの右腕に突き刺さる。


「陽炎がこっちを向いたさぁ、逃げて!!」


 さすがに月光はランク6の機体とはいえ小型軽量のトヨトミ製の機体である。

 敵の火線を避けようと腕に短剣が突き刺さったまま重量差を活かして突き飛ばし、すんでの所で陽炎の砲火から逃れる事ができた。


 私から離れた月光に対してキャタ君も射撃を加えるが命中弾を得る事はない。


「どうする? どうする!? どうする、私!?」


 このままではジリ貧もいいとこ。

 いや、「ジリジリと」だなんて形容詞が使えるほど長く持つとは思えない。


 手汗で滑るコントロールレバーを握り直す僅かな隙すら致命的なミスに繋がりかねない。

 そんな焦燥感を打開してくれたモノは上空から舞い降りてきた。


 それは架電工事の時に見かける電線用の巨大なリールのように見えた。

 あるいは家庭科の時間にミシンで使うボビンを直径1メートルサイズに巨大化させたような。


 リールやボビンとは違うのは、それ自体がロケット噴射で高速回転して敵機へと向かっていくところ。


 空中で幾度も姿勢を変えながら、あるいは地面やビルにぶつかってはバウンドして、複数の高速回転する円柱たちは陽炎と月光に殺到して次々に大爆発を起こしていく。


「どうだい? 特殊航空誘導爆雷『パンジャンドラム』だ……」


 ボビンの化け物に引き続いて上空からゆっくりとスラスターを吹かして現れた1機のHuMo。


 その機体色は全身のパステルピンクに染められ、所々にラインストーンでも敷き詰めたかのような煌めきを放つローズピンクのラインが走っている。


「その機体カラー……、サブリナちゃん!?」

「いや、そうだけどよ。この塗装を私のパーソナルカラーみたいに言うのは止めてくれ……」

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