ダイルート・インドア

ざっと

1. 山行開始

 夏に向けて日差しが準備運動を始めた4月の末、俺は石段を登っていた。

 天気は快晴、気温は24度。握りしめた手すりの横では、日本の滝100選に選ばれている五竜の滝がざあざあと気持ちのいい音を立てている。写真で見たときにはとてもきれいで涼しげだった。いや、今も涼しげには見えるしきれいだ。さすがは日本の滝100選。なのに、体は全く涼しくない。気候的には暑くない筈だし、服装だって半袖のトレーナーウェアの上に長袖のアウトドアシャツを着ているだけだ。足元だって登山ズボンと呼ばれるゴツいボトムスではあるが、それも厚着というほど厚着ではない。

 けれども暑い。汗が滲んでくる。徐々に息が荒くなる。なぜ爽やかな初夏にこんな思いをしなければならないのか。

 手すりを握っていない左手で自分の膝を押しながら、一歩一歩石段を登っていく。横目に滝の姿を捉えつつも、頭をあげる余裕はなく、緑がえる周りの景色などを楽しむ余裕もない。

 ぜえぜえと喘ぎながら必死に歩を進めていると、頭上から声が降ってきた。


「どうした?まだ20分しか経ってないぞ」


 足を止め、声がした方へ視線を上げる。そこには汗ひとつかかないどころか、呼吸も乱れていない余裕しゃくしゃくの男、もとい友人が立っていた。服装は自分のものとほぼ同じだが、背中に背負ったザックは、俺が背負っているものの2倍くらいの大きさだった。

 出発前に一度持たせてもらったが、大きさに比例してとても重いザックは、地面から数ミリ浮かすのでやっとだった。中に入ってるものは何だと聞いたら、色々だとはぐらかされた。重量は10kgあるそうだ。それにもかかわらず、なぜあんなに涼しい顔をしていられるのか。人の気も知らないで。小憎らしいやつめ。


「うるさい、こっちはインドア100パーなんだよ」

「インドア100%て」

「アウトドアが苦手って知ってるだろ」

「知ってるし見れば分かる」

「細いってか」

「それもだし、この階段だけで息が上がると思わなかった」

「運動してないんだよ」

「だから連れ出したんじゃないか」

「お節介だっての」

「取材した資料だけよこせ、なんて言われ続けるのもしゃくだからな。たまには復讐ふくしゅうしてやろうと思って」


 友人は楽しそうに言う。まったくいい性格してやがる。

 口論をする体力がなくなってきたので舌打ちしながら睨みつける。そうなのだ。こいつが俺を連れ出す、という強行突破をしかけさえしなければ、こんな目に遭うことはなかったのに……―――――

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