矛を収めよ

 カイとの帰り道

「まま〜まま元気?」

「ん?元気だよ。どうして」

「うん....ぱぱは?またちがうくに?」

「いえ。ぱぱはいるよ」

「おうちに?」

私は首を横に振り、カイに聞くことができなかった質問をする。


「カイ、ぱぱに会いたい?」


しばらく考えたカイが綺麗な目をまっすぐこちらに向けます。


「うん。でも......おこりんぼぱぱは いや。ままにいじわるするぱぱは いや。」


そう言ったカイはきっとぱぱに会いたいのです。

何も会話なくとも家に父親がいるというだけで良かった日もありましたから。


 どうして私はこの子にまでこんな思いと気使いをさせたのでしょう。

私の怒りが収まらなかったのが、悪いのでしょうか。母ならぐっと耐え忍ぶべきだったのか。


+++


 夜眠るカイをみて、思い出しました。カイを産んだ日初めてカイのお猿さんみたいな顔を見た瞬間。

私はこの子の為に生きるんだって。今まで自分本位できたけれど、生きる意味を見つけたと涙が溢れました。

感動しました。我が子の姿に、と共に生きる意味をカイに押し付けたのかも知れません。


 あぁやっぱり眠れません。私は3階に行き、残っていた四角いボトルのお酒を飲みました。

朦朧としたままお酒を飲んでいると、ふととんでもないことに気づき、私はキッチンのシンクで指を喉に突っ込み吐こうと......遅かったようです。


「綾? 綾! 誰かー救急車ー」

その声は聞こえました。その声はきっとあこ。


 夢でしょうか小さい頃の私、父が手を引き母が先に歩きながら振り向いては笑う。


そう、母が一度私から般若の話を聞いて涙したことがありました。いつもはお上品に軽く相槌をうっていた母


その時だけは母の目には涙が浮かんでいたの「私は自分の娘が不幸になるのだけは嫌よ」

それを見たら情けなくて.....自分が。せっかく産んでもらったのに、こんな過ちをこんな結婚を嘆いてごめんね......。



+++



 「殺してやる!おまえなんか殺してやる――――」


「ちょっと悟さん、落ち着いて。綾は大丈夫だから。ほら陽介さんは帰って」


 あ.....私は。

違うのです。そんな、つもりじゃなかった。ただ眠れない日が続いていた私は、頭痛にも毎日悩み、鎮痛剤に睡眠薬を飲みトドメにお酒を飲んだのでした。

きっと色々とおかしいのでしょうか、判断できずこんな事態に。早く早く説明しなければ、悲しまないでお母さん。


「綾、眠れなかったの?ずっと」

穏やかな母の声。

「うん。お母さん ごめんね。まさか倒れるとは...」

「はあ、良かった。あなたに限ってまさかと。そうよね。」


 母は理解してくれました。けれど、私は怖い。

自ら命を断つような人の中にはもしかしたら、私のように、そんなつもりは、が知らない間に衝動的に.....だとしたら自分が自分で恐ろしくなりました。


それに、さっきの怒号は般若ではなく、悟さんだった.....。


「お母さん、カイは?」

「大丈夫よ。カイはみのりさんが見てくれてるわ。」


慌てるみんなの中まさしさんが、リビングにあった飲んだであろう薬のゴミ袋を持って救急車に同乗してくれたそう.....。

母はシェアホームに泊まると言って帰りました。

だめ、もう誰にも迷惑かけちゃ駄目だわ。そう自分を律しました....。



「綾、綾。」

「悟さん....私」

「何も言わないで。わかったから。大丈夫。もう頑張らないで 綾」


悟さんはいつもの穏やかな顔をしてる。

ほんとにごめんなさい。誰も悲しませたくないのに。



私はすぐに退院します。迎えに来たのは兄でした。


「綾〜兄ちゃんが居ない間にぃ、兄ちゃんが守ってやれなくてごめんよ。綾〜綾〜兄ちゃんは綾が大好きなんだよ〜ひとりで抱え込むな」


私を抱きしめ泣きながら......言うのでした。

お兄様、病院のロビーでその声のボリューム。皆さんこちらを向いていますわ.....。


「綾、母さん達は家に帰ってこいって言ってる。でもな母さん達ももう歳だ。」


「うん。分かってる。大丈夫、シェアホームに居るわ」


「シェアホームで、悟も住むから」


「え?」


「鍵は変える。うちが不動産契約をあっちからオーナーチェンジさせる」


「はい?」


「決まったから。全体ミーティングで」


全体ミーティング?まるで部活か会社のような響き。


「でも、そんなことしたら調停離婚が。カイだって父親には会いたいって」


「カイが大事なら、まずは自分を大事にしてもらえ。今それが出来るのは悟だけだ。」


「お兄ちゃん、そんな.....やりすぎでは」


「気にしてる場合じゃない。小さなことは無視だ。一旦休戦だ。わかったな」


一旦休戦.....。兄はいつも何を言い出すかわかりませんが、いつも私を気にかけてはくれますが。

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