12 撤退戦その3

 私がサブリナちゃんの後を追いはじめて1分かそこらで先ほどまでいた丘の上へと新たに雷電の4機小隊が姿を現した。


 さらに20秒ほど遅れてもう1個小隊。


 合わせて8機の雷電は小隊ごとにダイヤモンド編隊を組んで私たちを追撃してくる。


 増加スラスターを装備して機動力を増強した雷電といえどもニムロッドの全速のホバー走行よりかは僅かに速度で劣るようで、すでに2km以上は空いている互いの距離は少しずつだが差が開きつつあった。


 だが問題はサブリナちゃんの雷電だ。


 当然ながら同じ雷電同士なら増加スラスターを装備している敵の方が速い。

 このままいけば敵部隊は遠からずサブリナちゃんに追い付いてしまうだろう。


 どうする……?

 私がサブリナちゃんの後を追うのを止めて、別の方角へと進路を変更すべきなのか?


 いや。

 すでに私のニムロッドのHPは5,777。

 しかも頭部が潰されてセンサーやらプロセッサ性能が低下している事は敵だって把握しているだろう。


 そうなると敵が各小隊ごとに分かれて私とサブリナちゃんをそれぞれ攻撃しようとするのではないか?

 確証があるわけではないが、そうなった場合、私がサブリナちゃんの救援に行く事が難しくなってしまうのだ。


「後方からミサイルッ!!」


 ニムロッドを走行させたまま思案にくれる私の意識をマモル君の怒声が引き戻す。


「もうあんな位置に!?」

「後方警戒センサーも潰されてるんです! ボサッとしてないで!!」


 慌てて後方視界を拡大してメインディスプレー正面に回すと、すでに敵部隊とニムロッドの中間地点あたりまで飛んできていた4基の小型ミサイルが酷い画質ながらも映し出される。


 頭部が潰されていた弊害かミサイルの接近を知らせる警報アラートはなっていない。


「なら……!」


 私はホバー走行状態のまま身を翻して迫るミサイルを25mmCIWSで迎撃させる。


 走行中という事もあって命中率の落ちたCIWSは弾切れ寸前になってやっとの事で全てのミサイルを撃ち落としていた。


 残り11発。

 もはや無いと言っても過言ではないだろう。


 幸いなのは敵には弾切れ同然だとは悟られてはいないだろう事くらいか?

 その証拠にまだミサイルランチャーらしき物を装備している敵機はいるのに追撃はない。


「こりゃあマジでケツに火がついたわね……」

「拳銃の残弾はどうでしたっけ?」

「粘着榴弾が1発だけ」

「のこり1発で敵は8機。どうするんです?」


 他に使えるのはナイフとビームソードだけ。

 おまけにHPも敵2個小隊を相手にするには心元無し。

 機体の向きをサブリナちゃんの方に向けて速度を上げる。もはやサブリナちゃんと別方向へ向かうプランは頭の中に無い。


「マモル君は私が『サブリナちゃんに泣きつく』って言ったら笑うかしら?」

「それしかないって今さら気付いたのかと呆れるところです」

「なら決まりね!」


 私たちが敵に対して優位な事があるとするなら、それは1つだけ。


 ニムロッドの速度性能ではない。

 ニムロッドがいくら速かろうと、それでサブリナちゃんの雷電の速度が上がるわけではないのだから結局は敵の攻撃を受けるのは必至。


 ニムロッドの攻撃力でもない。

 いくらビームソードが強力でコックピット破壊のクリティカルが狙えるとしても、敵に近づく時にライフルの連射を浴びてやられてしまうだろう。

 それで敵の追撃が止むのならそれでも構わないが、私を撃破した後は残った敵はサブリナちゃんの元へ向かうだろうから特攻も却下。


 結局、私が敵に対して優位であるのはサブリナちゃんが持ってる大型ライフルの攻撃力しかないのだ。


 あの1発か2発で雷電を撃破してしまうライフルならば8機の敵も撃破する事ができるだろう。


 反動がキツいから連射はできないとか言っていたし、もしかしたら動きを止めないとマトモに狙いを付けられない物なのかもしれない。


 その時はニムロッドを盾にすればいいだけだ。


 サブリナちゃんの雷電のHP4,800にニムロッドの残HP5,777を合わせれば8機の敵を撃破する事もできない事ではないだろう。


 その結果、私がやられてガレージバックする事となっても構わない。


 最優先はサブリナちゃんの生還だ。

 このゲームの仕様上、複数機でミッションを受領した場合、特に指定が無い場合は誰か1機でも生還する事ができればミッションは成功となるらしい。

 さらにいうならあんな良い子をたとえ復活するとしても死亡判定なんて付けたくはない。


「マモル君は後ろを見てて! 発砲炎が見えたら教えて頂戴!」

「了解!」






 それから幾度か敵は焦れたようにライフルを撃ってきたものの、マモル君を警報代わりにする思い付きも上手くハマってくれたこともあり、なんとか被弾無しでもう少しでサブリナちゃんに追い付く事ができそうな位置まで来る事ができた。


「サブリナちゃ~~~ん!!」

「げっ! 頭が酷い事になってんよッ!?」

「大丈夫です。僕の担当のおツムが酷いのはいつもの事です!」


 私の担当AIの毒舌はいつもの事だけど、やっぱりマモル君も合流する事ができてホッとしたのか、その声はどこか緊張が緩んだようなもののように聞こえる。


「そっちじゃね~よ! ニムロッドの頭がドーナッツみたいな事になってるってこったよ!!」

「え……? マジ?」

「あ~、もう! 自分の機体がどうなってるかは見えないか! 後でリプレイで確認してみろ!」


 ドーナツという事は頭部に貫通した穴でも開いているのだろうか?

 いやいや、今はそんな事を気にしている場合ではない。


 サブリナちゃんの雷電にニムロッドを並走させながら現状を説明する。


「とりま4機は倒したけど、御覧のありさまってわけよ!」

「おう、お、お疲れ……」

「残りは8機、多分だけど戦闘区域に指定されている範囲を抜けるまでに追い付かれるわ。だからここで迎え討ちましょう!」

「……え?」


 やはりサブリナちゃんの機体と並走するために速度を落とした事で後方に見える土煙は目に見えて大きくなっていく。

 近い内に敵のライフルの有効射程に入る事は間違いない。


 私の言葉でサブリナちゃんが雷電の頭部を後ろへと向けるとデータリンク・システムによって私のコックピットにも情報が送られてくる。


「相対距離5.2km……、5.1……、5.0……、もう5kmを切ったわ。今からならアウトレンジで敵を削れるハズよ! 大丈夫、私たちが貴女の盾になるわ!」

「え? なんで“私たち”なんです? サブリナさ~ん! そっちの機体もサブシートありますよねぇ!?」

「…………いや、お前はそこにいろ……」


 しばらく思案に暮れていたサブリナちゃんが再び口を開いた時、彼女の声には何か覚悟のようなものが込められた芯のあるものとなっていた。


 ……ていうかさ、今、マモル君、私の事を見捨てて機体を移る気でいた?

 いや、別に私と心中しろとは言わないけどさぁ……。


「ライオネスが言いたい事は分かった……」

「なら!」

「でも、コレを使うのはお前だ」


 サブリナちゃんの雷電はホバー走行を止めて足裏で地表を滑らせながら腰部装甲後部にマウントしていた大型のライフルを手にする。


 私も同じようにホバー走行を止めて、雷電の傍へと行くとライフルを渡される。


「引き際と間違えて、その結果、アンタに無理させてしまったのは私のせいだ。あの8機の技術ポイントとスキルポイントはライオネスにやるよ」

「え? でも、このライフルってトヨトミ製の機体じゃないと……」


 トヨトミ機用の武器はサムソン製の機体では使えないのでは?

 そう言おうとした時だった。


≪セキュリティキーを受信しています 残り95%≫


 メインディスプレーに表示されたのは雷電からのレーザー通信によってロック機構の解除キーが送られてきているという事。


≪セキュリティキーを受信しました≫

≪■■■■-■-■■ 57mmアサルトライフル接続Connect完了Complete!≫


「……このライフル、共通カテゴリの武装なの!? って、表示バグってない?」

「ソ、ソンナコト言ッテル場合カナー……?」


 なぜか声の抑揚を失ったサブリナちゃんが渡してくれる弾倉を受け取り、今ライフルに取り付けている弾倉を排除させてから装填させるとニムロッドは淀みなく私の操縦通りに動いてくれる。


 表示はバグっているが、普通に使えるという事だろうか?


 それにどの勢力の機体でも使える共通カテゴリの武装も知らないわけではない。

 私がすでに売り払ってしまっていた課金特典のミサイルポッドだって、装備する機体を選ばない物であった。


 そうとなれば話は早い。


 武器が無いからヒイヒイ言っていたのであって、マトモな武器があるのならランク1の雷電ごときどうという事はないのだ。


 機体を今駆けてきた方へ向けると、再びミサイルが上空へと上がったところだった。


「撃ち落としてやれ!!」

「オ~ライ!! ……っと!」


 頭部が破壊されて解像度が落ちたニムロッドのメインディスプレーが、ライフルの照準器に捉えられた部分だけ鮮明になっていく。


 まずは弾速がどんなものかと確認するために偏差射撃はせずにミサイルをレティクルに入れてトリガーを引く。


「あ、当たった!?」

「へへっ、やるじゃん?」


 ライフルの砲口から放たれた砲弾は重力によって垂れたりする事もなくレーザー光線のように一直線にミサイルに向かっていき直撃。

 空中に大輪の花を咲かせた。


 続けて2射、3射、4射。

 私たち目掛けて放たれたミサイルはそのことごとくがライフル射撃で撃ち落とされていた。


 対空炸裂弾や散弾ではない。

 弾倉に装填されているのは全て高速徹甲弾である。

 だというのにまるでクレー射撃の選手が散弾銃で皿を撃ち落としていくようにミサイルへ直撃してその度に空中で爆発が起きるのだ。


 恐るべき照準精度と言えよう。

 しかも私のニムロッドは頭部を破壊されて頭部センサー群の他にメインプロセッサーも失っている状態なのにこれなのだ。


「ほら、呆けてないで、次は本番だぞ!?」

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