第27話/浮遊

受け身、受け身って、どうすれば良いんだっ!

しどろもどろと、宙をバタつく俺に、聖浄さんが俺の腹部に手を回す様に掴む。

そして黒い手袋をした掌を真横に伸ばした。

すると、掌は消える。いや、空間に入り込んだ。

まるで空間自体が水面であるかの様に、波紋を空間に刻んで、そして空間から四角形の『匣』を取り出した。


海月傘くらげがさ


その術具の名前を口走ると、匣が開いて白くてブヨブヨした傘が出てきた。

それを握ると、聖浄さんは傘を開く。すると、落下する速度がゆるやかとなっていき、俺たちはロープウェイで移動する様にスマートに浮遊していた。


「あ、あぶっ、あぶなっ」


俺は落下による恐怖でつい口が震えてしまう。

だから喋る言葉はどもってしまって、どうにも震えが収まらない。


「大丈夫ですか?……っ」


俺に心配したかと思えば、今度は後ろを振り向いて聖浄さんは牙を剥いた。

崖の前で、大きく手を振る鬼童の姿があった。


「待ってろよぉお!今、そっちに行くからなぁあ!!」


そう大声を上げて、鬼童は崖から飛び降りる。

そして崖をまるで滑り台とでも思っているのか、両足で側面を滑走しながら落ちていく。


「時間稼ぎになると思いましたが……、これでは大して距離は稼げませんね」


致し方がないと、聖浄さんは周囲を見渡す。

砂の様な色をした建物が並ぶ街らしき場所には、人はおろか生物の気配すら感じない。

三階建てくらいの建物と浮遊する俺たちが並んだ時、聖浄さんは俺に向けて言った。


「傘を閉じます。受け身の準備を」


「え、あっ!!うわぁあ!!」


了解、の言葉すら言わせて貰えず、俺は再び落下する。

左手に装備した『骨殻』で地面接地する瞬間に叩き付けて、衝撃を散らす。

ごろごろと転がって、落下の衝撃を最小限に留めようとする俺とは打って変わり、聖浄さんは見事に両足の膝をバネに衝撃を吸収し、着地した。


「ふぅ……大丈夫ですか?」


そう聞いてくる聖浄さん。

いや、大丈夫じゃない。死ぬかと思った。

それも二回もだ。


「危なかったですよ……、かなり」


と、俺はそう言うくらいしか気力が無かった。

だが、このまま呆然としている場合ではない。

すぐに立ち上がり、俺たちは逃げる準備をする。


「急ぎましょう。距離は稼ぎましたが、最悪、三十分以内にこちらに向かってくる可能性があります」


恐ろしいことをいう。

だが、あの崖を飛び降りなければ、遠回りをして移動する他ない。

そうすれば相当な時間を稼ぐ事が出来たが……、崖から飛び降りれば、最短で俺たちの元へ到着する可能性がある。


「幸いにも、この古都には建物が多く、人が潜むには十分過ぎます。それに、術象が居るので、足止めにはなるでしょう」


そう言ったが。どうだろうか。

あのおっさんの事だ、術象程度じゃあ、大した時間稼ぎにはならないと思う。


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