第35話/料理
迷宮の内部だと言うのに、この空間には昼夜の概念があるらしい。
鉛色だった空はあっと言う間に黒い夜中に変わって、焚火の炎だけが周囲を照らしてくれる。
「大蛇鼠の心臓焼き、希少な部位だから美味いぞぉ!!」
鬼童のオッサンは焚火の中に丸々突っ込んだ大蛇鼠の心臓を木の枝で作った串で突き刺して引っ張り上げる。
ぷすぷすと黒焦げになった心臓。かなり鮮度が良いのだろう、火の中に投げ入れて十数分程経った今でもどくんどくんと小刻みをしている。気持ち悪い。
「ん、ぐぬぬーっぐ、ふぁあああッ!うまぁあああい!!血の味が闘志と滾らせるぜぇえい!」
木霊が鳴り響く程の大声だった。
俺は辛うじてうまいと感じた大蛇鼠の脚の部分をチビチビと齧る。
聖浄さんはただ無心になって火を眺めていた。
「さぁあて、何が出来るかなぁ?な~にが出来るかなぁ!?おいお前ら、何が出来ると思うぅ?」
ルンルン気分で刃物を使い小刻みに切り刻む。
正直言いたくないが、聞いてほしそうなので俺は聞く。
「何が出来るんですか?」
「よくぞ聞いてくれたっ!この大蛇鼠の齧歯には、咬み付いた生物の肉体を軟化させる液が出て来る、これを使い、本来硬くて食べる事も難しい大蛇鼠の皮を、軟化液で浸して極限にまで柔らかくしたモノを、其処らに生えている白いキノコと事前に持ち合わせた味噌を混ぜ合わせたモンだ、名付けて即席大蛇鼠の皮なめろう、これはかなり精が付くぞぉ!」
……半分くらい聞いて理解するのを止めた。
つまり、食べられる代物にした、と言う解釈で良いのだろうか。
「味は……んん~バッチグゥって奴だぁ、さあ、この幸せご飯を喰らう運の良い奴は何処に居るかなぁ?」
手を額に当てて覗き込む様な仕草をする。
俺と聖浄さんは目を見合わせた。俺たち二人とも、食べたく無いと言う意志だけが理解出来た。
そして俺と聖浄さんは、更に後ろで横になる鹿目の方を見る。
「……なんだ、お前ら、目が、怖いぞ」
なんだか恐怖を覚えている様子だが関係ない。
本当においしいかどうか味見をしてもらうだけだ。
「おい、なんで私を引っ張る……なんだ、そのゲテモノは、そ、それが捕虜に食わせるものかッ!」
「なんかおいしいらしいんでッ!」
「精がつくとか聞きましたっ!どうぞご賞味下さいッ!」
俺たちは必死になって鹿目を前面に押し出す。
「んん~?なんだお前、俺の最高に美味い飯を食いたいのかぁ?仕方がねぇ奴だなぁ」
「待て、私は欲しいとは言って無い、おいッ!やめろ、吐しゃ物を近づけるなっ!」
「ほうら、あ~ん」
「は、話を聞け、おいっ!やめ、やめろぉ!!あぐんむっ!」
大蛇鼠のなめろうが鹿目の口に入ると同時に聖浄さんが口元を抑える。
悶えて苦しむ鹿目が足をジタバタとさせたが、次第に抵抗がなくなっていく。
ごくん、と喉がなる。ゆっくりと聖浄さんが手を離すと、鹿目は倒れた。
「……」
精魂尽き果てたかの様に、鹿目の目から一筋の涙が流れた。
瞳には光は無く、それは無理矢理初めてを奪われたかの様な凄惨さだ。
「無念」
「どうか安らかに……」
俺は合掌して、聖浄さんは十字架を切った。
「そうかそうか、そんなに美味かったかっ!じゃあお前らにも食わせてやるよォ」
にこにこと笑みを浮かべながらなめろうを持つ鬼童のおっさん。
「俺もうお腹いっぱいで……」
「私、お腹に穴が開いてるので」
「遠慮すんじゃねぇよ、おら!うめえから食え喰えッ!」
……食事の時間と言うのは殺伐とした雰囲気ではなく、和気藹々と、料理に舌鼓を打つものだろう。
少なくとも、効能のみを期待した最低な味がする料理は、ただのドーピングか、命知らずの行いだと、俺は思った。
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