小悪魔な女子高生を拾ったけど、振り回されるのは嫌なので大人な対応をしてやったら懐かれた ~契約のxxxは、ほろ苦いシロップの味~
オカノヒカル
第1話「小悪魔と契約してみませんか?」
『小悪魔』が『悪魔』へとクラスチェンジをしたところで大して脅威を感じない。
むしろ情が移るような性悪さより、より凶悪になってくれたほうが扱い易いだろう。
『なぜなら、手加減する必要がないからだ!』
そんな、どうでもいいようなことを考えながら、買い出しを終えて仕事場へと戻る途中であった。
横断歩道の手前にあるコンビニ。
信号待ちでそこで足を止めたとき、甘えた声が俺、
「ねぇねぇ、そこのおにぃさん」
そう言って近づいてきたのはブレザータイプの制服の女子高生。小柄でスレンダーな美少女だ。
黒髪のショートレイヤーボブ。切りそろえられた前髪にかかるように、上目遣いに猫のような瞳がこちらを向いていた。
「なんですか?」
本能的に危機感を抱き、とっさに距離をとってそう答える。
「小悪魔と契約してみませんか?」
「……」
は? ナニ言ってるんだ? こいつ。
少女の言うことを真に受けるほど、俺はお花畑な脳みそを持ち合わせていない。だから、冷ややかに彼女の顔を見下ろす。
「なんですか、その顔。こんなかわいらしい女の子に失礼じゃないですか」
「自分でかわいいとか言ってんじゃねえよ!」
思わずツッコミを入れてしまう。全く見ず知らずの子だというのに。
「ツッコむのそっち?!」
「別に小悪魔をスルーしたわけじゃないって」
むしろ、その二つの言葉で少女の胡散臭さが鼻についた感じだ。
「あー、よかったぁ。せっかくインパクトのある台詞を用意していたのに、完全スルーかと思いましたよ」
「忙しいから他をあたってくれ」
少女の
「話くらい聞いてくださいよぉ。わたし困ってるんですから」
「赤の他人の一般人に頼るな。警察でも弁護士でも、どっかの政治家にでも頼めばいいだろ。そっちの方が効率がいいぞ」
「あはは……トモダチに頼れとか言わないんですね」
彼女が苦笑いをする。その微妙な表情が気になった。
「ん?」
「いえいえ、お兄さん、わりと真理を突いてるなぁって……わたしトモダチいないんですよ」
チクりと心が痛む。同類への哀れみか。
多少なりとも同情してしまう理由は簡単だ。俺も友人なんてほとんどいない。昔、すべて壊してしまったのだから。
「話くらい聞いてやってもいいが……」
思わずそんな言葉が零れてしまう。それを見逃さなかった少女が俺にすり寄ってきた。
「わたし、家出してきて今夜、泊まるとこないんですよ。おにぃさんのところに泊めてくれませんか?」
まるで娼婦のような色目遣いに一瞬、冷静さを失いかける。が、すぐさま頭を切り替えた。
「キミみたいな子供を保護者の承諾なしに泊めるのマズイだろ。状況によっては未成年者略取誘拐罪に問われるって知ってるか?」
そういうのを助長する創作物はいくらでもあるが、本来は法律的にも社会通念的にもやってはいけない行為である。
「そうなんですか? けど、わたしが黙っていれば問題ありませんよ」
どう見ても高校生。制服姿だから一目で未成年だということがバレてしまう。一発アウトの案件だ。
そういえば少女の身につけている制服は見覚えがある。俺が昔、卒業した高校のものだ。ということは後輩でもあるのかな。
とはいえ、なんの接点もない後輩の少女に、犯罪を犯してまで親切になれるほど俺は優しくない。
『話を聞いてやる』なんて同情したのも間違いだった。彼女は関わってはいけない存在である。
「他をあたってくれ」
冷たくそう言い切ると、彼女に背を向けた。犯罪に巻き込まれるのはごめんだからな。
この子がそれで痛い目に遭おうが、俺には関係ない。
ただ、少しだけ心が痛んだ。
罪悪感に苛まれそうになって思わず振り返る。
彼女は少しだけ、寂しそうな顔をしていた。
**
俺は、女子高生に声をかけられたコンビニのちょうど真向かいにある飲食店の裏口から入る。
ブックカフェ『アイシス』。
ここが俺の現在の職場であり、キッチン他雑用もろもろをこなしていた。
「雪姉。買ってきたよ」
厨房にいる女性に声をかける。彼女は俺の
俺の方が3歳年下なので、親しみを込めて「雪姉」と呼んでいた。彼女は童顔なので、他人から見れば俺の方が年上だと間違われるだろう。
彼女はストレートのロングヘアを纏めてアップにして清潔感を醸し出し、ヴィクトリア朝に活躍した
メイド服の一種ではあるが、フリルも少なくスカート丈も長い落ち着いた感じの服装だ。中世ではなく近世のヨーロッパで実際に使用されていたデザインのものを、このカフェは制服として採用している。
ちなみに、ここはメイド喫茶ではない。
レトロな雰囲気が売りのお洒落な喫茶店であり、店内には本棚が並んでいる。本を販売しているわけではないが、お客さんに自由に本を読んでもらうことをコンセプトとしたカフェなのであった。
創業者は雪姉の父親だ。つまり俺の叔父というわけ。
厨房内でテキパキと仕事をこなす彼女には、ときどき見惚れてしまいそうになる。なんせ初恋の人だったからな……もう過去の話ではあるが。
俺はそそくさと、買ってきた業務用ミルクを冷蔵庫へと入れる。
わざわざこれを買い出しに行ったのは、雪姉の在庫チェックミスによるものだ。こういうミスはめずらしい。
「悪いわね亮ちゃん」
30代とは思えないくらい童顔のかわいらしいメイドが近づいてくる。素直に、旦那さんが羨ましい。
その笑顔を凝視しそうになるのを抑えながら、事務的に彼女に返事をした。
「あとは俺やりますよ。ホールに戻ってください。そろそろ、
「ええ、そうね。じゃあ、お願い」
俺はエプロンをすると、キッチンに貼られたオーダー表を確認する。
雪姉と入れ替わりでホールにいた女の子がキッチンへと入ってきた。
髪型は左側だけでまとめて垂らした、いわゆるサイドテールというやつだ。
彼女は雪姉の妹の
「亮にぃ、お先に」
「ああ、お疲れ」
彼女はそう一言挨拶をすると、そのさらに奥にある事務所へと入っていく。元々彼女は口数が少ないというのもあるが、俺とはあまり仲が良いとはいえない関係であった。
事務的な会話が多いし、二人で遊びにいくこともない。まあ、年が10歳近く離れているからというのもあるだろう。
彼女はまだ高校生である。たしか今年三年生だったか。
家族経営のカフェということで、ときどき店の手伝いをしてくれているのだ。
そろそろディナータイムも終わって店も落ち着いてくる頃。といっても、基本的にはカフェなので、そこまで夕食目当ての客がいるわけでもない。
手間のかかる料理を仕上げると、それを持ってホールに行く。雪姉は案の定、レジで会計の対応をしていた。
従業員の少ない店なので、俺自身がオーダーにあった客席へと配膳する。
「お待たせしました。アイシス特製オムライスです」
オーナーである叔父からレシピを受け継いだオムライスは、この店の看板メニューになるほどの人気であった。
「うわー、おいしそう! ね、店員さん、これSNSにあげてもいいですか?」
20代後半くらいの会社帰りっぽい女性が、そんなことを聞いてくる。
「お食事のみの撮影でしたら構わないですよ。その代わり、他のお客さまや従業員の顔が映らないようにご注意ください」
俺は笑顔でそう答えると、その席を後にする。
「亮ちゃん、ありがとね」
配膳から戻ってくると雪姉の特上な笑顔が待っていた。些細なことでも感謝をするというのが彼女の信条である。
いつものことであるというのに、この笑顔を見る度に俺はドキリと心臓が跳ね上がりそうになった。
たぶん、俺は今でも雪姉のことを諦め切れていないのかもしれない。
とはいえ、彼女はすでに結婚している。叶うはずのない初恋をいつまでも引きずるのもみっともない。
俺は何食わぬ顔でカウンターの内側に戻ると、そこでオーダー表にあったコーヒーを作るため、ロートにフラスコをセットする。
オーダーは、うちの売りの一つでもあるサイフォン式コーヒーだ。
家庭だとアルコールランプを使うが、業務用では火力が弱すぎる。なので、ビームヒーターというハロゲンランプが熱源のものを使っていた。
お湯が沸くのを待ちながら、ふと外を見る。大きな硝子張りの窓からは、最近できたばかりのコンビニが道を挟んで見えた。
ちょっと前までは昭和初期に建てられたような郵便局があって、レトロな感じの風景を楽しめたのだが、取り壊されてしまったのが残念でもある。
そのコンビニに見覚えのある人影が……。
「あの子、まだいたんだ」
顔は遠くてはっきり見えないが、なんとなく彼女の醸し出す雰囲気がその子だということを直感的に認識していた。一度会っただけだが、わりと個性的な子だったと思う。
そう、俺に「泊めてください」と懇願してきたあの家出娘だ。
少女は、すれ違う何人かの男に声をかけている。といっても、誰も彼もではなく、相手を選別しているようにも思えた。
家を飛び出してヤケになっているわけでもないのかな? いちおう安全そうな男に声をかけているようにも思える。
ただし、人間、見た目でいい人かどうかなんてわかるわけがない。ああいう子は痛い目に遭わないと反省もしないだろう。
それでも、言葉を交わしてしまったせいなのか、少しだけ情が移ってしまっていた。
俺も甘いなと、反省する。
そして、彼女との再会が確定されていたことに、俺はまだ気付いていなかった。
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