どかちのショートショート

@dokati

プリンセスと魔法の針



「姫、お食事を御用意しました」


 いつも通り、窓に映る、虹色の鳥達の美しい舞に目を凝らしていると、従者のヨシュアが晩餐を運んできてた。


 気付けば夕日が沈みかけている。いつもならもう食事を終えている時間だ。


(遅いですわ)


「申し訳ありません、厄介事がありまして──」


 天井の灯りが煌々と食器を照らし、静かな室内に、食器を鳴らす音と青年の声が響く。私は声を出すことが出来ないが、ヨシュアは常に私の言いたい事を汲み取って返事をしてくれる。


(まあいいですわ。貴方も色々大変みたいですし)


 心の中で思いながら、出された食事に口を付ける。今日もいい出来だ。勿論料理もヨシュアが担っている。


(ご馳走様)


 夕餉(ゆうげ)が終わると、ヨシュアは決まって髪をとかしてくれる。柔らかい金の繊維に、一本一本撫でるように、丁寧に櫛が入り込む。そうするとだんだんと瞼が重くなっていき、意識は微睡の中へと沈んでいく。私はこの時間が好きだ。


 ヨシュアは、声を出せない、外に出ることすら叶わない私の身の回りの世話を、たった一人で行ってくれている。


 この青年は、従者ではあるが、実際のところ彼が何者なのかはよく知らない。私の側にいない時間も多いが、その時何をしているかなど知る由もない。けれど、私と彼の間には、確かな絆がある。この穏やかな日々の中で私はそれを確信していた。


(フワァ……おやすみなさい)


「お休みなさい、姫」


 こうして今日も、穏やかな1日は去っていくのである。


 ある日の朝。普段寝ているベッドよりも固い感触で目覚めた私は、何故か、暗くて狭い牢の中にいた。


(ここはどこ……?)


 檻を鳴らしてみるが、反応は無い。


( ヨシュア、ヨシュア?)


 動ける範囲で何かヒントは無いかと探してみる。


 しかし、牢の広さを見誤り、壁に頭をぶつけてしまった。咄嗟に蹲ってしまう。


 ヨシュアの姿も見えない。彼の身に何かあったのだろうか。悪寒に全身が震える。


 すると、牢全体がガタガタと揺れた。


(いやああああっ!!)


 私を狙う悪い魔女の仕業だろうか。そうするとヨシュアは? まさか彼はもう魔女の手にかかって──。


 そんな想像をした時、ガチャリと音を立てて牢の扉が開いた。恐る恐る顔を上げると、そこに立っていたのは紛れもなくヨシュアだった。


(ああヨシュア、無事でしたのね! 私を、私を助けにきてくれたのですわ!)


 しかし次の瞬間に、希望は粉々に打ち砕かれた。


 ヨシュアの隣には、薄ら笑いを浮かべた魔女が、静かに立っていたのだ。


(そんな……)


 私は全てを理解した。騙されていた。ヨシュアに。魔女の生贄とするべく、この男に飼い慣らされていたのだ。そして、油断した隙を狙って……。


 魔女の手には怪しい針が握られている。魔具の類だ。魔法の針に違いない。再び眠らせでもするのだろうか。


 私の心には、もう絶望感しかなかった。


 ヨシュアが嘘くさい笑顔で私を抱き上げる。


「姫、少しの辛抱ですよ」


 離れようともがくが、ヨシュアの腕がそれを許さない。


 魔女の白い手が私に向かって伸びる。


 私は恐ろしさの余り、叫び声を上げた。


「はい、終わりですよ」


「ありがとうございました……」


「ヒメちゃんよく我慢したね〜」


「ワクチンってこんなに嫌がるんですね……」


「ヒメちゃんはワクチン初めてだから仕方ないですよ。まあ猫にもよりますけどねぇ」


「二人暮らしなんでついつい甘やかしちゃって……」


「家猫に愛情を注ぐのは悪い事ではないですよ、吉屋さん」


「いやほんと、ヒメと暮らしてるとどっちが主人なんだかわかんなくなっちゃう。文字通りお姫様ですね」


「そういえば、なんでヒメちゃんって名前なんですか?」


「僕が昔から好きで、良くテレワーク中に児童向けのプリンセス映画を流してるんです。ヒメ自身もすっかりハマっちゃって──もう、テレビっ子ですよ。ハハハ……」


終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る