第20話/入浴

なんとも見てはいけないものを見てしまった。

聖浄さんが俺の事を気づかない様に祈りながら来た道を帰ろうとするが。


「どうかしましたか?」


目を細めながら、睨む様に聖浄さんが聞いてくる。

どうやら……聖浄さんは俺が来ていた事のをとうに気づいていたらしい。


「すいません、シャワーとは知らなくて、あの、音が聞こえて来たから」


そう言い訳をしてみるが、彼女の入浴を覗いたと言う事実は変わらない。

全ては彼女が無罪か重罪かを決めるのだ。


「ちょうど良かったです、体に塗る石鹸を忘れていたので、取ってくれませんか?」


言いながら、聖浄さんはバケツを外して中に水を入れ直す。


「石鹸って……何処にあるんですか?」


教会には礼拝堂しか入っていない。礼拝堂以外にものが置いてあると言うのなら、何処を探せばよいのかまるで分からない。


「礼拝堂の右側に倉庫があります。手前の棚に使用している石鹸があるので、それをお願いします」


教会の中にある礼拝堂、その奥には扉が一つしかないと思っていたけど、どうやら右側の奥にも、部屋があるらしい。


「分かりました」


そう言って俺は足早くその場を離れる。

礼拝堂へと戻って、今度は右側を確認すると、確かに扉が存在した。

扉を開き、中へ入る。部屋の中は様々な薬品によってまじりあった複雑な匂いで覆われていた。


「手前の棚……これか」


俺は石鹸ケースを確認してそれを持ち運ぶ。

……石鹸ケースって、石鹸を入れる箱だけど、大抵は石鹸のぬめりが箱にも付着して滑りやすいイメージだ。

けど、これは丁寧に箱が拭かれている為か、ぬめりと言うものが無かった。

教会の裏側へと戻る、そして石鹸を聖浄さんに渡そうとして……。


「せ、聖浄さん、いきますよー!」


そう言ってケースから石鹸を取って投げようとした。

聖浄さんは俺の声に反応して睨んでいる。


「何を横着しようとしているのですか?危険です。相手が怪我をしたらどうするのですか。ちゃんと渡しなさい」


と、そう叱って来た。

いや、ちゃんと渡したら……直視出来ないんですけど。


「早くして下さい、二本目が終わってしまいます」


回りにはバケツが三つあった。

そのうちの二つは既に、穴の開いたバケツに流し込んだ為に空っぽだ。

つまり、そのバケツが最後の水浴びと言う事になる。


「……」


俺はそっぽを向いて彼女に近づいて、石鹸を渡す。


「ありがとうございます」


濡れた彼女の手が、俺の手に握る石鹸を受け取ろうとして。


「あ」


と、彼女の言葉と共に、石鹸が俺の手から、そして、聖浄さんからの手からも滑った。

俺はもう片方の手でそれを取ろうとして。

それよりも早く、聖浄さんがもう片方の手で石鹸を取ろうとして、弾く。

俺の後方へと飛んでいく石鹸に、聖浄さんはそのまま突っ込んだ。

彼女の濡れた体が俺の体を包みこんで、倒れる。

濡れた体からは、何処か甘い香りがした。

噛み締めた麦の様な、そんな甘さだ。


「……大丈夫ですか?」


馬乗りになる彼女が心配する様に言う。

俺は目を瞑ったまま頷いた。


「目を怪我したんですか?見せて下さい」


そう言って彼女の吐息が頬に触れた。

それほどまでに近く、聖浄さんの顔がそこにあるのだと思った。


「だ、大丈夫、です……なんで……服、着てください」


俺は情けなく、そんな声しか出なかった。

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