あおいせかい

前花しずく

あおいせかい

 星が綺麗に見えていた。ちょうどオリオン座が頭上に来てこちらを見下ろしていた。そして、恐らく星座ですらないであろう星たちが、その周りを埋め尽くして瞬いていた。ほとんどは白い光を放っているが、いくつか青い星もあった。そのいくつかの青い星は他の星より一回り大きくて存在感があった。しかし、そのいずれの星も名前は全く分からない。僕の前では青い星も白い星も等しく「星」であった。僕はなんだか悲しくなった。

「綺麗だね」

 その声で、初めて隣に人が立っていることに気が付いた。高校生くらいの少女だった。僕は座っていたから、彼女の顔を見上げる形になった。暗くてよくは分からなかったが、彼女が背丈ほどのバックパックを背負っていることだけは辛うじて分かった。

「色んなところを旅してきたけど、こういう綺麗なところは久しぶり」

 彼女は星空を見上げながら言った。何か言葉を返そうかとも思ったが、返す言葉も見つからず、彼女も特に気にはしていないようだから、僕もまた星空に目をやった。星たちは変わらず瞬いているし、青い星は静かに主張をした。僕はなんとなく手を開いて上に伸ばした。そして手を閉じると、何かを掴んだ感触があった。確認すればそれは青い星だった。青い星は僕の手中に収まり、だけれども変わらず主張をしているのだった。

「わぁ、かわいい」

 少女が僕の青い星に気付いて、近寄ってきて覗き込んだ。その青い星に照らされて彼女の姿がよく見えた。胸にポケットがある短いジャケットを羽織り、下は短パンで、お腹と足には黒いインナーが見えていた。その組み合わせはなんだか探検家みたいだったが、この子が着ている分には活発な印象を与える以外の効力は発揮しなかった。

「私にも取れるかな」

 彼女はさっきの僕のように真上に手を伸ばした。そして何かを掴むような仕草をしたが、開いた手には何も入ってはいなかった。もう一度、手を伸ばして背伸びをした。今度は掴もうとする前にバランスを崩して転びそうになってそれどころじゃなくなった。足元に突起物がいくつもあるので、それに足を取られたらしかった。

「あっぶない。危うく落ちるところだった」

 少女は少し身を乗り出して何やら下を覗き込んだ。僕も真似をして覗き込んでみると、前に一メートルほど行ったところが崖のようになっていた。不思議に思って青い星の光を頼りに周りを見渡すと、どうやら僕がいたのは屋根の上らしかった。屋根の上ならば突起は多いし高いはずだ、と妙に納得した。彼女は少しだけきょろきょろと周りを見回したが、特に何もなかったのか僕の横に座ってまた夜空を見上げた。

 僕もまた星を見上げた。星は変わらず瞬いていた。オリオン座も動くことなく、ずっと頭上にいた。僕がさっき青い星を一つ取ったからか、残りの青い星たちはより一層主張を強くしているように見えた。輝きを増し、星の周りのグラデーションもみるみる拡大しているようだった。否、確実に拡大していた。グラデーションどころか星そのものが大きくなり、周りの白い星たちを霞めていくのが目に見えて分かった。

「落ちてくる」

 少女が言った直後に、青い星の一つが隕石となって眼前に落下した。地面にあたるとさっきとは比べ物にならないほど眩い青い光が辺りを照らした。僕の手も、少女の身体も真っ青に染まった。それは一瞬のことで、青い光はそのまま後ろへ突き抜けて行って、気付けばまた夜の闇に飲まれているのだった。そのあとも次から次へと青い星たちが地表に投身自殺していった。そのたびに僕らは青くなり、そしてまた黒くなった。

「綺麗だね」

 少女は目を青くしてそう言った。その通りだと思った。僕はこれを見るためにここにいたのだとなんとなく思った。青い星たちは留まることを知らず、雨のように降りそそいだ。世界は青い光にさらされすぎて、もう青いのが普通になってきた。青い星が全部死んだとき、夜の空は完全に消えて上下左右全ての空間が水色のペンキで塗られたみたいになった。僕たちも、水色のペンキに塗れていた。お互い水色の姿を見て、笑いあった。なんだか馬鹿みたいに可笑しかった。可笑しくて笑い転げたあとふと思い出して手の中を見ると、この青い星はまだ生きていた。他の星たちは死んでしまったが、この星は紛れもなく生きて相変わらず瞬いていた。

「それ、もらっていい?」

 少女は星を指さして言った。僕は言われるがまま、彼女の手の中に青い星を渡した。ペンキ塗れの彼女はペンキ塗れのバックパックを開けると、そこに青い星を仕舞い込んだ。入れるとまたその重そうな荷物を背負って立ち上がった。彼女はここで初めて僕の方をまともに眺めた。僕も負けじとそのペンキだらけの顔を眺めかえした。

「あなたのところ、すごい楽しかったよ」

 少女はそう言って嬉しそうに笑った。何が嬉しいのかは分からなかったがとりあえず喜んでくれたなら良かったと思った。

「あなたの夢のカケラ、大切にするね」

 彼女はそう言って、水色の世界へ向かって歩いて行った。水色の身体は水色の世界に溶け込み、揺らぎ、そして消えた。

 残ったのは水色の世界と水色の僕だけだった。

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あおいせかい 前花しずく @shizuku_maehana

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