ショートショート劇場

@watarikazu

夜中のお岩さん

入院中の午前3時、私は眠れずにいた。少し前に目が覚めて一人病室の暗闇の中、寝付けようと目を閉じていた。


眠る前にお腹の調子が良くなく、大きな方を済ませ眠りに入ったが、一度目が覚めると開いたままで睡眠に入れない。


仕方なく寝返りを何度も打って床につき、睡眠に入るのを待っていたら、どこかの病室の扉が開く音がした。



患者の容態に異常はないか診て回っているのだろう。



夜勤の看護師の重要な業務で各病室の見回りは欠かせない。


夜勤の業務は本当に大変だなと心の中で労っていると私の病室の入口の照明がついた。



「大丈夫ですか、身体に異変はないですか?」



眠る前にお腹の調子が良くなかったこともあり、申し訳ないなと思いながら今は収まりました、ありがとうございますと謝辞を述べた。



20代前半の少しぽっちゃり型、丸メガネのその若い女性看護師は、その返答をみて和かに


「ではおやすみなさい。」


と笑顔で言ってゆっくりと扉を閉めた。



ほんわかな応対に心を和ませながら、私は再び暗闇の中でベッドに横たわった。



口には出さないが気持ちとしてはおおっぴらに面と向かって感謝したかった。労を労いたかった。でも業務の中の応対もあり、面と向かって感謝を伝えるのは難しい。



せめて今誰もいない暗闇の時間の中にいる私はゆっくりと眠りに入る準備をした。



それから10分経ち、眠気がわずかに出て少し瞼が自然に閉じようとしてきた。寝返りを打ち、身体がくの字型になってくる。



ちょうど安らぐような心地よい感覚に包まれる時、いきなり扉の大きく開く音がした。



急に勢いよくその扉を開いた人影は見えず、ペンライトが光るだけだった。



暗がりで見えないのではっきりとした人影は見えないが、体型から見れば30代ぐらいのスレンダー体型の女性のようだった。



そのペンライトが何かを探すように見回した後、暗闇のその人物は扉を強めに閉めた。



扉を閉めるとペンライトは消え、部屋は光のない暗闇の世界になった。



靴の音が扉の向こうからして段々遠くなり、小さくなってくる。




夜の看護師の巡回は一晩1回、2回ではない。しょっちゅう訪れることもたまにある。




例えは悪いが刑務所だと監視が目的だが、ここは病院だ。



患者の容態を良くすることが目的でむしろ対象者を保護することにある。



これが監視のような巡回だと人権の尊重はありえないし、生存権さえも危ぶまれるだろう。



隠れることもないので、むしろリラックスだった。



巡回お疲れ様と気持ちの中で労いの言葉をかけて今度こそ3度目の眠気を入る準備をした。



かけてなかったYouTubeのリラックス音楽をかけ心が和み、ゆっくりと気持ちと心も安楽に包まれていく。



はっきりとした現実がまどろみ、境がみえなくなる。




現実にいる病室の雰囲気、僕一人の流れる時間。全てが曖昧になってくる。



この気持ちいい感覚。何て言うんだろう?どうでも良くなる。




その時突然、大きく扉が開いた。まどろんで意識が曖昧になっているのに関係なく、ゆらゆらと光が頼りなく右往左往している。




身震いして私は毛布に顔を埋める。くわばら、くわばら。どうか祟りが来ませんように・・・。


その光は消え去るどころか、段々大きくなって何かを探すように揺れの振り幅も増す。


何でもします、昔盗んだファミコン返します。だから・・・。


光の大きさも揺れの振り幅も正比例してこちらに一歩近づく度に大きく強く。


うらめしや・・・。もう生きている心地はなかった。死後の世界をイメージする余裕はなかった。


その光は何かを探しているようだ。ないということが分かると今度はソファーのところに。


ホントに人魂をイメージしていた。怨念をイメージしていた。でもホントなのか怖くてできない・・・。


ソファーにないと分かるとベッドの近くの洗面台、冷蔵庫、テレビ台。


神様、仏様、トラッキー様・・。どうか勝たせますから命だけは頼んます!!


ついにベッドの足元まで来た!光が私の足の上を照らしている。もうガタガタ震えている。止まらない!もうどうしようもない!



もうウソ寝で寝たふりをしてるけどこうなったら振り返るしかない。



恐怖で目を開けれないけど、もう覚悟を決める!


恐る恐るゆっくりと瞼を少し開けてみる。半開きになった瞳の世界から大きな頼りない光がゆらゆら揺れている。もう太ももの辺りだ!



その頼りない光はゆらゆら揺れると途中でぴったりと止まった。



止まるとアゴが拡大映像でライトアップ。正体はペンライトで犯人は旬を過ぎたおばちゃん看護師。


「大丈夫ですかぁ?」


思わずツッコんだ。



「お岩さんか!!!」


翌朝、血圧上がって起きれなかったのはいうまでもない。

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