毒リンゴ
シェアホームは初日からずっと我が家のズタズタでみんなを巻き込みつつあるなか、マサから連絡があったの。
貸したお金の一部を返すと。いつか耳揃えて返したまえって言ったんだけど、結局来るそうよ。
日曜日夕方は店に出ているから、店に呼んだの。
「綾ちゃん」
「いらっしゃいマサくん。一杯飲んで」
「じゃ借金につけといて」
「えっ綾さんついに、貸金業まで手出したんですか?」
ジュリーが真顔で問う。
「業じゃなくって個人的にです。」
「綾さんは忙しいっすね。色々と。」
「なに?綾ちゃんなんか大変なの?」
「ん?いつも通りよ」
「ふぅん。綾ちゃん、もし浮気したくなったらいつでも言って」
「はあ?」
「俺はいつでも相手になるよ。」
「もう奥さんに借金隠してまで家庭死守してるくせに」
「だってさ〜なんか今だったら綾ちゃん抱かせてくれそうだもん」
「何言ってんのよ。それ飲んだら帰ってね」
「冷たいなぁ。寂しそうなんだよな~綾ちゃん」
イケメンが目の前でこんなこと言う。あと少し私の頭か心のネジが緩んでいたら、手を出してたかもしれない。
それにしても、私そんなに寂しい女でしょうか。女の寂しさって滲み出るものでしょうか。
愛されていない証拠.....現状に満足できていない現れかもね。私は今きっとスキだらけなんでしょうね。
マサくんが帰ったと同時に悟さんが来ました。何やら大きな荷物を持って。
「絵」
「誰の絵?」
「綾の絵」
出てきたのは、黒く塗りつぶした背景に浮かぶりんごのアクリル画。
「わぁ。なんか毒リンゴみたい。ダークっすね」
ジュリーお褒めいただきありがとう。紛れもなくこれは私の描いた絵.....。いつ描いたのかしら。
「綾が結婚して暇だから描いたって言う絵。
幼稚園の頃、綾は白雪姫のお姫様役したらしく思い出の毒リンゴ。私、王子様に会えたかな。この絵悟さんが持っててって。覚えてる?」
「あぁうん。」
「なんで俺に託したのかな。せっかくだから、どっかに飾ったら?」
毒リンゴの絵を飾る?結婚してすぐ私はきっと後悔したのかもしれない。ひまわりや美しい景色じゃなく、こんな絵を。
「新しい家に飾ろうかな。ありがとう。ずっと持っててくれて。」
「うん。最近どう?あの暮らしは」
「......陽介は人に気使わないから、色々ね。みんなにお世話になりっぱなし」
「あぁ.....」
「悟さんに来てほしいってまた言ってたよ。旦那さんたち」
「ははは。俺は単に人当たりがいいからね。また行くよ。平日アトリエ使いに夜行くし。」
「うん。そうしてね」
悟さんはもしかして般若にあまり関わりたくないのかしら。事実アトリエがあってもあまり来ていない。うちの店には来るのに。私と般若の争いを見たくないのかもしれないわね。
「あのさ、あの夢の家取材の作品にしていいかな?」
「取材?」
「アーキテクチャー系の雑誌に載るんだけどさ。あの家を指定されたんだ。どういう意図で建てたか、取材受ける前にもう一度クライアントの綾から俺が話聞きたいんだ。」
まさかの依頼に戸惑います。これは.....夢物語ではないのに。でも悟さんの頼みなら。
「分かった。あらためて後日?」
「うん。平日朝から来れる日ある?」
「あぁ。カイを送った後なら。すごいね。すっかり悟先生だね」
「いやまだ独立して数年だからまだまだ。ありがとう。で、今日はいつ帰るの?」
「もうすぐ帰るよ」
「じゃ後一杯飲んだら俺も帰る」
私は他のお客さん達と少し話しながらしばらく過ごした。日曜日は私がいると思って来てくれるお客さんがいるの。
「綾ちゃん〜。ちょっと来なさい」
オープンからの常連さん。というか、ママ。
そう私はある時期、スナックで働いていた。昔の話、その頃のママとは腐れ縁。
「あの彼は?昔うちに来たことあるわね」
「はい。彼は夫の友達です。私も10年近い友達なんですよ。さすがママ 人の顔は忘れませんね」
「あらそう......私の嗅覚がビビビとなったからさ〜。綾ちゃんにしては珍しいから。あんな可愛らしい綾ちゃん。」
このママは夜の世界にどっぷり。強烈な目つきで不気味ともいえる妖艶な雰囲気に私は押されるのでした。
「どういう意味ですか〜ママ」
「彼の前では可愛いのね。うちにいた頃は魔性の女でさ。その美貌と絶妙な目配り、気配りでみんな虜だったじゃない。キチガイ男、綾ちゃんの旦那がぶち壊したけどね?」
「ハハハ そうでしたね。」
「幸せ?綾ちゃん」
「どうでしょう。」
ママにお世話になった頃、お客さんと店外で会うときには般若が尾行し、店にまで現れ見張るようにいるから、私も仕事しづらくなったの。ママは般若を出禁にするくらい怒った。営業妨害と綾ちゃんの人生の妨害よって。
「あら、あのお友達待ってるわね。またね〜綾ちゃん」
「はい。いつもありがとうございます ママ」
「悟さん帰る?」
「うん。一緒に帰ろう」
私達はまた二人で帰る。毎回私は理性を保つのに必死。恋心抱く乙女じゃない。彼の存在が私のストッパーをふっとばす可能性は何パーセントくらいかしら。
きっと柔軟剤の香り間違えて、どぎついヤツたまに買っちゃう時くらい?5回に1回くらい間違えるの。
それなら20%?そんなに低いわけないかな。
「綾?」
あっ私何考えてたのかしら。
「あっ。」
「綾はさ、陽介の何処に惚れたの?」
「.......」
どうして、今そんな質問。答えられない質問。私がいちばん聞きたい答え..... 。
「情けないの。私が分からないその答え.....」
「じゃ陽介は毒リンゴだな。」
「え?」
「まだ綾は毒に浸されてる。」
この人は自分の友達を毒にした.....。
「白雪姫ってどうやったら助かるんだっけ?」
「七人の小人に守られて生き延びる。でも毒リンゴに倒れて、ガラスの棺に入ったまま王子様に見初められて.....」
「棺?.....じゃ俺は小人でもいい。今は生き延びて。綾」
白雪姫の話でもいい、毎晩この人とこうして話すような日々ならきっと今頃幸せだっただろうなぁ。なんて思うのでした。こんな感情世の女性なら誰しもが抱くもの。そうよ、無い物ねだりかもしれない。
暗い狭い道を行く悟さん。
「こっちは.....」
「近道.....解毒への」
そう言って私をコンクリートの壁に押し付けた。
まさかの行動にさすがの私も言葉を失う.....。
持っていた毒リンゴの絵がパタンと倒れた。
そのまま悟さんは、私を体で押し付けたまま顔を傾けキスをする。口ごと覆われて息苦しいくらい、悟さんの吐息がすごく荒い....。悟さんは意識してか無意識か自分の太ももから膝あたりを私の足の間にねじ込みながら押し上げる。ちょっと、それは......。
「もうダメかもしれない.....俺」
ダメ?だめなのはわたしかも......。
悟さんは倒れた絵を拾いまた歩き出した。悟さんてこんな風だったかしら。もう私のストッパーの腐ったネジが緩んでそのうちボロリとおちそう。
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