第2話

「鳥さんをいじめるなー」

「いじめるなー」

「いじめんなー」


 猟師が鴆の口いっぱいに無理やり梅干しを入れるのを目撃した村の子どもたち三人は、猟師に向かって常備している朝顔と向日葵の種をぶん投げ続けた。

 猟師は鴆の口に梅干しを入れ続けながら、三人の子どもたちを見た。


「だからこれは浄化してんだって言ってんだろう」


 五年前から繰り返されるやり取りにそろそろ辟易していた猟師であったが、石を投げていた当初から殺傷能力の低い種へと変化した事に関しては、少しは成長したかなと感心するも、それはそれ。人に物を投げたらだめだろうと教えねばと口を開くより先に、子どもたちの言葉が投げかけられた。


「絵面を考えろー」

「どーみてもいじめだー」

「いじめ反対ー」

「絵面はどうにもならねんだよ。ったく。後で猪の牙と梅酒渡しに行ってやっから、おとなしく家に帰れ」

「「「上等なの持ってこいよ」」」

「おまえら!人に物を投げたらだめだろうが!」


 きゃっきゃと笑いながら背を向けて駆け走る子どもたちに向かって大声で叫んだ後、やれやれと首を振って、鴆を見れば、その周りには口に入れているはずの梅干しが散乱していた。

 種ではなくしわしわの肉厚の実付きである。


「おまえ。また梅干しを食わなかったな」


 妖怪に原理を求めるのは間違いなのだろうが、口に入れた梅干しはどういうわけか、鴆の身体のあちこちから吐き出されるのだ。


「誰が食うか」

「ほらほらおじいちゃん。怖くないよー」

「撫で声を出すな」

「はいはい。一旦休憩。おまえ押さえつけるのも結構力が要るんだよ」

「化け物め」


 猟師の手が離れた途端、鴆は瞬時に空へと飛びあがり、目にも止まらない速さでこの場から立ち去った。


(どうせ村の外へは出られないとしても、抵抗はしてやる)







『あー。俺の畑を枯死させやがって。あ、でも梅は無事だ。よかったよかった』

『人間にはおまえの毒は通用しないんだな。よかったよかった』

『あ。おいおい。梅の汁を撒いたらおまえの毒も通用しないな。よかったよかった』

『おい、おまえら。だめでしょうが。鴆の毒を使ってぼろ儲けしようなんて』

『毒が原因で追われているなら、毒を消せばいいだろう。俺さ、妖怪退治屋に方法を教えてもらったから』





(うるさいうるさいうるさい人間め。誰が信用するものか。くそ。しかし人間以上に忌まわしきはあの梅の木だ)




 青々とした葉をなびかせる梅の木を真下に捉えて、鴆は舌打ちをした。








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