劣等感と生きるためのヒント

遠藤良二

第1話

 僕はいつも人と比べて劣っているなぁ、と感じてしまう。例えば、学歴・身長・地位・収入・顔など。


 僕は大学を卒業し、何社か面接を受けたけれど、全部、不採用。友達は数人いるが全員、採用されている。仕方がないので、アルバイトをすることにした。父は、

「大学でて、アルバイトか。何かしたいことはないのか」

と、半ば呆れた様子で言った。気のよわい僕は、言い返せなかった。


 背は低いし、顔は醜いし、三流大学だし、これじゃ彼女なんか出来るわけがないし、やりたいことも特にない。


 実際、僕は22歳なのにいまだに童貞だ。恥ずかしい。だからといって、風俗にいく気にもなれないし、そんなお金もない。


 大学時代は文学の勉強をしていた。明治・大正・昭和の文豪の。おかげで近代の文豪の作者や、作品名はくわしくなった。


 好きだからこういう勉強をしていたけれど、社会にでて一体何の役にたつのだろうと不思議におもう。教師になるのなら話はわかるけど。


 内気な僕は、大学時代はアルバイトはしなかった。人とバリバリしゃべるということができないので、できる人が羨ましい。


 僕は消極的だし、性格も暗いと思う。こんな自分は何のために生きているのだろう、と思う。そう思えば思うほど、気分は暗くなる。


 ネットを観ていて、リストカットの記事がでてきた。それから、大量に薬を飲んで亡くなったという記事も見付けた。普段からこういう暗いニュースなどには興味がある。


明るいのは眩しい。まるで、もぐらのようだ。


 でも、明るく生きたいという願望もある。どうやったら明るくなれるのか? 明るい話題をすればまずはいいのかな。表情も笑顔が乏しいので、笑顔も増やすようにする。一気に変えるのは難しいので徐々に変えていこうと思う。


 劣等感に苛まれることは度々あるが、例え比べてもいいから自分よりも言い方は悪いけれど、劣っている人と比べたら暗い気分にならずに済むかな?と、思った。


 自分は心に病があるのだろうか? たまに、誰もいないのに声が聴こえたりする。もしかして、霊の仕業? それとも、幻聴? でも、僕は病院が嫌いだ。霊の仕業なら、お寺でお祓いを受けたら聞こえなくなるかな。父親に訊いてみると、

「霊なわけないだろ」

 と、一蹴されてしまった。じゃあ、病気か? でも、一体何ていう病気だ? 病院には行きたくないなぁ。でも、何か具合い悪い……。気分が優れないというか。病院。精神科? 重い……。心療内科というのも確かあったはず。そこのほうが少しは行きやすいかも。父に意見を求めた。

「気のせいだろ、そんなの。俺だってたまにあるぞ」

 そうなんだ。でも、気になる。気になり出したら止まらない質だから。父には、

「やっぱり、気になるから病院いくわ」

 そう伝えた。

「勝手にしろ」

 つっけんどんに言われた。僕はショックを受けた。まるで、小さな子どものようだ。それと共に怒りも覚えた。

「勝手にするよ!」

 僕は逃げるように自室に行った。ちょっと言われただけで、不貞腐れ、傷つく僕。自覚はしているけれど、面倒くさい性格かもしれない。それに、割と気が短いし。


 僕はまず、病院に電話をしてみた。今日は木曜日で仕事はシフト制で休み。コンビニの店員をしている。自分でも思うけれど、何で大学を卒業しているのに、コンビニの店員なんだとは思う。別に、コンビニの店員をばかにしているわけではないけれど。

「もしもし」

『はい』

 病院の職員が電話にでた。

「受診したいのですが、いつ行ったらいいですか?」

『初診ですか?』

「はい」

『先生は四人いますが、どの医師にかかりたいか希望はありますか?』

「どの医者がいいのかわからないので、出来れば今日かかりたいのですが」

『今日でしたら三時まで受付してますよ』

「わかりました。ではこれから行きます」

 そう言って電話を切った。


 父親に買ってもらった普通車に乗り、病院に向かった。

 約10分で着いた。駐車している車はまばらだ。この病院はあまり流行ってないのかな。とりあえず、車から降り院内に入った。

 建物は結構古い。でも、待合室は綺麗に掃除されている。小さな心療内科で1階建て。若い患者さんもいれば、老人もいる。暗く俯いた患者さんもいれば、病気があるようには見えない患者さんもいる。まあ、個人差があるのだろう。


 1時間くらい待って、名前を呼ばれた。ようやくだ。初診は待ち時間が長いのか? そのことに関しては訊くこともせずに中待合の小さい椅子に座った。そこで、10分ぐらい待ってから再度呼ばれた。僕は診察室に入って、医者の前に座った。


 


 約20分話しただろうか、特に病名がないが、多分、一時のものだろうと医師は言っていた。ただ、心理検査を受けて欲しいと言われた。僕は早速、別室に移って心理療法士を待った。


 少し待って、心理療法士と呼ばれる僕より年上の女性が現れた。綺麗な女性だ。髪の毛は黒髪で、しっかりと後ろで束ねていて、体型は細身。白衣を着ていて、凄く清潔感があるな、と感じた。


 検査には2時間くらいかかった。疲れてしまった。疲れたせいか、気分は落ち込んでしまった。

「大丈夫? 2時間くらいかかっちゃったから疲れちゃったね。帰ったらゆっくり休んでね」

「ありがとうございました、失礼します」

「はい、お疲れ様でした」


 僕は待合室に戻り、会計で名前を呼ばれるのを待った。ちなみに薬は出ない。どれくらいで心理検査の結果はでるのだろう? 気になるので受付にいる職員に訊いてみた。

「あのう、すみません。今日、心理検査したんだけどいつぐらいに結果出ますか?」

 職員はわからないのか、

「ちょっとお待ちください」

 と、言い、受話器を取り誰かに訊いている。

 電話はすぐに終わり、

「約1週間くらいですね」

「では、それくらい経ったらまた来たらいいですか?」

「いえ、はっきりとした日にちがわからないので、こちらから電話します。それと、会計できてますよ」

 僕は支払いを済ませ、帰宅した。医師は一時的なものと言うのでそうなのだろう。病気じゃなくてよかった。




 病院から電話がきたのは、1週間以上あとだ。そのとき僕はバイト中だった。なので、仕事を終えてから折り返し電話をかけた。

 電話の内容は、「検査結果がでたので、先生の診察日の火曜日と金曜日に来てください」というもの。

 今日は火曜日で、時刻は午後3時30分すぎ。この病院は3時までの受付なので金曜日にいくことにした。


 自宅に着いて僕は自室に行き、勤務表を見た。案の定、出勤になっている。シフト変更してもらおう。僕は店に電話をした。木曜日の休みを金曜日にしてもらった。なので、木曜日は仕事になった。


 翌日の水曜日。今日は午前10時から午後3時まで仕事だ。その日によって勤務時間は異なる。店で知り合いになった女性の晴海(はるみ)さんは20代。僕より年上なのは知っているが、はっきりした年齢は教えてくれない。密かに晴海さんに好意を寄せている。彼女はそのことには気付いていないだろう。でも、仕事をするうえで晴海さんより劣っていると思う。品出しにしろ発注にしろスピードが違う。彼女の方が早い。ある種、憧れに近いのかもしれない。でも、残念ながら晴海さんは既婚者だ。子どももいると聞いている。

だから、いくら好意を寄せてもどうすることもできない。連絡先は知っているが、それは仕事の話をするためのものだ。家で仕事の話はしたくない。だから、自然と連絡は途絶えたままだ。ちなみに晴海さんも金曜日は休みだ。せっかく同じ休みなのに会えないなんて、寂しい。でも、仕方がない。一緒に食事くらいは? と思うけれど、きっと無理だろう。でも、試しに訊いてみようかな? 勇気を出して晴海さんに電話をかけた。6回くらい呼び出し音を鳴らし繋がった。鳴らし過ぎたかな、と思った。

「もしもし、晴海さん?」

「巧(たくみ)くん? 珍しいわね、どうしたの?」

 僕は緊張している。

『あの、夕食一緒にどうですか?』

「あ……。ごめん、それは無理だわ」

『わかりました。それでは!』

 早々に電話を切った。恥ずかしくてこれ以上話せない。やっぱり僕は晴海さんに惚れているのかな。やばいなぁ……。気持ちのやり場がない。夫と子どもがいる女性を好きになったなんて誰にも相談できない。無理矢理忘れるしかないのか……。でも、職場で会うしなぁ、忘れたくても忘れられない。明日も仕事で会うし。仕事辞めようかな。でも、何ていう理由で辞めよう?

まさか、従業員を好きになって忘れるために辞めるなんていえないしなぁ。仕方ない、仕事は続けよう。


 今日は木曜日。昨日のことが気になってなかなか眠れなくて寝不足だ。今日は午前11時から仕事。午後4時まで。もう、こちらからは晴海さんとは仕事の話しかしないことにする。仕事に集中しよう。そうすれば晴海さんのこともさほど気にならなくなるかもしれない。

 そういう考え方で仕事をしていたら店長に「今日は集中できてるな! その調子だ!」と褒められた。嬉しい。これは、逆転の発想、というやつか?

どうやら僕の考えは間違っていなかったようだ。快調快調。父にも「何だか顔付きが違うな」と言われたし。ひとって、考え方次第で変わるんだな。知らなかった。


 金曜日の今日は受診日。心理検査の結果を訊きに行く。午後1時30分に予約してある。

 僕はどんな人間なのだろう? 検査結果でわかるはずだ。気になる。

 父はマメな親で、仕事に行く前に僕の分の昼ご飯も作ってくれている。優しい父。母は3年前に病気で他界した。それから父にはいろいろとお世話になっている。大学まで行かせてもらって。母はスキルス胃がんだった。ガン家計なのか? 母親の母いわゆる僕のばあちゃんは肺ガンだった。82歳で亡くなったと母親は生前言っていた。

 僕は昼ご飯を食べ、午後1時ごろに家を出た。今日は天気が悪く、生憎の雨だ。結構、強い降り。病院の駐車場から病院までは少し歩くので、傘を車に積んだ。

 約10分で病院に着いて、傘をさし院内まで歩いた。それほど混んでいない。受付に診察券を出し、待合室に置いてある椅子に座って呼ばれるのを待った。

 周りは静かだ。30分ほど待っただろうか、名前を看護師に呼ばれたので、中待合に行き更に待った。少しして、診察が終わった患者が出入り口から出て来た。おばあちゃんだ。このひとは、どんな症状なんだろう?

 それから、僕が呼ばれた。

「こんにちは」

「はい、こんにちは。どうぞ」

 医師に促されるまま椅子に座った。

「この前の心理検査の結果だけどね、わかりやすく言うと、あなたは特別なこだわりもなく、普通の人だね」

 普通のひと。いい意味だろうか? 訊いてみると、「もちろんですよ」と答えてくれた。そうなんだ。医者が言うのだから間違いないだろう。それと、もうひとつ尋ねた。僕は劣等感が強く、落ち込むことが多いんですけどどうしたらいいですか、と。それは、他のひとと比べないこと。ひとはひと、自分は自分だよと教えてくれた。なるほど! 納得のいく答えだ。さすがは医者。これから先、生きていくためのヒントをもらったような気がした。気持ちを割り切ることが必要だと思った。  


                              (終)

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劣等感と生きるためのヒント 遠藤良二 @endoryoji

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