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「ソフィー様、大変です!」



珍しく慌てた様子のマリーは一通の手紙を携えていた。


送り主はハルミド殿下で、その辺りから少し不安があったのだが案の定すぎてがっかりだ。




聖女様に正式に謁見・挨拶をしたい旨と、闇の神の土地に祝福を与えてほしい旨がそこには記されていたのだった。





手紙を見てあたふたしているとラモンもこちらにやってきた。




「ソフィー。手紙は読んだな?よし、聖魔法の特訓を始めるぞ!猶予は一ヶ月だ!」




*****



ラモンによると、ハルミド殿下には、聖女様が慣れぬ土地故に体調を壊しており、すぐには迎えぬと言う連絡をしたそうだ。一方ハルミド殿下は、『回復系の魔力のつよいマリーナ教会の方でも直せぬと言うのなら相当だろう。回復次第で構わない。』との返事が返ってきたらしい。いつでもいいが、明らかに遅くなると向こうも不審がるだろうから、1ヶ月を目処にしたいと言うことだった。




私はその話を移動の馬車で聞いた。マリーとラモンと私が向かうのは意外にも懐かしいシュラの森だった。

孤児院の近くだし、後で寄らせてもらおう。



「ソフィー。いい?修行は辛いと思うけど...いい話を待ってるからね?」



珍しく同情気味のラモンがなんか逆にこれから起こることへの恐怖心をかきたたせる。



馬車が急に止まった。

ラモンはさっさと降りたので、私も降りようとするとマリーが私を引き留めた。



「ソフィー様。そのお、ううんとお、あのう」




マリーが何か躊躇っている。




「そ、ソフィー様。今からこれより先、ソフィー様には男になってもらいます。」




「えっ、ええええー????」



よく見るとマリーの手にはいつも間にか男装服とさらしが用意されていた。





****




シュラの森深く、湖を超えたもっと西の方向に二階建ての小屋があった。



「いい、ソフィー。先ほど話した通りにするんだよ。聖女を演じられている君なら、きっと名演技をこの先も見せてくれるって期待してるよ!」



「ソフィー様。兄からの受け売りですが、どうかくれぐれも師匠を怒らせないように。」



こくんとうなずいた私を背に、扉が叩かれた。



「お久しぶりです、師匠。ラモンです。」



***



全く応答がない。先ほどから10分以上立ちっぱなしだ。

こうしている間にも冷や汗が落ちる。これからどうなるんだろう。



「おお?待たせて悪かったのう。はて、愛弟子がなんの御用かいな?」




月色の髪に、真っ赤なルビーのような瞳をした、妖艶な美女が扉の前に立っていた。

メリハリのあるボディーに、真っ赤なヒールの靴を履いたその女性はセンスを仰ぎながらこちらを値踏みするかのように見ている。




「突然の無礼をお許しください。私はマリー・ハウエルと申します。実は私の彼、ゾフが突然意識を失いまして、その後神官様のお力を得たのでございます。その際、ゾフは記憶を失い私のことも忘れてしまったのですが、いえ、突然私情を挟み申し訳ありません。ですから、どうかロビン様のもとでゾフにご指導いただけるようにお願い申し上げたいのです。」




「ハウエルか。あの傍系の出だな。お前の兄は元気か?」




「は、はい。それはもう。」




私の背筋がまた急にひんやりした。


その回答の後に、この女性は急に今まで見た中で一番恐ろしい腹黒スマイルを見せたのだ。

師匠って言われてたけど、もしかして腹黒スマイルってこの人発祥なのかしら...




「あれに伝えよ。妾は今でも返事を待っておるとな。」




「必ずや、お伝え申し上げます。」




その一瞬の腹黒スマイルは何もなかったかのように、ロビン様はこちらを向いた。




「よかろう。ううん?何やら可愛い顔をしているな。よし、お主の面倒は妾が見てやろう。」




「よろしくお願いします。」





一応打ち合わせ通りに話が進んでいる。神官の傍系の中には時々、突然能力が開花し神官の道に進む者もいるのだと言う。その時は、他と同様、聖魔法を師匠のもとで習い認められれば晴れて神官になれるのだそうだ。そして、今回ゾフこと私もそういった親族の一人ということになっている。




マリーが突然私に飛びついてきた。



「ゾフ。ああ、離れてしまうのは心配ですが幸運をお祈りしております。また私が来ますのでどうか元気にしていてください。」



そう言うと、ラモンとマリーは私を置き去ってしまった。




「ゾフ。さあ、こちらへ来い。」





*****





マリーさんは部屋にも通さず、どんどん森の奥へ私を誘導する。高木が鬱蒼とする深い森は、大きな岩がゴロゴロと転がっていて足場が悪い。しかしそんなものに構いもせず、ヒールでロビンさんはガツガツ進んでいく。



1時間は歩いただろうか。息切れする私を、だらしないものを見るかのような目で見下げるロビンさんは、目の前の洞窟を扇子でさした。




「ゾフよ。この洞窟を進め。そして見つけて連れてこい。それができぬのなら妾は力になれぬ。」



そう言うと私を真っ暗な洞窟に突き放した。




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