第10話/幸夢
夢の中は幸せな世界だった。
家族が居る。
両親や弟がいて、近くには友人たちがカードゲームで遊んでいる。
部活動の仲間がバーベキューをしていて、恩師が焼いた肉を紙皿に入れてテーブルに置いてくれた。
そして、携帯電話を弄りながら彼の登場を待ち侘びる、少女の姿が其処にあった。
俺の大切な人たち、友人、家族、恩師、恋人が、其処に居る。
その幸せな輪の中に入ろうとして、俺は寸での所で足を止めた。
『駄目だ、ダメだ。俺は、俺は入れない』
俺は。その幸せな世界に入る事は出来ない。
だってそうだろう。俺は、彼らと同じ領域に立つ事すら烏滸がましい卑怯者だからだ。
『俺は何も出来なかった、何一つ成し遂げられなかった』
彼らは死んだ。死んでしまった。
目の前で、悲鳴をあげて、泣き叫び、絶望に浸り、そして、殺された。
俺だけが、生き残っている。俺だけが死なずにいる。
『笑顔を向けないでくれ、俺は許されるべき人間じゃない』
手を振る家族、友人たちの姿。
恩師が声を掛けて、恋人が遅いと怒っている。
もしも、其処に行く事が出来るのならば、どれほど幸せだろうか。
例え夢である事は理解している、夢だから、その輪に入ろうなど。
そう甘い考えをするだけで俺は苛立った。
自分の甘さに、自分の性格の悪さに。
『殺されて、食われて、犯される様を、俺は傍目から眺めて、自分の番になると逃げただけの臆病者だ……』
俺は呟く。
すると、当然の様に慰めの言葉を掛けてくれる皆。
その優しい言葉は、嬉しいけれど、それ以上に、自分を責める様になってしまう。
優しい人たちだった。俺が何も出来なかったから、彼らは死んでしまった。
『やめてくれ……やめてくれよぉ………』
俺は涙を流して地面に蹲る。
幸せと言う感情は、俺には重過ぎる想いだ。
圧し潰れそうな心、精神が崩れてしまいそうだ。
「凄い不思議。こんなにも幸せな夢なのに、悪夢を見た様な顔をして………」
そんな時だった。
俺の夢の中に、現実的な声を響かせる女性の声があった。
『なんだよ、あんた。誰だ?』
顔を上げる。
黒髪に、曲がりくねった角を生やす、全裸の女性。
俺の顔を見て、自らの指先を頬にあてて首を傾げる。
「ねいたんに言ってるの?まあ、ねいたん以外は居ないけど」
ねいたん……誰だ?
夢と言うのは、記憶の再現によってみられるものだと聞いている。
けれど、こんな痴女に等しい女性は、今まで出会った事は無かった。
女性は、自らの名前を告げる。
「『
それは……名前と言うよりかは、異名の様にも聞こえたが。
『む、げん?』
「人の夢を食べる神さま……ねいたんが、そうなの」
神?……話が飛躍し過ぎて益々分からない。
俺は馬鹿げた彼女の言葉に口端を歪めて空笑いを行う。
『言ってる意味が、分からない』
「あのね、ねいたんは貴方の事、なんだか気に入ったわ。こんな狭い部屋で閉じ込められて退屈してたし……あなたの腕の中、すっごく温かそうだから」
一方的に、そう言って。
彼女の腕が俺の体を抱き締める。
離れようとしても、離れられない。
何時の間には、俺の体は、黒い闇の様な腕によって拘束されていたからだ。
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