15 月曜日の昼休み
「あら? “獅子の御姉様”は今日もJKプロレス部の部長と昼食を摂られているようね」
「どうにかお近づきになれないものかしら?」
「止めておきなさい。ああ見えて獅子と呼ばれるだけの御方なのよ。貴女のような子兎が近づいたところで痛い目見るだけよ」
新たな週の始まり。
月曜の昼休みに私はいつものようにぐっさんと校庭の立ち木の下、芝生に座ってお弁当を食べていた。
4月も終わりが近づくと、晴れの日の東京の日差しはもう直射日光が耐えがたいほどのものとなってきているが、日陰にいれば陽気の中を通りすぎていく微風が心地いいくらい。
高校3年間ずっとクラスが一緒だった
どちらかというと小柄で体も細い私と180cmを超える長身と日本人離れしたスタイルを持つぐっさんは凸凹コンビのように扱われる事も多いが、気心の知れた友人という事もあってかそれも悪い気はしない。
「ハハ……、寮生の子たちとは感性が合わないわね」
「まあ、3年生はデカい顔できる権利があるのだから、その分の義務は果たしなさいな」
「いや~……、ぐっさんの言う事も分かるけど、さすがにアレは、ねぇ……?」
1年生の子たちがすぐそばを通っていった後に小声で話している内容が聞こえてきて私は思わず苦笑した。
私たちが通う私立鳳桜学園高校はいわゆるお嬢様学校。
この少子化の時代に未だに共学ではなく女子校であるのも長い伝統を持つ名門校だからだろう。
そのせいかウチの学校にはなんとも不思議な伝統がいまだに残っている。
その内の1つが3年生の特に際立った実績を持つ生徒が下級生たちから“御姉様”として鳳高生の模範として崇め慕われるというもの。
これなんかはウチの学校がかつて全寮制の学校だった頃に親元から離れた少女たちが寂しさを紛らわすために疑似姉妹の関係を構築していったのではないかと思われるが、そういうわけで今でも上級生を“御姉様”と呼ぶのは寮に入っている子が多い。
「まあ、貴女だって1年の頃は『よう、御姉様、新しい技を思い付いたから胸を貸してくださいよ~』なんて言っていたのだから、ツケを払っているのだと思って我慢なさいな」
……寮生以外にもどこかの誰かのようにその伝統を悪用する輩もいるようだ。
まあそれはともかく、1学年で御姉様と呼ばれるのは5名にも満たない極少数。大抵の年は3、4人といったところだ。
だからこそ寮生の子たちのお遊びだと思って自分は無関係だと思っていられたのだ。
この4月、3年生に進級するまでは。
……まさか自分がその“御姉様”とやらに選ばれるとは思ってもみなかったわ。
そりゃ確かに私は1年生の時に部活で全国大会に出場し、団体戦も個人戦も優勝したわけで。
JKプロレス部は私たちが入学した年の新入部員は私とぐっさんの2人だけだったというのに、その翌年は一気に倍の4名の新入部員が入ってきたわけで。
そういうわけで実績という点だけならそうなのかもしれないけど、ただ私は自分が下級生たちの模範となる人物なのかと言われると、その……。
その私の心境の機微を知っていようにぐっさんはサラダチキンを頬張りながら茶化してくるのだ。
「でもさぁ、“御姉様”というのなら貴女のほうが相応しいのではないかしら?」
「あら? 貴女は毎食、鶏のムネ肉にかぶりついてる女を“御姉様”と呼びたい子がいるとでも?」
「いいじゃない? “蛮族の御姉様”で」
ぐっさんを蛮族呼ばわりしたのはもちろん冗談だ。
彼女の海外モデルばりに目鼻立ちの良い顔は十二分に美人の条件を満たしているといっても間違いないだろうし、彼女が地道に作り上げた筋肉はセーラー服の上からでも分かるほどに発達しており、それは観賞用の美女とはかけ離れたシルエットを彼女に与えていたが、それはぐっさんの女性としての美しさを損なうわけではないと思う。
それに彼女も去年の都大会を突破して春と秋の大会で全国大会に個人、団体ともに出場を果たしていたのだし、そもそもぐっさんのレスリングスタイルは王道ド直球のストロングスタイル。
海千山千のギミックのレスラーたちを王道のプロレスでねじ伏せていく彼女のスタイルはスポーツ新聞の記者から「目ン玉出るほどストロングスタイル」と評されるほど。
もし同じジャンルで“獅子の御姉様”と呼ばれる事になってしまった私がいなかったら、ぐっさんも“御姉様”と呼ばれていたのではないかと思う。
正直、ぐっさんは厄介な面倒事から上手く逃れたなと思わないではない。
でも、まあ去年、家庭の事情で部活を辞めてしまった負い目があるのでその程度の面倒事を引き受ける事くらいはやぶさかではないのだけど、こうして2人で食事を摂っている時に冗談のネタにするくらいは構わないだろう。
「ハハ、“蛮族の”ってのは流石にアレだけど、なら“山の御姉様”ってのはどう?」
「ちょ!? 止めてよ!!」
“蛮族”呼ばわりされても軽く笑ってすます程度だったぐっさんが“山の御姉様”と言った途端に目の色を変えて否定してくるのにはわけがある。
実を言うと“山の御姉様”というのはすでに別の人物がそう呼ばれているのだ。
それも私たちのクラスメイトがだ。
「あら? 獅子吼さん、こんなところにいましたの。探しましたわ……」
「ゲッ……!?」
「ゴフっ!? ごふぅッ!?」
噂をすればなんとやら。
たった今、話をしていた“山の御姉様”が私たちの後ろから声をかけてきて2人は動揺してしまう。
私は思わず引きつった声を出してしまったし、ぐっさんは不意に後ろから声をかけられた事で驚いてまだ十分に咀嚼していなかったサラダチキンを飲み込んでしまったせいで咽てしまっていた。
「や、やあ、中山さん。私になにか用かしら?」
「え、ええ、それより山口さんは大丈夫でごぜぇますか?」
彼女は“御姉様”と呼ばれるだけの実績を残しているわけではない。
中山さんが“御姉様”と呼ばれるようになった理由はただ1つ。彼女がガチモンの上級国民、マジのお嬢様だからだ。
元華族だか財閥だかの一族の末裔で、21世紀も半ばを過ぎた現代においても私たちの暮らすこの街を牛耳る中山一族といえば近隣において知らぬ者はいないだろう。
長い伝統を持つお嬢様学校のウチでその一族の令嬢である彼女が“御姉様”と呼ばれるようになったのはもはや必然と言ってもいい。
そして今、チキンを喉に詰まらせて咽ているぐっさんの背を膝を曲げてさすってやるところを見てもわかるように中山さん自身は自分の出自を鼻にかけるような所がなく、むしろ包容力のある女性なのだから下級生たちから人気が出ないわけがない。
そんな中山さんに対して向けられるべき“山の御姉様”という敬称をぐっさんに対して使ったために彼女は先ほどあれほど血相を変えていたのだ。
誰か寮生たちにアレが聞かれていたら、1年生2年生合わせて100名以上の寮生たちから総スカンを食らうところであったのかもしれない。
「う、うん……。もう大丈夫よ。ありがとう、中山さん」
「そうでごぜぇますか。ご自愛くださいませ」
「ところで中山さん、私を探していたようだけど……」
中山さんが私を探していた理由については特に心当たりはない。
彼女とは別に仲が悪いわけではないのだけど、今年同じクラスになって1月近く経つというのにあまり話をした覚えがない。
中山さんと私では住む世界が違うというか。
そりゃ私も令嬢と言われる事もあるけど、私の場合はあくまで令嬢(笑)だ。
モノホンのお嬢様は家庭の事情とはいえ深夜のコンビニやファミレスのホール係でバイトする事はないだろう。
それに何かクラスの係や委員会での接点もないし、仮に何かあったとしても私たちが昼食後にクラスに戻ってからでもいいハズだ。
「ええ、4時限目の時の話なんですけど……」
「うん? 自習だったわよね?」
今日の4時限目、世界史の時間は担当の先生の都合で自習となっていた。
幸い、世界史の成績は良いし、すでに予習済みであったので私はスマホで「鉄騎戦線ジャッカル」の攻略Wikiを見て時間を潰していたのだが、何かあったのだろうか?
「はい。で獅子吼さんが何やらスマホを見ながら足をプラプラさせているのを見て私、気付いたのでごぜぇますわ!」
「ああ、コイツ、足癖悪いから……」
「その足を取ってドラゴンスクリュー仕掛ける貴女は何なのかしら? 気付いたって何を?」
中山さんはいつの間にかその豊満な肉体を自らの腕で抱きしめるようにしながら同志を見つけた者の目をしていた。
「あの足捌き、HuMoの操縦のイメトレでごぜぇますわよね?」
「うん……?」
「同じクラスに
「おっ、アレか? 『一狩り行こうぜ!』ってヤツか?」
「そんな溌剌としたゲームではないのだけどね……」
これが生まれ持った血筋の力というやつだろうか?
春の微風に揺れるウェーブがかった髪の中山さんの熱に浮かされたような表情を見ていると、どうしても断る気にはならなかった。
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