夏休み、行方不明になった理々亜ちゃん

ふさふさしっぽ

第1話 再会した二人

小山美咲おやまみさきです。今日からよろしくお願いします」


 まわりからぱちぱちとまばらな拍手が起こる。お決まりの新人紹介の風景。 

 美咲は七月一日の今日から、急な病休の教諭に代わって、この櫻野さくらの小学校に常勤講師として勤務することになっていた。二十二歳の美咲にとって初めての職場であり、かなり肝が据わっている彼女も、さすがに緊張していた。


「先に連絡したとおり、小山先生には六年二組の担任をお願いします。なあに、同じ六年生担当の鬼堂きどう先生は優秀で優しい方だから大丈夫ですよ」


 教頭がそう言って形式的に微笑む。児童用にいつでも作れる笑顔だ。私もできるかな、と美咲は思った。


「しかし鬼堂先生は遅いな。今日は小山先生の紹介があるから少し早く来るように言っておいたんだが」


「すみません! 遅れました!」


 教頭が何気なく言葉を漏らした後、職員室のドアが大きく音を立てて開いた。皆がそちらの方を注目する。


「スマホのアラームが鳴らない上に、車の調子がおかしくて……って、あれ、もう挨拶終わっちゃいました?」


 職員室に飛び込んできた男性教諭はバツが悪そうに頭を掻いた。三十前後、背が高く、なかなか爽やかな容姿をしている。ただ若干癖がある黒髪にはしっかりと寝癖がついていた。


「鬼堂先生。今貴方の話をしていたんですよ」


「小山美咲です。今日からご指導よろしくお願いします」


 教頭の言葉を受けて、この人が鬼堂かと見当をつけた美咲は、彼に向かって丁寧に頭を下げた。そして、頭を上げ、彼の顔を見たとき、驚愕した。けれど何とか顔には出さないよう寸前のところで努力した。「鬼堂」という珍しい苗字を聞いたとき、引っかかるものを感じたが、これだったのか。


「小山美咲先生、ですね。僕が六年一組担任の鬼堂すぐるです。僕の方こそ、どうぞ、よろしくお願いします。こんな若くて綺麗な方となんて、嬉しいなあ」


 ははは、という形式笑いが他の教員にも広がり、職員室を漂う。


 一歩間違うと今のご時世セクハラになってしまいそうな言葉も、この人が言うなら許される、というぐらい、鬼堂は年齢にそぐわない無邪気な顔を美咲に向けた。




「この小学校、小山先生の母校なんですってね。なんと、僕もなんですよ」


 一緒に六年生の教室に向かう途中、何気なく鬼堂が言った。


「ずいぶんこの小学校も児童が少なくなっちゃいましたよね。クラスも一学年二クラスだけだし」


 そう大袈裟にため息をつく鬼堂の端正な横顔を、美咲は見つめる。


「もしかして小山先生、知ってます? この小学校で十年前の夏にあったこと」


「女の子が、夏休み中、かくれんぼをしていて行方不明になったという事件のことですか」


 美咲は隠そうとしても年齢でバレるだろうと踏んで、聞かれる前に答えた。


「知ってますよ、私、その子と同じクラスでしたから。彼方かなた理々亜りりあちゃん、でしたよね」


「えっ?」


 その一瞬、鬼堂から柔和な雰囲気が消えた。


「だから、鬼堂先生のことも覚えていますよ、ユーちゃん」


 美咲はにっこり笑った。美咲自身、この笑顔で大抵の男性は私に興味を持つ、ということを知っていた。


「参ったな……」


 鬼堂は困ったように頭を掻く。

 美咲はうふふと笑って、


「すみません、覚えています、なんて言いましたけど、私、さっき先生のお顔を拝見して思い出したんです。全然お若いままで、びっくりしましたよ」


 と、小さく舌を出した。



 ユーちゃん。鬼堂の名前、すぐるからとったニックネームだ。美咲がこの櫻小学校で六年生だった十年前、鬼堂は教育実習生として美咲のクラスにやってきた。

 一か月だけだったけれど、彼はクラスの全員からユーちゃん、ユーちゃん、と親しまれていた。


 話しているうちに教室に着いた。


「じゃあ小山先生、頑張って。あんまり力まず、かといって気を抜かず……ってどっちなんだよって感じだよね」


 美咲と接点があると分かって、急に気安くなった鬼堂はウインクをばっちり決めて一組の教室に向かった。

 鬼堂むこうは自分を覚えていないみたいだ、と美咲は思った。



「おはようございます、みなさん」


 美咲も教室に入った。それに合わせ、三十人ほどの児童たちが起立して挨拶をし、着席する。

 多感なお年頃の六年生の面々が、興味津々と言った様子で美咲を見ている。

 美咲は落ち着いた素振りで黒板に自分の名前を書いた。

 そして簡単な自己紹介。

 児童たちは案外お行儀よく美咲の話を聞いていた。話ながら教室を見回すと、十年前の思い出が、ふと美咲の頭をよぎった。この教室は、十年前六年二組だった美咲のクラスでもある。


彼方かなた理々亜りりあです。ドイツに住んでいました。よろしくお願いします)


 転入生だった彼方理々亜は、ドイツ人とのハーフで、とても愛らしい顔立ちをしていた。物怖じしない社交的な性格で、すぐにクラスの人気者になった。


 だけど、あの夏休みのあの日、彼女は……。


「せんせーい、知ってますか、この学校、夏になると、出るんだよ」


 教壇のすぐ前に座っていたお調子者を感じさせる男児が、右手を上げた。「発言するよ」ということらしい。


「ええと……立川たてかわ君? 何が出るのかな」


 出席番号順で席が並んでいるはずなので、男児の名前を出席簿で確認した。


「女の子のオバケ。外国人の」


「幽霊だよ、それに外国人じゃなくて、ドイツ人」


 別の男児がからかう口調で訂正する。


「何だよ、幽霊もオバケも一緒だろお? その女の子、十年くらい前、かくれんぼの最中に行方不明になって見つかってないんだって、姉ちゃんが言ってた。ワタシヲハヤクミツケテクダサーイ、って言うんだ。」


 立川君は外国人の口調を真似た。教室にどっと笑い声が上がる。


「ちょっと静かにしなさいよ。先生、さっさと授業を始めて下さい」


 廊下側の真面目そうな女児が、ぴしゃりと言い放った。

 美咲の心に、じわじわと黒い感情が沸き上がる。 

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