13



その夜、私は再びラモンの部屋を訪れた。

聖なる魔力は、月の女神の恩恵のため、夜に一際高まるのだと言う。この時間に魔力を勉強して、ノルマをクリアしないとと思ったのだった。ラモンの向かいのソファーに腰かけると単刀直入に申し出た。



「ラモン様、この通りです、私に聖魔法をお教えいただけないでしょうか」



ラモンがニヤリとわらった。



「これはこれは聖女様、しがない神官長めに恐れ多いことを」



くそー!!!こいつ楽しんでる、今私が困ってるのを見て楽しんでるぞ!!!

むむむむむ。



「ラモン様、私が偽物であることは充分承知の上でしょう。さあ、私にご教授くださいませ。」



いつもだったらこんな敬語をラモンに向けては使わない。だがしかし、ここは本当に頼まないと困るのだ、誠意を表すためにも頑張って続ける。



「えーめんどくさいー」



こいつ..意地でも教えない気か〜?

私は肩を落とし足元を見た。



ええつ??



ラモンが急に移動し、流れるようにいきなり私の膝の上に寝そべると頬の輪郭をそっとなぞったのだ。そしてその手はサングラスに届くとそれを外される。ラモンの黄金色の瞳に腑抜けた私の顔が映りこんでいる。



無邪気な目で私を見上げる彼を見ると、先ほどの怒りがすっと抜けてしまった。



「ソフィー。僕今眠いんだ。起きたら教えてあげる。」



そう言うと彼はそっとまぶたを閉じるのだった。




****



只今、眠りに着いたラモンを起こすこともできず、やることがなくて困ってます。それに、この寝顔反則的にかわいい....いつもは神々しさが先に出ていたけど、寝顔のラモンはあどけなさが目立つ少年の顔だった。猫っ毛の柔らかいつい色の髪を私の膝に預け、瞳を縁取る睫毛もふさふさしている。この寝顔を見続けると私の心臓が持たなさそう...窓に覗く月を見上げながら、彼と出会った時をふと思い出した。



そういえば、ラモンとはじめにあった時も目を瞑っていたな。



あの時はまんまと仮病ラモンに騙されていたんだけど、あの日からもう2週間近く経つのか。



孤児院のみんな元気かな?手紙を書きたいし、それに....

心臓がとくんと波打った。



あの時助けてくれた、王子様、元気にしてるかな。



身分違いのあの人のことを考えることすら憚れるのだが、心の奥底から彼の記憶が抜けきれていなかった。




****




「ねえ、ちょっと。起きてくれる?ソフィー。」




目を開けると、プンスカしたラモンが私を見上げている。



しまった!あまりにも気持ち良さそうに寝ていたのを見てつい私も寝てしまったんだった。




「ソフィーが熟睡して揺れてたせいで僕起きちゃったじゃないか!寝ているやつに起こされた時ほど目覚めが悪い時はないよ!」




「ごめん、あまりに気持ち良さそうにラモンが寝ていたから」



あれ?解答をミスっただろうか。

明らかにラモンが残念そうな顔をしている。




「作戦失敗か」




なんの失敗だろう?




起き上がったラモンは私が預かっていた杯の前に立つと片手をかざした。




魔法人のようなマークがその下に幾重にもできると白い光が辺りに充満した。

夜なのに、まるで昼間のような明るさになった空間で私は幻を見た。



私は草原の上にいた。

草原から水の水滴が泡のように空に向かって浮かんでいく光景に目を奪われる。初夏の香りを緩やかに巻き上げる旋風が草原をさわさわとなびかせた。光の粒子がその風の輪郭をなぞり、キラキラと軽やかな金属音を立ててさらに舞い上がった。



この爽やかで愛おしい光景に心躍ったとき、私は今ラモンの執務室にいることを自覚させられたのだ。




「はい、終わったよ。感謝してよね。」



「へっ?」



「だから、もう魔力満たんにしといてあげたから。とっと帰っていいよ。」




杯を見ると、うっすらと月明かりのベールのようなものを纏っている。



「ありがとう。まさかラモンがやってくれるとは思ってなくて」



ラモンはぷいとそっぽを向くと、先ほど読みかけの本を熱心に読み始めた。

なんか拗ねてるようだけどどうしちゃったのかしら。



「あの、ラモン。でもね、私聖魔法使えるようになりたいの。その、私には無理なのかしら?」



ラモンはパンと本を閉じた。



「なんで?別にまた僕がやればいいことじゃない?」




「偽物だけど、ラモンに負担を毎回かけるのはどうも...それに」




「別にいいよ。もともと僕の仕事だし。心配しないで。」




確かにそうなのかもしれない。でも、こんなに聖魔法に興味を持ったのは...




「ラモン、さっきあなたの魔法の中にね、美しい草原の幻を見たの。あの美しい魔法、私もっと見てみたくて...」




ラモンの様子がおかしい。顔がみるみる赤くなってきている。




「あ、あ...ありがとう。魔法が綺麗なんて褒められたの初めてなんだ。僕、魔力は多いけど、みんなから子どもっぽいってばかにされてたから...ソフィーもあの場所気に入った?」



大きく首を縦にふる私にラモンは続ける。




「まあ、魔力の深層風景を見ることができるんだから一応聖魔法の才能はあるんじゃない?わかった。今度教えてあげるよ。」




さっきまで拗ねていたけど、ご機嫌に戻ってくれてよかった!





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