第14話


 傷を負った状態でも難なく敵を一蹴したノアは、周囲に敵がいなくなってからやっと私を解放した。回復魔法を使ってノアを癒す。

 “愛してる”がよっぽど効果的だったのか、ノアは生意気なことを言うわけでもなくおとなしく治療を受けてくれた。

 よかった。母の愛が伝わったようだな。


「よし、これでいいだろう」


 割と深かった傷跡もすっかり消えている。


「‥‥ありがとう」


「当然のことをしたまでだ。まぁ次からは余所見をしないで戦うんだぞ」


 私がそう言うと、ノアは伏し目がちで頷く。

こんなにおとなしくて素直なノア、滅多に見れないぞ。可愛いなー。


 そうだ、もうひとつ!


 私はそっとノアの手を取った。


「な、なにを」


 顔を赤く染めるノアが可愛らしくて、思わず小さい笑みが溢れる。

ノアの手のひらは剣だこが沢山できていて、今までの修行の過酷さを物語っていた。


「ノア、お前はとても頑張っているな」


 そう言って、ノアを腕の中に抱き締めた。

といっても今私たちは野原に座り込んでいるから、私が膝立ちになってノアを抱きしめている状態だ。


 あれ?ノアの反応がない。

両腕の中にいるノアをそっと覗くと、ノアは私の乳に溺れていた。


「あぁ、悪い!乳のデカさを計算し忘れていた」


 母の愛が感じられるように包み込んであげようと思ったのだが、私が膝立ちになるとノアの顔が乳に埋まってしまう。


 結果、膝立ちをやめてノアを抱き締めた。


 しかしそうなると‥なんというか、抱き締めるというより‥抱きついているといった感じになるな。一丁前にノアの方が図体がデカいのだ。

 必然的に私の顔がノアの首元にぽんっと埋まる感じになる。ノアは驚いているのかさっきから一言も発していないが、ノアの鼓動が激し過ぎるのが気になる。首筋にも汗をかいているが大丈夫か‥?

 鍛えられたノアの胸板が、激しく動く心臓のせいで突き破られてしまいそうだ。


 ノアの首元に顔が埋まっているもんだから、私の呼吸なんかも首筋にかかってしまっているのだろう。こそばゆいのか、ノアがさっきからピクピクしている。だが乳に埋もれるよりかはまだマシだろう?


「ノア」

 

「うあっ」


 名前を呼んだだけでこの反応。目の前にある首筋は真っ赤に染まり、汗がダラダラだ。熱でもあるのか‥?それとも、さっきの怪我が治っていない?


「大丈夫か?」


「っ」


 ノアの顔を覗き見ようとノアの首筋から顔を離すと、後頭部を思いっきり押し込まれた。つまり首元にカムバックである。


「もごっ。‥‥一体どうしたんだ?」


「たっ‥頼むから喋るな!そ、そんで、こっち見るな!!」


 久しく聞いていなかったノアの必死な声。

動悸息切れが凄まじいのだが。脈も早い。


「だが‥いつもと様子が‥」


「うっ、だから!喋るなってば!!」


 喋っても怒られるし、カムバックされた時からノアの手のひらががっちり私の後頭部を押さえてる。


 つまり、動けない。


 どのくらいこうしていたのだろうか。

ちなみに視界の隅に魔族が見えたのだが、ノアがきっちりキューブで私たちを囲った。


 驚いたな。こんなに長いハグがしたかったなんて。言ってくれればいつでもしたというのに。


 ノアと触れ合っている部分は暖かくて心地が良かった。

ノアの体温は少し熱すぎるくらいだったけど、肌も白くて天使のようなこの少年に、ちゃんと血が通ってるんだなぁなんてしみじみと感じて変に安堵したりもした。


 ノアの動悸息切れが収まってきた頃、やっと体が離された。

密着していた部分が天使の熱を失って急に涼しく感じる。


「どうだ、よかったか?」


 ニカっと笑うとノアはまた顔をボンっと赤くさせた。

なんなんだこいつ。本当に風邪でも引いてるんじゃ‥


「‥‥‥‥‥はぁ。

なんかもう今日本当よくわかんない。アデルが意味わかんない」


「‥そうか?私はただ‥」


「本当に本当に分かんない!意味不明!!だけど‥」


 ノアは突然私の両肩に手を置いた。

真正面で向き合う形となり、私はまざまざとノアの顔面を見ることになる。


 長いまつ毛に、吸い込まれそうな赤い瞳。生意気な表情の、綺麗な天使。

ほんっと、いい顔してるなー‥。


「俺も、アデルを愛してるから」


 面と向かって、真剣に。私の瞳を真っ直ぐ見ながらノアはそう言った。


「あ、あぁ。‥ありがとう」


 よかった。ノアもそう思ってくれていたんだな。

2人で過ごしてきた日々の中で、ちゃんと母子としての絆を築けてきたんだな。(4歳しか変わらないが)


 はぁ‥。そっか。よかった。



「ふっ」


 ノアが私を見るなり吹き出すようにして笑った。


「?‥なんだ?」


「アデル、顔真っ赤」


「‥‥‥そ、そうか‥?」


 照れたのか?そうか。照れたんだな。愛息子からのひと言に。

そうだそうだ。照れたのだ。うん。


 だが、変だな‥。心臓が少しおかしい。

こんなのは前世でも経験したことがないぞ。


 はっ!!これは‥もしや前世で父上が仰っていた‥


「不整脈!!!」


「は?」


「大変だ。まだ夢半ばだというのに‥!

ノアも動悸息切れがあるし‥」


「‥‥‥は?」


「2人で体に気をつけよう。な?」


「いや、な?じゃねぇよ」


 この日は大事をとって早めに宿に戻ることにした。

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