19 乱戦の後

 キロの重厚な機体が草一つ生えない大地に倒れると細かい粒子状の赤土が舞い飛んで視界を塞いでくる。

 私はそんな事など構わずに敵のコックピットがあったであろう位置へとビームソードを突き入れると、超高熱のビーム刃によって爆発的に溶けていく装甲がマグマの噴出のように吹き上がる。


≪キロを撃破しました。TecPt:10を取得、SkillPt:1を取得≫


「ハァ……、ハァ……、ハァ……」


 敵と味方の砲弾が交差する乱戦は束の間の事。

 戦いの緊張に火照った私の頬をコックピットの空調が心地よく冷やしていく。

 砲声は止み、動く敵機の姿はもうない。


 ニムロッドの頭部を旋回させながら周囲の状況を確認しても敵機の姿は光学カメラ、レーダーともに捉えられる事はなく、私は近接先頭に移行する時に放り投げたライフルを拾いつつなおも警戒するが戦場は静寂を取り戻していた。


「凄い! 凄いでごぜぇますわよ! 誰も死んでませんわ!!」

「まあ、味方は、ね……」


 大地に横たわる敵機の残骸は無いもののように中山さんの双月が全身を使ったガッツポーズで勝利の快感を現していた。


「もしかして……、今まではどうだったのよ?」

「間違いなく『難易度☆☆』のミッションでしたら1人から3人は死んでますわね!」

「……ぞっとする話ね」


 今日は私が参加しているから4機編成だけど、それまでは中山さんは3機で小隊を編成していたのだ。

 つまり3人が撃破されて死亡判定をもらったという事は全滅によりミッション失敗を意味している。

「難易度☆☆」のミッションってそんなに難易度が高かったっけ?


 ついでに言わせてもらえば今回のミッションだってちょっと何かが間違っていたら全滅する事はなかっただろうとしても何機か落とされていてもおかしくはなかっただろう。


「やっぱりライオネスさんはやるものですわね!」


 そう言いながら両手を振り上げてその場でジャンプを繰り返すプリセットされたボディランゲージを行う双月の残りHPは1,500ほど。

 装甲は被弾や敵機との接触によりベコボコに凹んでいるし、その右手に握られているのは剣のように振り回していた自身の折れたプロペラの羽根だ。


「同じバランスタイプの機体に乗っていてもウチのお兄ちゃんなんかとは出来が違うね!」


 HPの残量的にはニムロッドに次いで余裕のあるジーナちゃんの雷電重装型は履帯が破壊され、スラスターを用いない状態での移動能力を喪失した状態。

 敵にもう少し余裕があれば良い的になっていたであろう。


「ウチのお嬢が言うほどの事はあると言ったところかな? お疲れさん!」


 ジーナちゃんの機体が胴体に増加装甲として張り付けている予備履帯を用いて応急修理を行うというトミー君の雷電陸戦型が私の前を通り過ぎる時に親指を上げてサムズアップを作り私の働きを賞賛するも、そういう彼の機体の残HPは185。

 ちょっと敵の攻撃が上振れていたら撃破されていたであろうというほどだ。


 というか全身の被弾痕から今も線香花火のような細かい火花を散らしているのは今にも爆発しそうで精神衛生上よろしくない。

 もし、このゲームにHPの表示がなかったら彼の機体とは距離を取っていただろう。


 それはジーナちゃんも同様であったのか、自身の機体を修理しようと近づいてくる兄に対して首の左右に取り付けられている発射機から消火剤を発射し、たちまちダークブルーの両機は練乳をかけたかき氷のような有様となる。


 やがてジーナちゃんの機体の応急修理が終わる頃、遠くから鈍い砲声が轟いてきて同時にミッション終了を告げる通信が入ってきた。

 後方の砲兵陣地からハイエナのアジトへ向けて砲撃が始まったのだ。


「……ねえ、マモル君。私もプレミアムHuMoチケット1枚持ってるわよね?」

「ええ。それがどうかしましたか?」

「あの3人を全員まとめて重装甲タイプに乗り換えさせて、代わりにマモル君が双月に乗って索敵とかしてくれない?」

「対空砲火の攻撃目標になりうるような役目を装甲の無い機体でやるのはお断りしたいのですがね?」

「そう……。まあ、気持ちは分かるわ」


 迎えの輸送機を待つ間も勝利の余韻に酔いしれる3人をひとまず置いておき、外部との通信を切ってからマモル君に相談してみるも彼の返事はけんもほろろ。


 まあ無理もない。

 基本的にHuMoの全身各所に張り巡らされているプロテクターのような装甲は様々な特殊合金やセラミック、化学物質などを組み合わせた複合装甲となっている。

 だが中山さんの機体の装甲がカチ割られた箇所をカメラで拡大表示させてみると、どう見ても一枚板の材質にしか見えないのだ。


 マモル君が言う所によると双月は軽量化のために装甲材は「金属架橋型強化プラスチック」なる物が使われているらしい。


 金属架橋だの強化だのよく分からないが、結局はプラスチックはプラスチックに過ぎないのであろう。

 現実世界でも自動車のボディや小型ボートの船体に使われているFRPの強化版といったところか?


「ようするに装甲なんて言ってますけど、とどのつまりは飛行の際に空力特性を良くするための物でしかないって事でしょう」

「なるほどねぇ……」


 さすがにそんな機体に「慎重過ぎる」だの「臆病」だの言われているマモル君を乗せるのは忍びない。


 そもそもマモル君の機体候補はこのニムロッドだ。

 私が重量増による機動性の低下がわずかでもあったとしても新武装に重量級のバトルライフルを選んだのも狙撃が得意だというマモル君が乗る時の事を考えての事である。

 もちろんそれは私がニムロッドよりもさらに上位に機体に乗り換えた後の話ではあるのだが。


「ホント、惜しいのよね~……」

「ええ、分かります。序盤は上手くいっていたと思いますよ」


 なんだかんだマモル君も認めるように中山さんの小隊は手の付けようがないほどしょうもないというわけではない。

 むしろ見るべき所は確かにあるのだ。


 序盤の上空から索敵とデータリンクによるミサイル攻撃もそうだし、中山さんが突撃に参加してからも彼女が見せた近接戦闘能力は意外と侮れないものがある。


「ま、その話は後ね……」


 ふと気付くと中山さんの双月が首を傾げて耳の辺りを指さしていた。


「……ゴメンなさい。ちょっとマモル君と相談していたの」

「ああ、ライオネスさんのライフルは下ろし立てでごぜぇましたわね。さすがランク4の武器だけあってけっこうな火力でごぜぇますわね!」


 通信をオンにして適当に思い付いた言い訳を言うと中山さんは都合良く解釈してくれたので話に乗っかる事にした。


「そうでもないわよ。それなりに離れた距離から敵の装甲を抜けるのはいいけど、連射がブレまくるから近距離戦での集弾性を考えたら小口径のアサルトライフルの方が良いのかもね」

「なるほど、なるほど……」

「ウチのお兄ちゃんにも見習ってほしいくらいです!」

「ああ、なんで連射できるのに単発で使ってるのかと思ったらそういう事か……」


 その後も迎えが来るまで中山さんたちの私への賞賛は続き、それはオンラインゲームの醍醐味の1つと言ってもいいものだろうに私の胸中はむしろ徒労感が増していくばかりであった。


ミッションクリア!!

基本報酬  600,000(プレミアムアカウント割増済み)

特別報酬  240,000(プレミアムアカウント割増済み)

修理・補給 -19,730

合計    820,630

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