戯れ、愉悦。
前花しずく
戯れ、愉悦。
哭き疲れて腫れぼったくなった瞼を指先でつまんで、中の球体を露出させる。ゼリー状の球体には小さな小さな血管が張り巡らされていて、それがカーテンの隙間から僅かに漏れる月の光をキャッチしてぼやぁと浮き上がって見えた。
嗚呼、とても疲れたんだね、今日は激しかったもの。瞳は上瞼に収納されたまま出てこず、無理に上瞼を剥がすと瞳孔は小さくなって動かなかった。そのなんと可憐で無防備なこと。でもそんな安い誘惑に負けるような僕じゃあない。こういうことは急いては駄目さ。分かっている。
石鹼で何度も洗って指紋が消えた人差し指の腹の部分で、柔らかい球体の白い部分をほんのひと撫でする。反射で瞼がピクッと痙攣するが、まだ瞳孔が開く様子はない。このなんとも言えない湿った感触、言い知れぬ征服感。まだ少ししか触れていないのに、僕の息はもう荒くなっていた。しかしそれは僕だけではないらしい。まだ始めたばかりだというのに、もう既に涙腺から溢れ出た液体が粘膜を濡らし、僕の影をそこに映し出していた。
一人、気持ちの悪い笑顔を作りながらもう一度白目に手を触れる。潔白で無垢なその球体を自分という一滴のインクで染めるこの瞬間が、堪らなく興奮するのだ。瞼は先程よりも激しく痙攣し、胴体も小刻みに震える。涙腺から分泌された液体が粘膜に溢れ、僕を歓迎してくれているかのようだ。さらには毛細血管に血液が集中して、薔薇の蕾が開くかのごとく球全体に赤みが広がっていく。主張の激しい紅色はさらに僕の興奮を増幅させ、滾らせた。恐らく僕の目も血走っているに違いない。そろそろ前戯は終わりにしようか。
また強引に上瞼をこじ開けて、メインディッシュである生気を失った瞳を覗き込んだ。暗い中でも虹彩と角膜が織りなす不思議な模様は健在で、見つめ返してこないそれを気が済むまでまじまじと舐め回すように眺めた。麗しい瞳を目に焼き付けた次は、舌舐めずりをして少しだけ盛り上がった黒目にいよいよ直接触れてみた。黒目に触れると白目ではなかった激しい反応をしてくれる。胴体だけでなく手足までがもがいて手錠の鎖を暴れさせ、短く鈍いうめき声を上げ、涙腺からは液体が零れ落ちることとめどなく。この敏感で初々しい反応こそ僕を最も興奮させるのだが、ここまでくると覚醒するのももはや時間の問題なのだ。惜しい気もするが、しかし美というものは儚くこそあれ、とも思われる。終わらせるときは一息に終わらせねばならない。
唾液を滴らせた舌を眼球に落とし、瞼の裏までぐるりと舐め回す。もう遠慮は要らない。断続的に身体を痙攣させているが、涙は唾液と勝手に混ざり合っていく。こうなったらば終わりの合図だ。
前歯で眼球を挟み込む。眼球が動いたらば最後、一気に顎を閉じた。
断末魔とも嬌声とも分からない声が牢の中に響いた。
戯れ、愉悦。 前花しずく @shizuku_maehana
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