17 サンタモニカ小隊
「ふぅ……。食った、食ったでごぜぇますわ……」
通路側の席に座っていたトミー君がすっと立ち上がってドリンクバーからホットのカプチーノを持ってくると中山さんはごく自然に受け取って優雅に飲み始める。
ロボットアニメに出てきそうなスキューバダイビング用のドライスーツと宇宙服を掛け合わせたようなパイロットスーツを着ているトミー君であるが、その気の利かせようは燕尾服姿のウチのマモル君よりよほど執事のようであった。
「やはり完全没入型のVRゲームの魅力の1つは味覚まで再現されてる事ですわね」
「それは言えるわね」
苦みの強いカプチーノに砂糖を入れずに飲んで食後の余韻を楽しむ中山さんは随分と満足気な様子。
やはりモノホンのお嬢様である彼女は私にとってはありきたりなファミレスのメニューが珍しいものなのかもしれない。
それにしても
「やはり未来を舞台としたSF物の醍醐味といえばディストピア飯というヤツでごぜぇますわね」
「……うん?」
「この本物の肉を使っているかも分からないグズグズのハンバーグ、アリバイ作りかのような大量の脂、凡庸なSFに出てくるただ不味いだけのものとは違いますわね。言うならば一般大衆を満足させる事のできるディストピア飯でごぜぇますわ! 想像力が膨らみますわね!」
前言撤回ッ!
こいつぁ庶民派どころじゃねぇ!
「あのね、サンタモニカさん。……このファミレスのメニューってけっこう再現度高いわよ?」
「どういう事でごぜぇます?」
「21世紀の現実世界で学生やら家族連れやらサラリーマンが食べてるのはこういうのなのよね」
「……マジでごぜぇますか!?」
中山さんの言葉に悪意は無いのは分かっている。
故に残酷なのだ。
3人の子供たちが私たちの言葉の意味が分かっていないのかきょとんとした顔をしているのだけが救いだ。
「なんなら今度、ウチでフランチャイズやらせてもらってるお店に来てみる?」
ちょうど私たちが食事をしているファミレスはウチでもフランチャイズに加盟している店舗が2店舗ほどあるので誘ってみた。
どうせ来ないだろうが、私の話が信憑性のある事だと思ってもらえればそれでいい。
「つまりライオネスさんのお家は悪徳資産家であると?」
「違うわよ? 私自身だってお店の手伝いに行った時は
「まあ! 私、ブルジョワジーというのはそうでなければいけないと思いますわ!」
彼女は意外と思い込みが強い性格であったのだろうか?
偽物の食品を客に出す悪徳経営者か、本物の食品を口にする事ができない庶民と同じ物を口にする理想家か。
0か100、そのどちらか。
その中間、高い金を出せばちゃんとした物を食えるのは分かってるけど、毎食は無理っていうふうには思えないだろうか。
まあ、そんな話をしたところで理解してもらえるかは分からないし、理解したところで彼女の人生には何の意味も持たないのだろうから話題をゲームの話へと変えよう。
「ところでサンタモニカさんはこのゲームはいつから?」
「ええ、私は土曜日からやってますわよ」
「ああ、じゃあ私と同じか……」
とはいえ私は昨日、サブリナちゃんと一緒にミッションを終えた後、バグの習性で報酬を回収されるかもしれないのでしばらく様子をみてみようという事になってログアウトしていたので大してプレイしていないのだけど。
今日になってもクレジットの表示に変化は無い事から、回収はされないと見ていいだろうし、ありがたく使わせてもらう事にした。
「それじゃあお互いの程度も分からないし、最初に『難易度☆☆』のミッションでも一緒にやってみない? 私はランク3のニムロッドなんだけど……」
「ええ、そうでごぜぇますわね。私たちはランク2の機体が3機なので気楽にいきましょう!」
料理に手を付ける前にとマモル君からタブレットを借りて、すでに新しいライフルと予備弾倉は注文済みだ。
前回のミッションみたいに他人頼みとはならないハズ。
それに中山さんたちはランク2とはいえ3機もいるのだから、彼女の言葉通りミッションさえ間違わなければ気楽もいいとこ。
私は無難そうなミッションを1つ選んで、中山さんにタブレットを見せる。
「これなんかどうかしら? 私は前に1度、同じミッションをクリアしたのだけど」
「ええと……、『砲兵陣地の防衛』ですか」
そのミッションは前にNPCのローディーとバディを組まされたミッションである。
もっとも今回は別のミッション区域が指定されているだけに地形などはまるで別物のようなのだが。
「エリアディフェンスみたいな感じのミッションよ。攻めてくる敵を砲撃担当のいる場所まで通さなければいいってヤツ。それに砲撃担当もHuMoだからちょっとやそっとくらいなら自衛できるみたいだし、そんなにキツいものじゃないと思うわ」
「敵はどの程度のものなのですか?」
「ええと私は前回、ソロだったからNPCと組まされたのだけど、その時は計8機の敵が出てきたわ。全てランク1の雷電やキロだったのだけど……」
そこで私はふと違和感を感じた。
いや違和感といっても大した事ではない。
なんというか中山さんが妙に慎重過ぎるような気がしたのだ。
彼女はAI2人を連れて3機の小隊なのだという。
ランク2の機体とはいえ3機もいれば「難易度☆☆」のミッションくらい楽勝ではないだろうか?
タブレットに表示されるミッション依頼文を口に手を当てて慎重に読み込む中山さんは「気楽に行きましょう!」と口で言う割に随分と長く考え込んでいるように見える。
もしかすると彼女も私が前回サブリナちゃんと一緒に受けたミッションのように意地の悪いミッションに手を焼いたのかもしれない。
もしくは、だ。
私はチラリとジーナちゃんを見た。
食事を終えてコーラを飲みながら随分とボロボロの熊のぬいぐるみを抱きかかえるジーナちゃんは戦場に出すにはあまりにも幼な過ぎるように思える。
もしかすると中山さんとの協力プレイのキモはいかに敵を倒すかではなく、いかにしてジーナちゃんを守るのか、という点になるのかもしれない。
もちろん中山さんの事も守らなければならないわけで、私とトミー君で2人を姫プしなければならないわけだ。
「……ええ、分かりましたわ。このミッションで行きましょう」
やがて納得がいったのか、顔を上げてミッションを受ける事を了承した中山さんとフレンド登録を交わし、私たちは一度解散してそれぞれのガレージへと向かった。
………………
…………
……
≪キロを撃破しました。TecPt:10を取得、SkillPt:1を取得≫
ニムロッドのライフル弾に撃ち抜かれたキロが破孔から炎を吹き出しながら小爆発を繰り返して四散する。
「ライオネスさん、ナイスでごぜぇますわ!」
「サンキュ!」
今回のミッションの舞台となるのは重砲によるクレーターがいくつもできた荒野。
クレーターは機体を伏せさせる事で身長16メートルの巨人であるHuMoすら身を隠す事ができるほどに深い物で、敵はクレーターからクレーターへと連携を取りながら少しずつ前進してきている。
対する私たちは敵襲が始まる前に地形を把握して、クレーターが薄い箇所を選んでそこで敵を迎え撃つ事としていた。
ここでなら敵が次のクレーターへと移動する時間が長くなって射撃を加える時間が取れるであろうという判断だ。しかもこちらはクレーターに身を隠しながら敵を攻撃する事ができればアドバンテージが取れるハズであったのだ。
私の新武装である84mmバトルライフルの威力は申し分なく、お椀をひっくり返したような曲面で形作られたキロの頭部も難なく撃ち抜く事ができていたし、その単発火力は1400。キロであれば4発、上振れすれば3発で倒せる計算である。
「さすがはランク4の武装といったところね!」
無論、84mmバトルライフルにも欠点はある。
重量は嵩むし、反動が強いために基本は単発運用、連射は当たったらラッキーくらいの弾をバラまくためのものといった風情。
しかもサブリナちゃんが前回のミッションに持ってきたライフルに比べれば威力も低い。
一体、あのライフルのランクはどれほどのものであったのだろうか?
「それじゃ、次の敵を炙り出しますね」
「お願い、ジーナちゃん!」
意外な事にジーナちゃんは私が心配していたほど戦闘能力は低くはないようだ。
後方のクレーターに身を潜めているジーナちゃんの「雷電重装型」から発射されたミサイルが私の頭上を通り越して前方のクレーターへと降り注ぐと、たまらず
私はそいつに狙いを付けてライフルを発射。
≪攻撃命中! 5,500→4,030(-1,470)≫
他の敵も私に対して反撃を試みるものの、メクラ撃ちではそうそう当たるものではないし、すぐに上空から中山さんの「双月」が爆撃を加えて黙らせる。
≪小隊メンバーが雷電を撃破しました!≫
風切り羽を持った爆弾が敵の隠れているクレーターへと降り注いだかと思うとニムロッドのサブディスプレーに敵機の撃破ログが流れて私は思わず感心してしまう。
「凄い物ねぇ。アレは何かしら?」
「誘導爆弾ですね。ミサイルほど追尾性能が高いわけではないですが身動き取れない敵には有効でしょう」
「クレーターから飛び出せば狙い撃たれ、隠れてればミサイルやら爆弾で炙られる。エゲつないわねぇ」
「ええ、ホントに……」
残る敵は6機、いずれも前回と同じくランク1の機体だ。
なぜクレーターに隠れている敵がレーダー画面に表示されているかというと、上空から中山さんの双月が索敵情報をよこしてくれるから。
さきほどのジーナちゃんの攻撃も双月からの情報で照準を付けているのだ。
それに双月は積載可能重量が低く、あまり武器を積んでいないそうだが、その代わり以上に後方のジーナちゃんの機体からのミサイルによる支援は厚い。
大型の戦車のような履帯式の車両へ砲塔の代わりに雷電の腹部から上をドッキングさせたような、いわゆるタンク型の機体である雷電重装型はバックパックの左右に多数の小型ミサイルが搭載された大型ランチャーを取り付けており、さらに車体上部にCIWSを、右手には雷電標準の57mmアサルトライフルと装備している。
正直、中山さんの双月とジーナちゃんの雷電重装型でミッションの趨勢は決まりそうなものであるし、撃ち漏らした敵がいたとしても私のニムロッドを突っ込ませればそれで終わりのような気もする。
1つだけ問題点があるとするなら、それは……。
「うおおおぉぉぉ!! やってやる、やってやるぞ!!」
「あっ……」
ジーナちゃんのミサイル攻撃の圧に負けて飛び出してきた敵機に対し、私の隣のクレーターから軽装の雷電が飛び出して突っ込んでいく。
「お兄ちゃん、どいて! そいつ殺せない!」
トミー君の「雷電陸戦型」は陸戦型とはいうものの、このゲームには宇宙ステージは実装されていないわけで、実質的にはいわゆる宇宙用の装備を廃したという設定の軽量タイプの機体である。
サンタモニカ小隊は本来ならば上空から索敵、管制を行う中山さんの双月と、後方から火力支援を行うジーナちゃんの雷電重装型、機動力を活かして中近距離での戦闘を行うトミー君の雷電陸戦型とバランスの取れたものであるハズだったのだろう。
だが敵に向かって飛び出していくトミー君の雷電は少し考えれば分かりそうなものなのに、後方のジーナちゃんのライフルの射線を塞いでいた。
「サンタモニカさんが心配してたのはこれかぁ~……」
「すいません、私はこれで弾切れでごぜぇます。後はお願いできますか?」
「了解ッ! 索敵情報もらえるだけありがたいわ!」
ふぅと溜め息を1つついた私はニムロッドをクレーターから飛び出させる。
「ところでサンタモニカさん?」
「なんでごぜぇますか?」
「トミー君の雷電、背中に装甲を張ったらどうかしら?」
兄に構わず射撃を開始したジーナちゃんの情け容赦ない連射を見ながら私はふとそんな事を考えていた。
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