16 ネタにならないぐらいのキワ物て、かえって反応に困るよね
放課後、私は家に帰ると通話&メッセージアプリの
『私は今、自宅に着いたところだけど中山さんはどう?』
学校から自宅までの距離なら中山さんの自宅、というか屋敷の方が私の家よりも圧倒的に遠いのだけど、向こうはガチのお嬢様。当然のように登下校はリムジンでの送迎である。
彼女を待たせ過ぎて不興を買っては大問題だと家に着くや否やメッセージを送ったのだけど、案の定、1分の経たない内に返信が返ってくる。
『私はいつでも行けますわ!!』
『OK! それじゃ私も潜るから打ち合わせどおりの場所で』
彼女と私の間には明確なヒエラルキーが存在するものの、さりとて私たちはクラスメイトの関係でもある。
あまりにへりくだり過ぎるのもどうかと思うので私は努めて普段通りの態度を保っていた。
それでも彼女は気を遣うべき相手であるのは間違いなく、わざわざ仮想現実の世界に潜る前にスマホでメッセージを送ったのもそのためだ。
「鉄騎戦線ジャッカル」の世界においては時間が10倍に加速される。
現実世界の1分がゲームの世界では10分になる都合上、ゲームの世界で待ち合わせをする時は事前にきっちりタイミングを合わせた方が良いだろうと思いついたのは我ながらファインプレーだろうと思う。
なにせ仮に私が10分遅れてしまったら、ゲームの世界では相手を100分、1時間半以上も待たせてしまう事になるのだ。
これは流石によろしくない。
その出自とは裏腹に人当たりがよろしい事で知られる中山さんだが、付き合いは深くないだけに彼女を怒らせてしまったらどのような事があるか分かったものではないのだ。
最悪、ウチで加盟しているコンビニやら飲食店やら様々なフランチャイズ元が急に明日にでも契約をうち切ってくると言い出しても不思議ではない。
「はあ~~~……」
私は深い溜め息をついてコップの注いだ麦茶を飲み干すとテーブルの上に置き、ベッドに向かうとVRヘッドギアを被ってゲーム機を起動する。
息も付けない接待プレイになるのかもしれない。
逆に私の実力不足で中山さんに幻滅されるのかもしれない。
ただ億劫なだけではない。
このゲームを始めた頃は私はゲーム友達なんかいないのでソロでの活動がメインになるか、あるいは阻害感を味わいながらヨソ様の小隊に参加させてもらうかというプレイスタイルしかないのかと思っていたが、こうも近くに同じゲームをプレイしている人がいたならできれば仲良くしたいものだという思いもある。
昨日、サブリナちゃんとプレイしてみて分かったが「鉄騎戦線ジャッカル」はジャンルがVRロボットアクションシューティングではなくVRMMO(Massively Multiplayer Online)だけあって他プレイヤーとの協力が重要な要素になっているようだ。
たとえば私が迫るミサイルを迎撃して、その間はサブリナちゃんが狙撃に専念していたように。
あるいは機動力が劣るサブリナちゃんの雷電を先に逃がして、上位機種である私のニムロッドが追手を食い止めたように。
私が現状で思い描いている、とはいってもまだ漠然としたものではあるが、ホワイトナイト・ノーブル攻略の鍵の1つが仲間との連携だ。
とはいえ、まだ私がフレンド登録しているのはマーカスさんただ1人だけ。
昨日のミッションにサブリナちゃんが持ってきたあの大型のライフルの威力を見て、あのくたびれたおじさんは実は中々にやり手のゲーマーなのではないかという気もしているのだが、それでもノーブル相手にこっちの連れが1人ではさすがに心元無い。
もし「鉄騎戦線ジャッカル」を通じて中山さんと仲良くなれるのならば彼女も巻き込んでやろうという思いが私にはあった。
どだいネットゲームなんてものはゲーム世界全体のシナリオが進まなければラスボスなんて出てこないのだ。
なら友人にラスボスに等しい目標を与えて付き合ってもらうのだって悪くはないだろう。
「いけない、いけない。そもそもそれは中山さんしだいよね……」
ヘッドギアのヘッドマウントディスプレーにVVVRテック社のロゴが浮かび上がってきた頃、私は独り言を言いながら自分の意識が薄れていくのを感じていた。
………………
…………
……
「ウメェですわ!! ウメェですわ!!!!」
「うま……、うま……」
「美味ち! 美味ち!」
「…………」
一体、ここは養豚場か何かか?
中山さんと3人の子供たちは何日も食事をさせてもらえなかったかのようにガッついて6人用のテーブルに所狭しと並べられたファミレスメニューを貪っている。
ウチのマモル君ですら昨日、一昨日とお行儀良く食事をしていたのに、今日は中山さんの食いっぷりに感化されてかまるで鉄板や皿まで食い尽くさん勢いでナイフとフォークを動かしていた。
私はゲームの世界へ入り、マモル君を連れて中山さんとの待ち合わせ場所へと向かったのだが、エアタクシーの中でマモル君の毒舌が中山さんに向いたらどうしようと不安になっていた。
なんならマモル君には悪いが、待ち合わせ場所に着いたらマモル君にはそのままタクシーでガレージに帰ってもらおうかとも思っていたくらいだ。
だがタクシーの停車位置にはちょうど目の前に髪の色がピンクに変更された中山さんがおり、社内に担当AIが残っているのにタクシーを発車させるのは流石に不自然かとマモル君も降りてもらったのだが、結果的には私の心配は杞憂であったようである。
「あら? ライオネスさん、食が進んでおられないようですけど……?」
「ええ、ちょっと気になっている事があって……」
「そうでごぜぇますか……。でしたらハンバーグ頂きでごぜぇますわ!!」
「あっ! じゃあ俺、エビフライ!!」
「私はチキンステーキ!!」
「それなら僕は残り物を……」
私がマモル君から借りたタブレットで調べ物をしているのを目ざとく見つけた中山さんが声をかけてきたや否や、私の前に置かれたミックスグリルの鉄板にひょいひょいとフォークが伸びてきて、仕舞にはコーンやらブロッコリーやウインナーだけが残った皿をマモル君が自分の空になった鉄板と入れ替える。
まるでピラニアの群れが飼育されている水槽に肉片を落としたが如き反応だ。
「ええと、サンタモニカさん……?」
「あら? ライオネスさん、
「…………わぁ~……、この世界、楽しんでるぅ……」
自分の皿の上へと持って行ったハンバーグを4等分に切り分けると、それぞれ1切れずつを子供たちの皿へと移していく中山さんの様は彼女のふくよかな体形も合わさって慈悲深い聖母のようにも思える。
……それが私から奪った物ではなければの話だが。
サンタモニカ、それがこの世界での彼女のハンドルネームだ。
ウェーブがかったセミロングの髪をピンクに染めて、その存在感たっぷりの肉体をロボットアニメで良くあるようなオフホワイトのパイロットスーツで包んだ彼女の左右にはお揃いのパイロットスーツを着込んだ子供が2人。
マモル君よりいくらか背の高いそばかす顔の少年がトミー。
マモル君よりもさらに年少であろうお人形のように可愛らしい少女がジーナ。
茶髪というにはいささか赤過ぎる髪の2人は兄妹だそうで、この2人がサンタモニカさんの担当AIだそうな。
というか、よく子供用のパイロットスーツとかあったものだな。
「えと、1つ聞いていいかしら?」
「ええ、なんでごぜぇますか?」
「パイロットスーツを着てるって事はトミー君とジーナちゃんも2人ともパイロット免許を持っているのかしら」
「はい! 2人ともしっかり働いてくれてますのよ」
2人で1組のユーザー補助AI。
てっきり年齢的にトミー君だけがパイロットで、妹のジーナちゃんもパイロットスーツを着ているのは1人だけ仲間外れは可哀想とかそういう理由だと思ったのだけど、そういうわけではないようだ。
サンタモニカ、中山さんはその危うさに気付いているのだろうか?
私たちは高校生で、どうしても学業という本分がある以上、ゲームに費やす事ができる時間は限られる。
昨日見た攻略WikiのオススメAIランキングのワースト10にトミー&ジーナの名前が無かった事から考えば2人はそう酷いものではないのだろうけど、問題は適性とか素質とか能力などといったものではない。
簡単にいってしまえば、中山さんはAI2人をパイロットとして活用しようと思えば限られたリソースを3分割しなければならないという事になる。
機体や武装の購入に使われるクレジット、強化に使う技術ポイント、そしてパイロットのスキルを育成するのに使うスキルポイント。
もちろん中山さんだって考えてリソースを上手くやりくりしようとするだろうし、ソロプレイで3機小隊が組めるというメリットだってもちろんあるだろう。
それでも序盤は良くても後々に強化不足育成不足が目立って攻略の前線からは離れざるをえないのではないだろうか?
リソースを3分割しなければならないという問題を解決するにはとどのつまりミッションの数をこなしてポイントやらクレジットをがっぽり稼がなければならないのだろうが、生憎と私たちは高校生、時間には限りがある。
恐らくはトミー&ジーナはその可愛らしい外見とは裏腹に時間をいくらでも使える人向けの廃人プレイ前提のAIであるような気がしてならないのだ。
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