無明の酒に酔った

 今日は、シェアホームに入居するか否かの回答日。

ふぅーなかなか緊張します。

やっぱり入居者がいないと、般若も建てるとは言わないだろうって思うと。


朝からソワソワする私に

「今日から2日間。出張だから。」

「あっそうなんだ」

「家の結果出たら教えて」

「はい。」


 たまにある出張。いきなり当日の朝出張宣言。あっ昨日言ってたかも.....私はいつの間にか右から左へなんでも聞き流す癖がついてしまいました。いえ、そもそも聞いてない。そのうち、『あっ息できない助けて』って般若が言っても右から左かもしれません。


 朝10時、回答フォームをグループチャットに送るとすぐに入力がはじまりました。


あこが入居に○をつけました

みのりが入居に○をつけました

ゆりが入居に○をつけました

かずぴが入居に○をつけました(コメント 私一人でもはいります)


 あぁ、かずぴのコメントが意味深だけどみんな入居希望ね。ありがとう。私はあなた達をただただ利用しようとしてる訳じゃないの。似たような環境、同じライフステージにいる者通し、より良い時間を共に過ごしたいのは、ほんと。昔の日本とは変わってしまった現代。近所の人を誰も知らない生活なんて、寂しすぎるから。


 その日、般若不在の為私は母とカイと食事に行きました。

「綾、あなた大丈夫なの?仕事どちらか辞めたら?大変よ。」

「んー。私が大変な時期頑張ってくれた店だし、潰れるまではやり抜く。」

「で、般若は?」

「ちょっとお母さん!!」

「あっごめん。」

愛らしく口を抑える母。ジュリーが『俺、綾さんのお母さんとならヤれます』って。その褒め方はやめていただきたいが、品のある美人で自慢の母なのです。

母と私は昔から友達、姉妹のように何でも話してきました。こうして聞いてくれたから、私は般若の嫁を続けられているのかもしれないのです。

私はカイの前では絶対に般若を悪く言わない。それだけは徹底しているわ。この年頃は感受性が強い。見たもの聞いたものそのまま真似して、それが影響し成長するんだと私は思うから。


「海斗 今日はおばあちゃんちに行きましょうか?」

「行く!まま、いい?」

「うん。よかったね。」

「あっ、店に悟さん来たって。家の話もあるし行くね」

「あら、そう。ゆっくりしなさい。今日は家でゆっくり眠りなさいよ。」

「うん。ありがとう。カイ おばあちゃんの言うことちゃんと聞いてね」

「うん。分かってるよ〜。」

カイにはいっぱい愛情を感じてほしい。母はそれも手伝ってくれる。



 店に行くと、ジュリーがカウンターで悟さんを確保している。ジュリーがニヤけた顔をこちらに向ける。

ほんと、やめていただきたい。私達はもうすっかり大人なのですから。いえ、大人になんていつなるのでしょう。私は母にはなったけれど、頭の中の私はいつまでも19歳あたりで止まっている。あっ、これが変態というのでしょうか。


「綾!どうなった?」

「全員入居希望○」

「よしっ!じゃ悟先生も始動いたします。」嬉しそうな悟さん。

「陽介に確認してから。ね。一応」

「あぁそうだね。忘れてたわ。はははは」

ちょっと勢いづいた自分が恥ずかしかったかのように黒縁眼鏡を整える彼は、目尻に優しいシワを寄せて笑う。昔からあそこに、笑うとシワが寄ってました。

目鼻立ちもあっさりした清潔感のある彼にメイクした日を思い出します。


「んじゃ家、ホントに建つんですね!」希望に満ちた目でジュリーも喜んでくれる。

「おいっ、たっくん!家建つんだって」

「シャンディガフとモスコお願いします」

たっくんは聞いてないのね......。


「陽介は?カイと家?」

「出張なの。カイはおばあちゃんち。」

「じゃー、今日くらい綾さん飲んだら?在庫のほら、シャンパン」ジュリーが足取り軽く裏に取りに行く。

「綾 お酒弱いよね?」

「そうだね。今はカイがいるから、ほとんど飲んでないし止めとこうかな。」

「ちょっとちょっとー、バーのオーナーが何言ってるんですか?」意地悪なジュリーです。ほんとは少し飲みたかったので、お祝いということで。

「シェアホーム受注に乾杯!」

「受注?なんか私まで設計事務所のスタッフみたい。お客なんですけど。」

「綾はお得意様だから」

「そうだね。この店も」

「え?そうなんですか?知らなかった」

私が19歳で訪れたスペインのバルセロナにあった丘の上の白い壁のイタリアンレストランをイメージして。

訳のわからない説明を見事に形にしてくれたのでした。


ジュリーも入り話も弾みすっかり飲み過ぎた私は

「では帰ります」と言い残しオーナーらしく席を立ち出口に向かった。と思ったら反対側のテラスに出てしまったようで。


「綾 綾、だめだな。送るよ」

肩を並べて歩きました。時々私が揺れるせいで肩が悟さんにぶつかる。あぁ情けない。しっかり歩かなきゃ。

歩くという単純動作にこれほど、集中力が必要とは。あっ、カイはもう眠ったかな。眠ったわよね。

ダメでした.....やっぱり歩くと頭が痛いフラフラして。私はまたしても、ビルの横っちょにしゃがみこんだのです。

「水買ってくる」あぁすいません。いい歳してお恥ずかしい。

頬に冷たい物が当たる。水のペットボトル。あっ私今の一瞬で寝ていました。

「綾 ひとりこんなとこで寝てたら危ないでしょ」

「あぁお金取られるよね かばんある?私の」

「あるよ。お金より綾が危ない。まだまだ可愛いから」

「ん?」

「なんだよ。もう一回言って欲しいの?」

水が欲しいです......「欲しいです」

完全に水をすっ飛ばした私。

「綾は可愛い。ほんとに可愛いんだ.....」

私の両頬を包む悟さん。

「昔と変わらないよ。目も愛らしい大きな目小さな鼻柔らかいほっぺた。でもさ、なんか寂しそう.....」


寂しそう......そうですね。私は寂しいのかも。愛した人が憎いくらい変わり果てて。愛してくれなくなって。

愛せなくなって。


 でも、今は悟さん、私 水....

悟さんもほろ酔い?なのかペットボトルをグリッと開け自分で飲む。え?

私の不思議そうな顔にハッとして、そのペットボトルを私の口に持ってきてくれます。私も受け取らず、そのまま口をつけグビグビ飲む。子供と同じ。手を使え手を!と言われるやつです。

悟さんは、笑いながら私の頭を支え飲ませてくれました。


 立ち上がろうと前のめりになる私のすぐ近くに、悟さんの顔がありました。メイクを落としてたあの時とおんなじ。

見つめられるだけで、もうキスされてるのかと思うくらい。さらに、今の私はお恥ずかしい事に欲求不満度がマックスなのです。


 だめ、私は浮気しないのが取り柄。浮気だけは.....。

気づけば柔らかく薄い悟さんの唇が私の唇に重なっていました。愛しく吸いつくように何度も何度も重ね直してくる。


あぁ私のたらしが再び目覚める前に止めなきゃ止めなきゃ。


私はすっと口元をずらし、せめてものハグをします。でも今度はハグが終わらない......私の背中と頭を強く抑えさらにグッとする悟さん。


「ごめん。綾 我慢できなくて。」

こんな、声出すのですか。悟さん。切なくて悲しくて擦り切れたような微かな声。

「ありがとう。こんな愛情感じたのいつぶりかな....」

意味深な私の返答に酔が冷めたか私達はすっと立ち上がりました。

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